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氷の契約魔導士、戦線復帰す  作者: 廿楽 亜久
第三作戦 炎と氷

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「楠葉中尉」


 第34水上フロートの病院の一室で、楠葉はばつの悪そうな表情で振り返る。

 そこには、楠葉を睨むように見つめる久保の姿。


 あの後は、管制室も含めた全員の予想を裏切るように、ガリーナの魔力の暴走は収まり、加賀谷も含め、負傷こそしたが命に別状はなかった。

 今も、他の負傷者たちと一緒に治療を受けているところだ。


「言い訳を聞いてやる」


 今回は、運よく、どちらの契約魔導士も戻ってこれた。だが、毎回無事に戻ってこれるわけではない。


 そもそも、あんな危険な行為を、久保たちも容認し続けることなどできない。


「自分は、早く契約魔導士になりたかっただけですよ」


 それは、楠葉だって理解しているはずだ。

 だが、返ってきた言葉は、淡々としたものだった。


 久保は、言い訳を聞いたはずだが、今の言葉は、現契約魔導士の死を望んでいるようなものだ。

 その発言だけで、厳重な処分が下される可能性だってある。


「それで納得すると思っているのか?」

「事実です」

「……それが事実なら、お前を命令違反および、契約魔導士殺害教唆で軍法会議にかけることになる」

「お好きになさってください」


 久保の脅しに、楠葉は、気にした様子もなく、両手を上げてみせた。

 どうやら、本心を話すつもりはないらしい。


「なら、好きにさせてもらおう」


 ノックもなしに突然入ってきた坪田に、楠葉と久保が驚いていれば、坪田は楠葉に大股で近づいていくと、楠葉を素早く羽交い絞めにした。


「先程、隊長が目を覚ました。そして、目覚めて早々、下った命令がひとつある」


 坪田は抑え込む腕に力を入れながら、口端を上げた。


「”さっきの一件で、久保さんと楠葉さんに何か問題になる場合、私の責任で全部チャラにしてください”とのことだ」


 目を覚まして早々呼び出されたと思えば、半ば予想していた通りの言葉を口にされては、坪田も呆れる他ない。


「つまり、今回の件は、全て不問とされる」

「だったら、なんで自分は締め上げられてるんですかねェ!?」


 本気で、締め落とそうとしているのではないかと思える力に、楠葉も表情を歪めながら、抵抗していると、明らかな作り笑いが聞こえてくる。


「それは別件だ」

「別件?」


 聞き返す楠葉に、坪田はすぐに真剣な表情で、楠葉のことを見据えた。


「俺は、作戦指揮を任されている。契約魔導士とはいえ、あのような副官を負傷させることも厭わない、危険な要素があるなら、頭に入れておく必要がある」

「……」


 あの時、楠葉が邪魔しなくても、加賀谷は久保を攻撃してでも抜け出しただろう。

 それこそ、久保を殺してでも、ガリーナの元に向かった可能性が高い。


 ほとんど確信だ。

 ある意味、楠葉は、久保の命を救ったとも考えられる。


「これは、個人的な感情ではなく、部隊運営に必要な情報だ。お前が口を割らないなら、夏目准将に掛け合う必要も出てくる」


 夏目は、坪田たちの疑問に、おそらく答えるだろう。

 遅かれ早かれ、加賀谷の過去については、部隊の中核である中隊長たちには、知れることだ。


「なら、准将に聞いてください」


 だが、少なくとも、楠葉は、加賀谷が自分の言葉で口にするまで、加賀谷の過去について口にするつもりはない。


「……それでいいのか」

「機密事項ですから。自分の口からは、許可なく答えることはできません」

「いい言い分けだな」


 久保が鼻で笑うように口にするが、坪田から解放されながら、楠葉は何も返さず、ただ制服を正すだけだった。


 その頃、加賀谷は一通りの検査と治療を終えて、病室から出ようとしていた。


「何してるんです? 隊長」

「ひっ……あ、えっと……」

「一ノ宮です。それから、こちらは桐ケ谷」

「あ、すみません……」


 部屋を出たところにいたのは、軽傷だった一ノ宮と桐ケ谷のふたりだった。


 坪田に伝言を頼んでしまったため、加賀谷の護衛もかねて、ふたりが置かれているのだろう。

 どちらかと言えば、監視目的な気がするが。


「えっと……その、ガリーナさん、どうなりました?」

「……あちらも命に別状はないそうです。他部隊のことですので、現在の状況の詳細はわかりません」

「そうですか」


 安心したような、気になることがあるような表情の加賀谷に、一ノ宮も呆れるように視線をやる。

 ガリーナが今までしてきたことや、先程の戦いで暴走したことを思えば、何故、そのような表情をするのかが、理解できなかった。


「隊長も、怪我をなさってるんですから、休んだ方がいいですよ。何か必要な物があれば、自分たちが用意しますので」

「ありがとうございます。今のところは、大丈夫なんですが……」


 相変わらず、歯切れ悪く、視線を巡らせている加賀谷は、明らかに何か言いたいことがありそうだ。


 なんとなくガリーナに関することだとは、一ノ宮たちも想像がついたが、こればかりは気が付かない振りをさせてもらうほかない。


「ガリーナでしたら、屋上ですよ」


 だが、そんな一ノ宮たちの意志に反する言葉が、廊下に響いた。

 三人が振り返れば、そこにはロシアの契約魔導士部隊の副隊長であるオニ。


「加賀谷契約魔導士も、無事だったようで安心しました」

「い、いえ……別に、はい……」


 相変わらずの加賀谷の様子に、オニは少しだけ眉を下げると、一度姿勢を正し、深く頭を下げた。


「ガリーナを助けて頂き、ありがとうございました」


 これは、副隊長としてではない。

 ガリーナの幼馴染としての言葉だった。


 ガリーナが契約魔導士となった時、そして、オニ自身が副隊長になった時、お互いの命は、なにより任務の完遂のために使用されることになった。

 だから、『死ね』と命じられれば、『見捨てろ』と命じられれば、それの準拠する。


 だけど、たった一人、命令を無視してまで、ガリーナを救いに行ってくれた加賀谷に、抑え込まなければいけない感情が溢れそうになった。


「今、上官たちが話し合いをしているようですが、そちらの被害は可能な限り減らすようにします」


 ガリーナも含め、部隊の人間は良い顔はしないだろうが、そのくらいは契約魔導士を助けてもらったのだから、仕方のないことだ。


 いまだ警戒するようにオニを見つめる一ノ宮と桐ケ谷に、そのふたりの様子を見ては、オニの方へ目をやっている加賀谷は、困ったように声を上げた。


「す、すみません。そういうのは、ほとんど任せてて……」

「隊長」


 そういう、自分たちの部隊の問題点を、別の部隊に言うんじゃない。と、一ノ宮が言葉なく伝えれば、オニも困ったように眉を下げた。


「契約魔導士の部隊は、そういったことも多いですから、お気になさらず。代わりに、直属の上官や副官に口が達者な方が多いのは、有名です」

「そうなんですね……自分も含めて、どうなんでしょう……それもそれで……」


 本当にその通り。と、口にはしないが、表情に出ている一ノ宮に、桐ケ谷もそっと目を逸らす。

 普段は表情を隠すこともできるのに、加賀谷に対しては、やや隠すつもりがないのは、どうにかしてほしいところだ。


「あ、なら、ひとつお願いが」

「はい?」

「今から、屋上に行ってくるので、このふたりが怒られないように、何か言い分けを考えてあげてください」


 じゃあ、そういうことで。と、遠慮しているのか、してないのかわからない様子で、足早に走って行った加賀谷に、一ノ宮も頬を引きつらせるほかなかった。


*****


 屋上のドアの軋む音に、ガリーナ少しだけ顔を向けて、その顔を思いっきりしかめた。


「なに? 笑いに来たわけ?」


 明らかにこちらを見て、安心したような表情をした加賀谷に、つっけんどんな言葉を口にすれば、加賀谷は少し驚いたように足を止めた。


「あ、いや、そういうわけじゃなくて……怪我とか、そういうの、大丈夫かなって」

「別に平気」


 怪我が怖くて、魔導士なんてできるわけがない。


 ゆっくりと加賀谷が近づいてくると、ガリーナは加賀谷の方に向き直るようにして、座った。


「生憎、アンタ程度の冷気で、凍るほど軟じゃないから」

「そっか……それは、よか、った……?」


 自分で言いながら、それでいいのかと不安になってしまう。


 しかし、本当にガリーナの言う通り、凍傷のような怪我は見えず、無事というのは事実なのだろう。


「…………」


 となると、会話が一切なくなってしまった。

 勢いに任せてやってきたはいいものの、思った以上にすぐに終わってしまった会話に、加賀谷も何度も瞬きを繰り返すと、視線を泳がせてしまう。


「…………見捨てればよかったのに」


 ぽつりと聞こえてきたガリーナの言葉に、加賀谷は少しだけ目を見開くと、ゆっくりとガリーナに向き直る。

 顔を逸らすようにして、俯くガリーナに、加賀谷は小さく謝った。


「たぶん、それが正しかったんだよね」

「そりゃそうでしょ。十分、問題行動としてあげられるわよ」


 状況判断のできない契約魔導士のレッテルを貼られるかもしれない。

 もちろん、ガリーナも、契約した精霊を御しきれない契約魔導士として、レッテルを貼られることだろう。


「それでも、いやだったから」

「なにそれ」


 そんな理由で、契約魔導士の任務を放棄するなんて、許されるはずがない。


 助けられたとはいえ、そんな言葉を口にする加賀谷を睨むように見上げるガリーナに、加賀谷は困ったように眉を下げた。


「昔、大切な人が、神降ろしで、炎の精霊(イフリート)に連れて行かれてて……」


 これが、理由にはならないのはわかっている。

 だけど、動かない理由にもならない。


「大切な人?」


 ガリーナも理解できないわけではない。

 理屈だけでは抑えきれない、自分の中の衝動。それは、ガリーナも持っている。


「うん」


――大丈夫。必ず来てくれるから。


 あの炎の中で、聞こえた知らない声。


――だって、私の親友だもん。


 顔も見えなかった、飲まれそうになった自分の背中を押した、あの炎の揺らぎ。


「私の、親友」


 ガリーナは、悲し気に微笑む加賀谷を、ただ息を飲んで見つめることしかできなかった。

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