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デドリィの群島発生が確認された。
放置すれば、小さな群島は徐々に範囲を広げ、デドリィたちの大きな拠点になりえる。
一度、デドリィによる巨大な島の形成を許せば、島内に無限に湧き続けるデドリィたちの処理に加え、その発生個所は、島全域であり、安全な場所は無い。
海上での戦闘以上に、危険度が高くなる。
早急に対応しなければならない状況に、ユニリッドは、二名の契約魔導士を派遣した。
「わかっちゃいましたが、やっぱり奴らと合同なんですね……」
久保がため息交じりに言葉を漏らせば、加賀谷も苦笑いをするしかない。
派遣された契約魔導士は、加賀谷とガリーナだった。
「このタイプのデドリィは、老師が得意なんですけどね……今、不在ですし」
今回の群島についても、本来であれば、楊の管轄の場所であったが、生憎不在であった。
そもそも、不在でなければ、このような事態にはなっていなかったのだろうが。
「さすが、重力と同等か、それ以上の威力と言われる、雷の精霊との契約魔導士……ということですか。島そのものを破壊することも可能と」
契約する精霊には、特徴があり、単純な威力という意味では、重力か、雷が、最も高威力と言われている。
それこそ、冷えたら岩石のように硬いデドリィを、その硬いまま破壊できるだけの威力がある。
文字通り、島を叩き割るようなことも、平然と過去の戦いの記録として残っている。
「昔、島の間に、船を置いて、島を飛び移りながら、破壊していったって聞いたことがありますよ」
「牛若丸ですかね」
「マリアナ海溝 八艘跳びってか?」
「あ、それおもしろいですね。今度、その話が出たら、老師に言ってみます」
「やめてください。自分には、妻と子供がいるんです……」
我妻が両手を上げて答え、久保も同じように渋い表情で頷いていた。
そのくらいの言葉で、楊が怒るとは思えないが、そのふたりの表情に、加賀谷は冗談かと、また渇いた笑いを零すしかできなかった。
「それにしても、今回は、移動はラクができるなぁ」
加賀谷と別れた後、我妻は安心したように声を漏らした。
契約魔導士は、その任務の危険度から、年齢には国際的に下限が決められており、加賀谷はその年齢に達していない。
そのため、政府からは契約魔導士の詳細は伏せられている。
しかし、作戦に関わる以上、輸送ヘリや船などの全ての部隊から、加賀谷の存在を隠しきることは難しい。
もちろん、関わる人間には、その存在について、秘匿する契約を結ばれているが、母数が増えれば、それだけ情報が漏れる可能性は高くなる。
船は、規模が大きいわりに、人が密集していることもあり、いつどこで話を聞かれているかわからないため、会話には常に気を使わなければならない。
これが、ユニリッドに所属している海外の部隊であれば、下手をすれば、日本の弱みになりかねない。
だが、今回は日本の部隊であり、加賀谷とも面識のある艦長かつ、船に乗船しているほとんどが、加賀谷の事を知っていた。
「ご無沙汰しております。加賀谷契約魔導士殿」
「お久しぶりです。藤堂艦長」
日本から水上フロートまで、共にやってきた藤堂は、相変わらず、軍人らしからぬ様子の加賀谷に、安心したように笑みを溢した。
「此度はユニリッドから、何も特別な荷物を預かってはいませんが、相違ないですかな?」
「え゛」
「我々は聞いていませんが、心配でしたら、一度、船員たちを点呼をすることをおすすめします」
「なるほど。では、毎朝、点呼を取ることとしましょうか!」
藤堂と坪田が、楽し気に笑う中、加賀谷は困ったように眉を下げていた。
以前は、確かに、一応、荷物としての申請をしていたとはいえ、ほとんど無断のような状態で、劉が乗船していた。
「さすがに、老師も本人でもない限り、無断で何かすることはないと思いますよ……?」
それこそ、ユニリッドに所属しているとはいえ、国際問題になりかねないため、もし、また劉が乗り込んでいるのなら、申請くらいはしているはずだ。
「隊長……本人なら、乗り込んでいる可能性も否定してください……」
「冗談ではなく、点呼と見回りの強化が必要になりますよ……?」
加賀谷の言葉に、坪田も藤堂も、苦笑いを通り越して、引きつった表情で加賀谷へ目を向けてしまう。
その様子に、加賀谷も慌てたように、両手を横に振った。
「大丈夫です! 大丈夫! 老師が今、いないから、こんなことになってるんですし!」
「それは、まぁ、そうなのですが……」
「今度、酒に付き合おうか?」
「はははは。それはまたいずれ」
艦長ともなれば、それなりに各部隊の情報についても、耳に入ってくる。
それこそ、契約魔導士など注目の的であり、どうしても情報は多くなる。
どれもこれも、嘘も混じっていそうな、灰汁の強い噂話が多いが、加賀谷と会話をするようになってからは、真実かもしれないと思い始めていた藤堂だった。
*****
一ノ宮たちが、海上の見回りを手伝おうと、甲板に出た時だ。
「よぉ。ひよっこ共。暇なのか?」
ダンベルを握っている屈強な男に呼び止められ、足を止めれば、そこにはその男以外にも、体を鍛えているらしい隊員たちが集まっていた。
何故か、全員、上半身裸の状態で。
「惚れ惚れするだろ。この肉体美……!!」
「えぇ、はい。素晴らしい筋肉ですね」
全く心のこもっていない一ノ宮の言葉に、桐ケ谷たちも何か言いたげだったが、言われた本人は、まったく気にしていない様子で、ダンベルを一ノ宮の腕に握らせる。
「ならよし! お前も、このダンベルを持ってみろ! まずは50回!!」
「いえ、我々は遠慮――」
「海上の見張りは、我々の仕事! 貴殿ら、第607魔導大隊は、作戦時間まで待機を命じられているはずだ!」
「つまり、筋トレの時間!!」
意味が分からない。
その場にいた全員の口から溢れ出しそうな言葉だったが、上半身裸の屈強な男たちの圧に、一ノ宮すら、声を発せなかった。
「45~46~いいぞぉ~その調子だ。45~44~43~」
数を減らすな。と、内心苛立ちながら、一ノ宮たちは、永遠に終わりそうにない筋トレを続けていた。
「さすが、契約魔導士の部隊だな。魔力強化の質も違う」
「質、ですか?」
「あぁ。筋力強化の術式とは、少し違うんだが……聞いたことないか? 魔力は、全身に血を介して巡っている。結果的に、筋肉や骨にも、魔力が巡っていて、魔力をほとんど持たない人に比べて、魔導士は肉体の強度が高くなっているんだ」
その話は聞いたことがなかった。
だが、そう言われて思い浮かべてみれば、魔力量が多いと言われている加賀谷は、一ノ宮たちよりもずっと細い腕だが、銃を問題なく扱えている。
てっきり、膨大な魔力を利用した、無茶苦茶な筋力強化を行っているのかと思っていたが、そもそもの強度が違うらしい。
「筋肉の強度が高いということは、もっと負荷をかけてもいいということだな!」
「いや、あの……!!」
いい加減解放されたいと、桐ケ谷が視線を巡らせれば、ちょうど目が合った、楠葉。
助けを求めるように声をかければ、怪訝そうな表情を浮かべながら、近づいてきてくれた。
「うちのが、何かご迷惑を?」
「迷惑なんてとんでもない! 彼らと共に、筋トレをしていただけです! 中隊長殿もいかがですかな?」
「残念ですが、自分は、仕事がありますので。こいつら、基礎体力も足りていませんので、是非、しごいてやってください」
「中隊長!?」
見捨てられたと、声を上げる隊員たちに、加賀谷が来てからは、少々身を潜めていた楠葉の冷たい視線が、桐ケ谷たちに突き刺さった。
「――これから、作戦に参加する人にやる事か!? これが!!」
その晩、ベッドで横になりながら、一ノ宮が声を荒げる様子に、桐ケ谷もまた怠い体を動かして、下段の一ノ宮を覗き込む。
「仕方ないよ。実際、色々足りてないんだし」
「だからって、ここまで露骨に、第四中隊は、戦力に勘定してないと言われて、腹立たないのか!」
それは、初陣で、中隊長である楠葉の制止も聞かずに、進み続け、戦死者を出した自分たちに言える言葉ではない。
一ノ宮もそのことは理解していた。だが、それでも、苛立ちは収まらなかった。
「隊長は、10歳にもならない時に、デドリィを平然と倒してたんだ」
「それは契約魔導士だからで……って、10歳?」
一ノ宮の言葉に、他の隊員も気になったのか、ベッドから体を起こして、一ノ宮の方へ顔を向ける。
「気づいてなかったのか……? どんだけ、バカなんだ。東京湾を凍らせたのだって、隊長だぞ。今年、高校を卒業したなら、10歳にすらなってない」
「…………確かに」
「え、いや、うわぁ……マジでか」
確かに、部隊へ配属となった時に、大量の誓約書を書かされたが、そのほとんどは、契約魔導士の詳細について、口外を禁止する内容であり、深くは考えていなかった。
なにより、10歳にも満たない子供が、契約魔導士として戦っていると、考えたことも無かった。
「むしろ、そんな時から契約魔導士のくせに、なんなんだ。あの態度は」
「まぁた始まった……」
「お前、再現ドラマの見過ぎなんだって」
「結構、話しかけやすくて、いいんじゃないかな?」
また、一ノ宮の加賀谷に態度に対する陰口が始まったと、全員が露骨にため息をつくが、その態度に、一ノ宮はまた、頬を引くつかせた。
「常に中隊長たちがべったりついてて、そのくせ、自分の口からは煽りのひとつも返せないのに?」
「でも、ほら、前に、ロシアの……炎の人に煽り返してたじゃん」
「当然だ。むしろ、あの程度で済ませた方がおかしいだろ。中隊長たちも、アレで満足とは」
「というか、一ノ宮のレスバが強いだけだって」
「そうそう。一ノ宮の才能だよ。その誰にでも噛みつける才能」
「褒めてないだろ」
「まぁまぁまぁ……ほら、明日に響いてもアレだし、休もう? な?」
向かいのベッドを睨む一ノ宮に、桐ケ谷が、抑えるように声をあげれば、向かいの彼も、頭まで布団を被って逃げた。
その様子に、一ノ宮も呆れるようにため息をつくと、壁の方へ体を向けるのだった。




