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気まずい空気の中、坪田たちとの集合場所である飲み屋に向かえば、小さい店のせいか、貸し切り状態になっていた。
「お、戻ってきたな。ここは騒がしいから、報告は向こうで聞く」
加賀谷たちが来たことに気がついた楠葉が立ち上がれば、後ろについてきた加賀谷に、楠葉は笑みを作ると、加賀谷をくるりと振り返させる。
そして、そのまま、店の中に戻された。
「お前がいたら、聞ける報告も聞けないだろ」
「あ、はい……」
「クリームソーダでも飲んで待ってろ」
そう背中を押され、店に戻された加賀谷は、盛り上がっている我妻や坪田たちに目を向け、カウンターでその様子を見ている久保へ目を向けると、カウンターへ歩いていき、久保からひとつ席を開けて座った。
飲み屋に来たことはなく、何を頼めばいいかもわからない加賀谷の手元に置かれる、青いソーダの上にアイスが乗ったクリームソーダ。
「えっ!? まだ注文して……」
「あちらのお客様からです」
店員が指したのは、久保だ。
「いやぁ……一度、やってみたかったんですよ。なかなか、いいものですね」
隣に座り直した久保が、静かに笑う様子に、加賀谷も小さく笑ってしまう。
「楽しめましたか?」
「少し、色々ありましたけど、楽しかったです。みなさんも……盛り上がってますね。ものすごく」
アルコールが入っていることもあるが、いつも以上に騒がしい。
「これは坪田大尉の奢りですかぁ?」
「よっ!! 大尉殿! 太っ腹!!」
「お前ら、散々飲んだ後に……」
何かのゲームで負けたらしい坪田が、いい酒を奢るという話になっているらしい。
「……あ、もしかして、私も奢った方がいいですか?」
金自体は、かつての戦いで稼いだ分がある。
この店での料金程度であれば、問題なく支払えるくらいの貯蓄はある。
それに、今回は、隊員たちの休暇目的だ。
少しくらい、隊長として、酒代などを支払う方が、隊長らしいのかもしれない。
そう思い、久保に聞けば、久保は悩むように、飲みかけのハイボールをもう一度口にすると、頷いた。
「喜べ! 隊長殿が奢ってくれるそうだ! 節度を持って羽目を外せ! 懐の大きな隊長へ、乾杯!」
「乾杯!!!!」
久保の言葉に素早く反応した彼らは、すぐさま各々のグラスを加賀谷へ掲げた。
*****
「――見事に潰れてますね」
隊舎へ戻ってくるなり、自室に帰ることなく、倒れ込む隊員たち。
「素面の連中。酔い潰れた奴ら、部屋に放り込んで来い」
第四中隊は、久保の言葉に、嫌そうな表情をしたが、諦めたように、倒れた隊員たちを背負うと、部屋に連れていくのだった。
「これ、明日、大丈夫ですかね……?」
「三分の一ダメでしたら、午前は、寒中水泳の訓練にしましょう。腕が鳴りますね」
「…………」
勤めて、表情を出さないようにする加賀谷に、久保は小さく笑うと、執務室に向かう。
不在時の報告を、日野がまとめているはずだ。
「隊長は、先に休んでてもらって構いませんよ」
「いえ、私はお酒飲んでないので」
「これは手厳しい」
「え、あ、いや、久保さんが飲んだのを責めたわけではなくて……!」
「わかっています。というより、それくらいの嫌味は言い慣れてください」
アルコールを摂取した状態で、報告を聞きに行くなど、本来ならありえないのだから、嫌味は言われても仕方ない。
だというのに、困ったように視線を泳がせている加賀谷に、久保は話題を変えることにした。
「そういえば、第四中隊の桐ケ谷なんですが、契約魔導士の候補だったらしいですよ」
「あぁ……みたいですね」
少しは、第四中隊の隊員たちとも交流はできたらしい。
加賀谷とは、年齢が近い隊員も多いし、自分たちとは違った友好関係を築けるかもしれない。
だからこそ、確認しておく必要があることもある。
「…………契約魔導士候補の件は、機密事項に当たりませんか?」
「え、あ、あぁ……なるほど、えっと…………桐ケ谷さんって何歳でしたっけ……?」
「19、隊長のひとつ上です。8歳の時に、候補から外れたと」
「でしたら、作戦にも参加してないので、問題ないですよ」
明らかに、本来の規定よりも幼い時に、精霊を契約をしている加賀谷に、想像していないわけではなかった。
だが、今の加賀谷の言葉で、確信した。
契約魔導士候補となれば、幼い内から、戦場に出されいる。
「…………隊長。それじゃあ、日本が国際条約を無視してるのが、バレますよ」
「久保さんも、そういうことを気にして、聞いてくれたんじゃないですか」
「まぁ、そうなんですが」
確実に、今の言葉は、機密事項だ。
だからこそ、久保も遠回しに聞いた。随分と、直球な答えが返ってきてしまったが。
「ま、実際、桐ケ谷のやつ、初恋の相手以外、覚えてないんですがね」
「初恋、ですか」
「”リサ”だそうですよ」
軽口のつもりだった。
それが、その名前を出した途端、驚いたように目を見開く加賀谷に、久保もつい、足を止めてしまう。
「……そう、ですか」
何かを思い出すように、目を伏せ、微笑んだ加賀谷に、久保は何も言えなかった。




