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氷の契約魔導士、戦線復帰す  作者: 廿楽 亜久
第三作戦 炎と氷
17/20

17

 第四中隊のほとんどは負傷し、一ノ宮はベッドの上で、頬杖をつきながら、窓の外を眺めていた。


「――というわけで、今日は隊長たちがいないから、早々に切り上げることになった」


 軽傷だった桐ケ谷は、訓練に参加していたのだが、今日は、加賀谷を含め、坪田と楠葉がいなかったこともあり、早めに切り上げられていた。

 一ノ宮たちの様子を見るついでに、今日の訓練の内容を簡単に伝えれば、興味が無さそうな相槌が返ってくる。


「……久保中尉と我妻中尉はいたんだろ。別に、切り上げなくてもいいじゃないか」

「前の戦闘で疲れてるだろう、だって」

「……」


 不貞腐れたように、明後日の方から視線を逸らさない一ノ宮に、桐ケ谷も眉を下げる。


 あの時、自分はデドリィと対等以上に戦えると、強くなったと勘違いした。

 そして、仲間を犠牲にして、自分は助けられた。

 もし、命令通り、新装備を使っていなかったなら、もっと慎重になっていたのだろうか。

 もし、慎重になっていれば、仲間は死なずに済んだのか。


 何もできない療養期間では、そんなことばかりが頭を巡る。


「よぉ! 動ける奴らいるか? 具体的には、肉を焼いて食う元気がある奴」


 だから、突然現れた妙に明るく、突拍子もないことを言う、我妻の言葉を理解するのに、少し時間が掛かった。


「お前、料理得意か」


 包丁でジャガイモを剥いている桐ケ谷に、我妻がつい声を漏らせば、一ノ宮も器用に向いていく様子を感心したように見ていた。


「そうですか? 自分はひとり暮らしが長かったので、少し慣れているだけです」


 桐ケ谷は、かつて、契約魔導士候補として、育成施設で暮らしていた。

 だが、8歳の時に、適正なしと判断され、国の保護施設に引き取られた。


「ほぉ~~じゃあ、隊長とも知り合いだったのか?」

「いえ……正直、その頃の記憶は、ほとんど無くて……楠葉中尉のことは、なんとなく覚えてるんですが……」


 契約魔導士候補を管理している施設は、ひとつであり、年齢のことを考えれば、おそらくすれ違う程度はしたことがあるのだろうが、記憶にない。

 加賀谷の性格的にも、目立つこともないだろうし、当時のことを思い出しても、楠葉であろう先輩の少年がいた覚えがある程度だ。

 楠葉に関しても、実際に話していたというよりも、教師たちが、優秀な生徒がいると噂していたからだ。


「あとは……」


 本当に、なんとなく自分の部屋や施設の構造を覚えてるくらいで、場所も教師の名前もあやふやだ。

 だからこそ、誓約書も書かされなかったのだろうが。


「同い年の女の子がいた気が……」

「初恋の子か?」

「違いますよ……珍しく同い年だったんです。だから、話すことが多かっただけです」


 加賀谷とは真逆の、元気で、積極的に声をかけるタイプの女の子だったはずだ。

 中々、他人へ声をかけられなかった桐ケ谷にも、積極的に声をかけてくれていたのは、覚えている。


 彼女は、桐ケ谷が施設を離れることになった後も、残っていたし、なにより自分より優秀だった。

 契約魔導士でなくても、魔導士になっていたなら、優秀な魔導士になっているはずだ。


「確か、リサ――――」


 桐ケ谷の言葉の途中に開いたドアに、自然とその場にいた全員の視線が集まる。


 そこには、ひどく落ち込んだように青い顔をした加賀谷と、呆れた様子の坪田と楠葉。

 何かあったのだろう。


「今度は何があったんです?」


 慣れたように、久保が、ミルクと砂糖がたっぷり入ったコーヒーを加賀谷へ渡しながら、坪田へ視線をやる。


「少し契約魔導士と衝突があってな……向こうも、契約魔導士の独断で、手を焼いているみたいではあったが」


 坪田と楠葉がついていったとはいえ、まだ18歳の少女だ。

 見た目でバカにされることもあるだろう。


 特に、加賀谷の場合は、表情に出さないように努力はしているが、自信なさげな態度は、にじみ出ている。

 出会い頭に、貶される可能性を考えていなかったわけではない。


「煽られて、言い返さなかったと」

「その、言い返しちゃったんです……」

「ぇ」


 意外な言葉だった。

 加賀谷が、言い返した。ありえないわけではない。だが、ものすごく珍しいことだ。


「問題になりますかね……」


 どうやら、それを気にして、青い顔をしていたらしい。


「いや、だから、もっと言い返していいんだって。部下云々の前に、悠里がバカにされた時点で」

「でもほら……契約魔導士の発言で、国際問題とか聞くし……」

「黙ってても、それはそれで問題なんだよ。ちゃんと反論してくる相手って、認識してもらう意味もあってだな……」


 坪田に耳打ちされる内容に、久保も、先程の坪田たちと似たような表情になってしまった。


 契約魔導士を”コスプレ”と貶した上に、その部隊を”弾避け”とまで貶した。

 今回参加している契約魔導士の中で、最も契約魔導士としての歴が短いとはいえ、なかなかの喧嘩腰だ。

 しかし、こればかりは、日本としても、その場で言い返す必要あるだろう。かなり強めの言葉で。


 辛うじて、助かった部分があるとすれば、それらの会話が、会議後の廊下でのことだったことだ。

 もし会議での事となれば、ガリーナもだが、加賀谷も悪い印象を受けていた。


「まぁ、過ぎたことは仕方ないですからね。今度、我々が戦果を挙げたら、『コスプレはそっちでは? 愚鈍な弾避けに合わせてたら、遊撃隊なんてできないんだけど』とでも言いましょう」

「無理です!!」


 なんてこと言うんだ。とばかりに、驚いた顔で見上げる加賀谷に、久保はお手本のような笑顔を返しておいた。


「あー……まぁ、とりあえず、隊長。飯食いましょう。飯。腹が減っては、嫌なことばっかり思い出しますし」

「あぁ、はい。そうですね」


 我妻の言葉に、ようやく鼻につく、特徴的な香りに、厨房へ視線を向けた。


「カレー、ですか?」

「正解です! 前の護衛艦三隈のカレーのレシピなんで、味は折り紙付きです」


 本来であれば、食事を作る部隊があるため、我妻たちが作る必要はないのだが、親睦を深めるためと作っていたらしい。


「そうなんですね。楽しみです」


 少しだけ、表情が明るくなった加賀谷に、中隊長たちはお互いに顔を合わせると、思い思いの表情をするのだった。


 それぞれが席に付き、カレーを食べる中、加賀谷は、楠葉に先程の話の続きをされていた。


「悠里が、煽りが苦手なのはわかってるけどな……

 部下がどんだけバカにされたとしても、そこは隊長のお前の判断で、反論するかは決めていい。だけどな、お前は、日本の契約魔導士。それをバカにされたら、日本の沽券に関わる。つまり、反論しないといけないんだ」

「なら、まぁ……弾避けに関しては、怒っても問題なかったってこと?」

「ない。だから、さっきから、俺らが言ってるのは、悠里の方の問題」


 むしろ、そちらの方が問題だ。

 ユニリッドそのものは、世界各国が連合を組み、デドリィという人類そのものの脅威に対抗する組織だが、複数の国が関わるため、国際問題はどうしても関わってくる。

 特に、軍事力は大きく関わり、核兵器と同レベルの国際規定が設けられている契約魔導士の存在は、大きい。


 その上、日本は核兵器を持たない故に、契約魔導士の存在は、日本の最大の防衛力として、とてつもなく大きな存在となっている。

 それを”コスプレ”などと豪語されて、見過ごしていいわけがなかった。


「…………」


 ただ、加賀谷の困った表情を見る限り、もう一度同じことがあっても、言い返すことはできなさそうだが。


「じゃあ、もし俺たちに言われたら怒るような発言があったら、自分に言われても、俺たちに言われたと思って言い返せ」


 それで言い返せるというなら、そうすればいい。


「はぁ……なんで、俺たちの弾避け発言には、まともに言い返せるのに、自分については言えないんだよ」

「本当の事だし……実際、みんなの方が、ずっと強くて、ちゃんとしてて……私なんて……」


 たまたま契約魔導士だったから、隊長として置かれているだけだ。

 並びたてる程じゃない。


「……そういう心にもないことを言うもんじゃねェよ。そういうのは、案外伝わるからな」


 俯きながら、カレーを口に運んでいる加賀谷に、楠葉は言葉を続ける。


「お前は立場上、そういう気遣いは必要ないんだ。下手に気を遣うな。俺たちは、その辺も含めて、フォローを頼まれてるんだしな」

「……うん。わかった」


 小さく頷く加賀谷は、また一口、カレーを口へ運んだ。


 加賀谷と楠葉は、少し離れたところで食事を取っていたが、どうしても、周囲で食べている隊員たちは聞き耳を立ててしまっていた。

 一ノ宮と桐ケ谷もそうだ。


「…………お世辞だろ。俺たちの実力が、隊長に及ぶわけない」


 一ノ宮が吐き捨てるように溢した言葉に、桐ケ谷は、以前の戦いの事を思い出しては、何も答えられなかった。


「そうだ。世辞だ。よくわかってるじゃないか」


 突然会話に入ってきた坪田は、睨むように自分を見上げる一ノ宮に、小さく眉を下げた。


「でもな、隊長は本気でそう思ってる。残念なことにな」


 だからこそ、危険な状況であっても、自分より世界にとって有用である、一ノ宮たちを守ろうとした。


「分不相応だとしても、我々は、それに応えねばならないのだよ」

「…………」


 坪田たち、精鋭であっても必死なのだ。

 まだ未熟な一ノ宮たちは、より大変なことだろう。

 だが、あの隊長に並び立つには、やるしかない。やるしかないのだ。


 悔し気に、視線を逸らした一ノ宮に、坪田は満足そうに、表情を緩めるのだった。


「…………隊長。こりゃ、アレですな」

「アレ……?」

「懐の大きさを見せる時です」


 不思議そうな表情で見つめる加賀谷に、我妻は、もったいぶりながらも、言葉を続けた。


「連続戦闘の労と、これからの本格的な作戦前の英気を養うため、ミッドサンでの親睦を深めるための休暇です!!」


 我妻の提案を、頬を引きつらせる楠葉と、聞き慣れない言葉に首を傾げる加賀谷だったが、



「――――とはいったが、まさか本当に取れるとは……」


 数日後、第27水上フロート。通称”ミッドサン”に、加賀谷たちはいた。



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