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氷の契約魔導士、戦線復帰す  作者: 廿楽 亜久
第三作戦 炎と氷
19/20

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 日本にいた時にも、何度か行ったことのあるチェーン店だったが、店内は、日本とは随分雰囲気違った。

 違う、というより、どこか見覚えのある内装だ。


「中身はそのままなんですね」


 自分たちも使っている隊舎に酷似している。

 まさに、隊舎を転用しているようだ。


「そうなんです。ミッドサンの建物は、全て軍事利用をする前提で、内装から色々規定があるんですよ」


 注文したフラッペを加賀谷へ渡しながら、店長と書かれた名札をつけている店員が答える。


「君たちは、ミッドサンに来たのは初めて? 日本のハトバとは、だいぶ違うでしょ。恒常メニューはほとんど同じだから、安心してね」

「そうなんですね」

「いやぁ……久々にフラッペ作ったよ! 軍人さんたちって、コーヒーこそ飲むけど、ほとんど酒とか煙草に行っちゃうからさぁ……また来てよ!」

「あはは……はい」


 日本にいた時は、ハートバックスといえばフラッペというイメージだったが、確かに加賀谷以外は、全員がコーヒーを頼んでいた。

 ただ一人フラッペを頼んだ加賀谷は、少しだけ気まずそうに、フラッペを吸い上げる。


「た――加賀谷さん、気になる店はありましたか?」

「気になる店、ですか……」


 ここに来るまでに、いくつかの店を通ったが、我妻の言う通り、飲み屋を中心に飲食店や、日用雑貨店、服飾品が主に並んでいた。

 珍しいところでは、映画館やボードゲーム屋、画材屋などもあるらしい。


「そういえば、加賀谷さんは、最近まで普通に暮らしてたんですよね? 部屋とか荷物はどうしたんですか?」


 加賀谷たちの到着が、夜間であったこともあり、詳しい荷物のことはわからないが、多くはなかったように見える。


「部屋は引き払いました。荷物も捨てないものは、トランクルームに」


 海上フロートへ異動が決まった時に、この8年で増えた荷物を、ほとんど持っていけないと、必要なもの以外は、部屋と一緒に引き払おうとしていた。

 だが、我妻と久保に止められた。

 友人たちとの思い出の品などを中心に、捨てようとしていたものから、段ボールに詰め直して、トランクルームへしまってくれた。


「じゃあ、桐ケ谷と似た感じか」

「預かり先がないと、そうするしかなくてな……軍に持ってくると、違反になったり、捨てないといけない状況もあるし……」


 困ったように頬をかく桐ケ谷に、加賀谷は不思議そうに見つめていると、その様子に気が付いたひとりが説明した。


「桐ケ谷は、施設育ちなんです」


 ”施設育ち” という言葉の意味するところは、加賀谷にも理解できた。


「加賀谷さんのことは、覚えていないみたいですが」


 仲間のイタズラするような表情に、少しだけ強張った表情をする桐ケ谷。

 向こうからすれば、幼い時のこととはいえ、自分の隊長のことを忘れたという、失礼だと叱責される可能性があることだ。表情も強張る。


「大丈夫ですよ。私も覚えてないですし、それこそ、えっと……ルームメイトが一緒じゃないと、あまり外にも出てなかったですし」


 困ったように、眉を下げ、笑う加賀谷に、想像通りの幼少期だと、桐ケ谷たちも苦笑を漏らした。


 第四中隊に案内されながら、ミッドサンを見て回れば回るほど、利用客に偏りこそあるが、普通の町だ。


「客層の問題で、階級制限を設けてる店もありますよ。あちらの静かな方が、高官の利用区画です」


 ミッドサンへ出店する際に、制約で、国籍、人種によるサービスの利用に差をつけることは禁止されているが、階級によるサービスの利用の差をつけることは禁止されていない。

 それにより、ミッドサン内でも、住み分けが行われていた。

 一ノ宮が指す、今、加賀谷たちがいる場所よりも、人が少なく、静かな区画が、高官たちの利用する店の多い区画だ。


「行きますか? 美容室とか、そういったものもあるはずですが」

「いえ、今は大丈夫です」


 必要になった時に、また来ればいいと加賀谷が断れば、近づいてくる足音に、全員が自然とそちらに顔を向ける。


「ひよっこ共。こんなところで何してるんだ?」


 体は大きいが、日本人らしい見た目の男だった。


「そっちは、お偉いさんが使う場所だ。お前らみたいなひよっこは、入っちゃいけねぇ場所なんだよ」

「そうですか。ご指導頂き感謝致します。では、我々はこれで失礼致します」


 早いところ、ここから去ろうと、一ノ宮が話を切り上げ、踵を返せば、男は少し遅れて、ついていく加賀谷の肩を掴んだ。


「礼を言って終わりか? その制服、部隊章すら付いてないじゃないか。部隊すら決まってない、候補生ってところだろ。引率してやるよ」


 ミッドサンの利用は、必ず制服での利用が義務づけられている。

 理由は単純で、一目で所属が分かるからだ。

 揉め事などを起こせば、すぐに部隊が特定されることになるため、抑止力になる。だが、逆にそれを利用する者もいた。


 この男は、後者らしく、じっと加賀谷を見下ろして、不敵な笑みを浮かべていた。

 加賀谷の階級は”大佐”であり、年齢と明らかに釣り合わない。そのため、素直に階級章をつけていれば、契約魔導士である言っているようなものだ。

 日本の契約魔導士が機密事項となっている以上、加賀谷は偽りの階級章をつけるか、もしくは、外すしかない。


 今回、第四部隊を含め、加賀谷たちは、階級章を外していた。

 その結果、この男は、加賀谷たちを『まだ部隊に配属されていない候補生』と勘違いし、声をかけてきたらしい。


「いえ、大丈夫です。放してもらっていいですか?」

「おいおい。上官の言うことは、”絶対”だって習わなかったのかァ?」


 そう言って、自分から手を放そうとしない男。

 仕方なく、加賀谷がそっと離れようとすれば、男は苛ついたような表情で、肩を組み直そうと手を伸ばし、すり抜けられた。

 軽い足取りで、男から一歩距離を取り、向き直る加賀谷に、男はあからさまに眉を潜める。


「おい。ひよっこの女が――」

「あの、えっと……すみません。これ以上、何かあるようでしたら、人を、呼びます」

「ア……?」


 まるで、自分は悪くないとばかりに、気弱ながらも、男を睨む加賀谷に、男の頬はピクリと引きつる。

 バカにしているのかと、男が一歩踏み出した瞬間、加賀谷との間に入る、一回り小さな影。

 一ノ宮だ。


「これ以上、事が大きくなるようでしたら、我々を引率している上官の耳にも入ります。それは、そちらにとっても、都合が悪いのでは?」


 一ノ宮の胸ぐらを掴む男に、加賀谷も声を上げそうになるのを遮るように、一ノ宮が声を上げた。


「我々は、ユニリッド司令部直属 第607魔導大隊所属の魔導士です」


 その言葉に、男も言葉を詰まらせる。


 ユニリッド司令部直属は、軍人にとって、エリートのようなもので、それが魔導士ならば、なおの事。

 その上、日本の国籍の地域を示す600番台の一桁番台のみの部隊は、契約魔導士の部隊であることを示す。


「おいおい……嘘なら、もっとマシな嘘をつけよ。その嘘はな、酒が入ってても、首が飛ぶぜ?」

「嘘だと思うなら、貴方が自分の首を飛ばせば良いのでは?」


 男はしばらく一ノ宮を睨みつけた後、舌打ちをして、乱暴に手を放すと、去って行った。


「一ノ宮さん!? だ、大丈夫ですか?」

「平気です」

「す、すみません……私が、もっとうまくできてれば、穏便に済んだのに……」

「本当にそうですね」


 吐き捨てるように言い切る一ノ宮に、加賀谷は困ったように、また謝った。


「貴方個人の事なんて関係ない。貴方は、契約魔導士(特別な存在)なんです。その役割は、全うしてください」


 そう言って、歩き出す一ノ宮に、他の隊員たちは困ったように、一ノ宮を追いかけ、後ろ髪を引かれるように、加賀谷にも何度も振り返っていた。


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