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数日ぶりに、加賀谷たちが戻った隊舎。
加賀谷たちが不在時も、非戦闘員である日野が待機しており、補給部隊などの別部隊と、次の作戦などの準備を進めてくれている。
そのため、隊舎内に人がいることは不思議ではないが、様子のおかしい別部隊の隊員が、加賀谷たちに気が付くと、手ぶりで”急げ”と伝えてきた。
「あれ? 老師」
応接室にいたのは、楊李だった。
中国の契約魔導士であり、現役最強とも言われる楊が、突然現れれば、何事かと心配していたのだろう。
数ヶ月前まで、同じ気苦労をしていた坪田は、過去の自分を見るように、先程の隊員たちに同情した。
対して、部下たちの気苦労に気が付いていない加賀谷は、それはそれで、楊がこの場にいることに疑問を持っていた。
「何かあったんですか? 本隊は本隊で、結構忙しいって聞きましたよ?」
現在のデドリィは、拠点となる島を形成しようとしているところだ。
それ故に、遊撃隊である加賀谷やガリーナの部隊は、連日のように、島を形成しようとしているデドリィの群れを討伐していた。
本隊である楊たちは、加賀谷たちのような、連日戦闘ということはないが、今後の作戦での連携などで忙しいはずだ。
「その辺りは、つまらんから部下に任せてる」
”つまらない”
その一言で片づけていいかは、少し疑問だが、加賀谷もほとんど任せてしまっている手前、何も言えなかった。
「マイクは、相変わらず揉めてるらしいし、問題ないだろ」
「そういえば、前の会議も不参加でしたね」
「まだアメリカに引き籠ってるらしい。娘の方が、先に現地入りしそうだとか言ってたが……あまり駄々を捏ねると、別の奴が来るだろ」
契約魔導士は、各国に原則一名と国際条約で決められている。
それだけ、大きな戦力なのだ。契約魔導士というものは。
そのため、ほとんどの国が、次の契約魔導士の候補となる人物を選別し、育成している。
アメリカやロシアは、その最たる国で、そのふたつの国は、契約魔導士の空白期間が一ヶ月と開いたことがない。
要するに、アメリカにとっては、前回の戦いの英雄ではあるが、今回の戦いに参加しないならば、容赦しないということだ。
「そんなことより、最近、ロシアの、ガリーナとやりあっとるんだってな? どの程度だった?」
楽し気に加賀谷へ問いかける楊に、加賀谷は、困ったように眉を下げる。
「実際に、手合わせしたわけじゃないですよ」
「なんだ。つまらん」
本当に、つまらなさそうに、お茶をすする楊に、加賀谷も乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「女帝の孫だからな。強くないわけないんだがな」
「孫?」
「応とも」
それは少し不思議だった。
”女帝”といえば、数十年前のロシアの契約魔導士で、島をひとつ氷漬けにした伝説の残る契約魔導士だ。
冷徹で冷酷な女性で、デドリィを倒すためならば、味方を犠牲にすることを厭わなかったという。
しかし、死亡の記録はあったし、年齢も40代前半だったはずだ。
孫というには、少し若すぎる気がする。
「その辺りは、考えるな。面倒に巻き込まれるぞ」
「…………わかりました」
国の事情などに詳しくない加賀谷であっても、少し想像できる方法は、決して褒められたものではない。
素直に、楊の言葉に従って、想像するのをやめておいた。
「あやつもあやつで、急ぎ戦果が欲しいだろうよ。優秀だろうと、新米で、まだ評価もされておらんからな」
「大変ですね」
「…………」
他人事な加賀谷の言葉に、楊は湯呑に口をつけながら、呆れた視線を送り、後ろに控えていた坪田たちにも目をやった。
その表情は、バツの悪そうに、しかし、諦めたような表情だった。
「過保護も良くはないと思うがな……」
「過保護……? いや、老師の劉さんへの扱いは、もう少し優しさをあげてもいいと思うんですけど……」
「あのバカには、アレで十分だ」
息子である劉の名前を出した途端、不機嫌そうに一気にお茶を煽ると、楊はソファから立ち上がる。
「え、あの、結局、何の用だったんですか?」
「ん? あぁ……ほれ」
思い出したように、楊から放られたのは、ジャスミン茶だ。
「少し、長くなりそうな任務を任されてな。その前に、それを渡しに来た」
昔から、楊が、月餅や中国茶を渡してくることは多かったが、今回は、あまりに唐突だった。
意味が分からないと首を傾げる加賀谷に、楊は、既に用件は済んだとばかりに、部屋を出ようとしていた。
「わからなけりゃ、後ろの連中に聞け」
それだけ言い残すと、楊は、部屋を出て行った。
「えーっと……」
閉まったドアの前で、加賀谷は、困惑した表情で振り返れば、坪田たちは、何とも微妙な表情をしていた。
どうやら、楊の言っていた言葉を、理解しているらしい。
「悠里、あのだな……契約魔導士同士で、戦果の取り合いをしてるのはわかるか?」
それ次第で、参謀本部が今後の作戦での配置を考える。
つまり、自分たちの有用性の売り込みだ。
一般魔導士と比べるなら、精霊と契約している契約魔導士は、圧倒的な力で、比べるまでもない。
だが、契約魔導士同士では、個人の能力や部隊が評価されることになる。
「使えない契約魔導士なら、使い捨て部隊にされる可能性もある」
「はい」
理解はしているが、合点がいっていない様子の加賀谷に、楠葉は少し眉を潜めそうになりながら、言葉を続けた。
「悠里は、8年のブランクがあるだろ。以前の戦果だって、単独行動だったから、それほど大きなものじゃない」
「そう、ですね……?」
「現状の契約魔導士は、前回の戦いからの生存者がほとんどで、ガリーナは新人で、戦果がほとんどない。しかも、遊撃隊なんて、使い捨て部隊にするには、もってこいの配置だ」
ようやく、合点がいってきたのか、加賀谷も眉を潜めだす。
「つまり、ガリーナさんは、私たちより戦果を挙げたいってことですか? それで、使い捨て部隊にならないようにしたい」
「そういうこと」
他にも因縁がありそうだが、ガリーナも含めた部隊全体が絡んでくるのは、それが理由だろう。
同年代の契約魔導士なら、戦果に大きな差はなく、他の契約魔導士に比べて、蹴落としやすい。
「……でも、やっぱり、老師が来た理由には、ならない気がするんですけど」
「現役最強って言われてる契約魔導士と懇意してる奴を、軽々と蔑ろにできないからだろ」
つまり、楊は、加賀谷の後ろ盾として、この隊舎に来てくれたのだ。
長期任務の忙しいタイミングで、わざわざ顔を出すなど、相当仲が良いことを証明するかのように。
「そうだったんだ……今度、会ったら、ちゃんとお礼言っておかないと……」
「あーうん。そうしろ」
どこか違う気もしたが、楠葉は、それ以上、何も言わなかった。
「――隊長。質問をよろしいでしょうか?」
急に改まる坪田に、加賀谷は、不思議そうな表情をするが、小さく頷いた。
「そのロシアの部隊との件もですが、今後の作戦のことも踏まえ、ひとつ、意思の確認をさせていただきたいのです」
「意思の確認ですか?」
「単純なことです。もし、即時対応しなければならない、救助者とデドリィが同時に存在した場合、我々は、どちらを優先すべきでしょうか」
この先、必ず一度ではなく、何度も起きることだ。
その度、加賀谷にどちらを優先すべきかと確認することはできない。
部隊の作戦を任されている者として、隊長である加賀谷の意思は、はっきりさせておきたい。
「遊撃隊として、戦果を優先するならば、デドリィの討伐でしょう。強大なデドリィであればあるほど、その先の数百の命を救うことになります。
しかし、戦果よりも、救える目の前の命を優先するというならば、我々はそのように動きます」
ガリーナたちのように、戦果を優先するならば、それがデドリィを倒す。それが一番だ。
契約魔導士の役目にも合致する。
「どちらも、というわけにはいきませんか?」
「可能な限りは、そのようにします。しかし、必ず選ぶ必要は出てきます」
だが、目の前の彼女は、ついこの間まで、普通の高校生をしていたのだ。
なにより、護衛艦で襲われた時、誰よりも早く、悲鳴の上がる隣の護衛艦に向かった。
「隊長。我々は、任を共にする者です。命も大義も、貴方に預けています。その覚悟を持って、この部隊へ配属されました。
貴方の選ぶ大義こそ、我々が命を懸ける大義です。ですから、隊長が選んでください」
少し考えさせてほしい。
そんなことはきっと許されないのだろう。
いつもなら、助け舟を出してくれる楠葉たちまで、じっと加賀谷の回答を待っている。
この場で、加賀谷自身が、決めなければいけない。
これでも、きっと待ってくれた方だ。
決められない私のために。
本来なら、こんな単純なこと、大隊が結成された時に決めなければいけない。
それどころか、こんな質問をしてくることだって、本来ありえないのだろう。
「…………」
自分なら、デドリィに人が襲われている状態に出会ったら、どうするか。
想像すれば簡単だ。
私なら、デドリィを倒す。
例え、親友が苦しんでいる状態でも。
だって、声をかけることはできても、救う術を知らない。
だから、せめて、倒す術を知っているデドリィを倒す。
その結果、その親友が救われると信じて。
私を見つめる四人の顔を見上げる。
私の足りないところを補うと集められた四人。
だから、答えは、決まった。
「人を助けてください」
この人たちには、それができる。




