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氷の契約魔導士、戦線復帰す  作者: 廿楽 亜久
第三作戦 炎と氷
18/20

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「まさか本当に取れるとは……」


 第27水上フロート。通称”ミッドサン”で、我妻は、表情を引きつらせていた。


「ダメですよ……その手の冗談、悠里はわからない上に、相談先が夏目元帥なんですから」

「すまん。マジで、今度から気を付ける」


 まさか、本当に、部隊での休暇が許可されるとは思っていなかった。


 許可されたということは、夏目も悪い印象を抱いているわけではないだろうが、軽口が元帥に、直接伝わる可能性があるというのは、妙な緊張感がある。


「ちなみに、契約魔導士関係の相談は、楊契約魔導士に行くので、気を付けてください」

「交流関係から想像はつくが、できることなら、事前に相談してほしいな……」


 楊個人は、悪いようにはしないだろうが、立場的に、個人的な問題で片付かない場合もある。

 ついこの間まで、高校生だったからと言い訳ができるのは、部隊内だけの話だ。


 とはいえ、相談事は、信用問題だ。

 出会って数ヶ月で、全て信用してほしいというのも無理な話で、少しずつ交流を積み重ねていくしかない。


「普通に都会、ですね……」


 加賀谷の記憶に残っている第21水上フロートとは、似ても似つかない別物だった。


 記憶にあるのは、もっと簡易的な建物が並び、街並みも単調なものだったはずだ。

 だが、目の前に広がるのは、格子状の整備された道こそ変わっていないが、商業施設や娯楽施設もひしめき合い、下手な都市より発展していた。

 それこそ、ここが、軍用施設のひとつであるということも忘れてしまいそうな程だ。


「デドリィとの戦いが終わった後も、再利用する気満々だったみたいですからね。再開発も、相当なスピードで進んだみたいです」

「ここは、国連加盟国が共同出資で建築したフロートですから、どの国にも属さない、いわば無国籍で、関税が存在しない、近年お目にかかれない本当の未開拓地。

 しかも、そこに住んでいるのが、ネット通販すら届かず娯楽を得られない、給料だけは並以上の人間。となれば、アメリカンドリームならぬ水上フロートドリームを描く人間も多いわけですな」

「一気に世知がなくなってきましたね」


 実際、土地の一部が貸し出されることが決まった時は、多くの大手企業が参入しようと手を上げたという。

 大規模な戦いはないにしろ、デドリィの襲撃や輸送の問題など、色々な課題はあるが、それでもメリットが大きいと判断されたのか、再開発はそれもう凄まじいスピードだったという。


「しかしまぁ、デドリィとの戦いが本格化する前に、訓練を受けてない従業員たちは、避難することになっていますから、ここももうじき、一時閉鎖されるでしょうが」

「そうなんですか?」

「おそらく。非戦闘員たちの居住区にされる可能性が高いですね」


 デドリィとの大規模戦闘が再開する際には、訓練の受けていない一般人は避難させ、施設は全て、軍用施設と転用されることとなっている。

 今回も、既に店側には通知されており、数日以内に正式な告知がされることだろう。


 夏目は、その辺りのことも含めて、加賀谷がミッドサンへ行くことを許可したのかもしれない。

 そう考えれば、加賀谷には、このミッドサンの色々な場所を巡ってもらうべきだろうかと、久保が頭を巡らせていると、突然太い腕が肩を組んできた。


「隊長は、ミッドサンで一番儲かっている店を知っていますか? ちなみに、夜も昇り続ける太陽”ミッドサン”がヒントです」

「えーっと……ちょっと、わからないです……」

「飲み屋です!」


 我妻の言葉に、隊員たちも嬉しそうに声を上げるが、坪田と久保は呆れたようにため息をついた。

 飲食店も多く立ち並ぶが、特に多いのが、酒を扱う飲み屋だ。

 

 しかし、加賀谷は18歳。まだ、酒を飲めない年齢な上、ミッドサンでは、21歳以下の飲酒が禁止されている。

 つまり、加賀谷を含め、若い隊員の多い第四部隊の大半が、ミッドサンでの飲酒は認められない。


「まぁまぁ……せっかくの休暇なんですし、それぞれで楽しめばいいじゃないですか」

「そうですが……では、未成年の隊員たちを護衛につけますので、後々、合流としましょう」

「え、いや、悪いですよ。護衛なんて……」


 せっかくの休暇を自分に付き合わせては悪いと、拒否する加賀谷に、坪田が目を細める。


「隊長は、対人訓練をほとんど行ってないと聞いています。であれば、中隊長のいずれか一人が、護衛につくべきですが、そちらの方が良いですか?」

「わかりました……」


 坪田が、未成年の隊員たちに説明している間、楠葉が腰を折って、耳打ちしてくる。


「何かあったら、すぐ連絡して来いよ」

「何かって……ここ、ユニリッドの敷地内なんだし、護衛だって、本当はいらないと思うんですけど……」

「……自分で言ってたろ? 発言ひとつで国際問題になるって。だからな、ここで起きるトラブルは、八割闇に葬られる」

「実はすごく無法地帯だったりします……?」


 とはいえ、あくまで、トラブルが起きた場合の話だ。

 ただ飲み食いして、楽しむ程度であれば、問題が起きるはずがない。


「だからまぁ、”何かあったら”だよ。うちの部隊は、歳が近いのも多いし、交流も含めて行ってこい」


 以前の作戦で、命令を無視したことはあるが、加賀谷はあまり気にしていないようだし、楠葉もそこについては何も言わなかった。


「というわけですので、よろしくお願いします。えっと、ミッドサンについては、みなさんの方が詳しいでしょうから、えーっと……みなさんの行きたいところから回る形で、お願いします」


 今まで、ほとんど交流が無かったためか、桐ケ谷を含めた、ほとんどの隊員たちが戸惑ったように顔を合わせている。

 加賀谷も、これ以上何を言えばいいのかと、困ったように、吊り上げていた口端が、緊張して変な形に吊り上がってしまう。


「行きたいところ、ある人ぉ……」


 ひとりが声を上げるが、返事は返ってこない。


「えーっと……隊ちょ――」

()()()()()。加賀谷さんは、どこか行きたい場所はありますか?」


 一ノ宮の質問に、困ったように加賀谷は、首を横に振った。


「……では、ハートバックスはいかがですか?」

「ハトバあるんですか?」

「はい。自分は行ったことがありませんが、できた時に話題になってました」

「自分、行ったことありますので、道案内できるかと!」

「じゃあ、そこに行きましょうか」


 ようやく歩き出した加賀谷たちに、物陰から覗き込む影。


「第四中隊は、全員草食系かぁ? アレじゃあ、女子にモテないぞ」

「やめろ。お前が言うと、ただの嫌味だ」

「しかし、隊長でアレでは、接待は任せられないな。その辺りの訓練はしていないのか?」

「無理言わんでください。取り急ぎ、戦闘面を叩き上げた連中なんですよ。接待だの、なんだのは、後回しです」

「でもまぁ、あの一ノ宮って奴、口が達者なだけあって、ちゃんと理解してそうだな。おかげで、安心して酒が飲める」


 中隊長たちは、安心した様子で体を伸ばし始めると、先に向かわせていた仲間たちの待つ酒場に向かうのだった。

 

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