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氷の契約魔導士、戦線復帰す  作者: 廿楽 亜久
第三作戦 炎と氷
16/20

16


「貴方、本当に契約魔導士? コスプレなら他所でやってくれる?」


 白銀の髪をなびかせ見下す彼女に、加賀谷はただ、瞬きを繰り返すことしかできなかった。

 


*****



 その日、加賀谷は目に見えて、緊張していた。

 触れたら、震えているかもしれない。


「おーい。悠里、大丈夫かー?」

「大丈夫じゃない」

「人の字書いて飲み込んどけ。ほら」


 楠葉が、加賀谷の手の平に、”人”の字を書いては飲み込ませる。


「吐きそう……」

「吐いたら人だらけになりますよ」


 真面目な顔で冗談に混ざる坪田に、加賀谷と楠葉は、驚いて、運転している坪田へ目を向けてしまう。


「緊張は理解しますが、あまり顔には出さないように。笑顔の必要はありません。ですが、緊張は悟らせないように無表情で、視線は泳がせない。

 あくまで、顔合わせです。作戦を確認されるわけではありません。部隊について聞かれた際には、こちらに目配らせを」

「わ、わかりました」


 今日は、以前、夏目から言われていた、ユニリッドの作戦本部での、契約魔導士や参謀たちとの顔合わせだ。


 日本の契約魔導士として、初めての顔出しであり、参謀たちの品定めの場でもある。

 使えないと判断されれば、死地へ派遣されることもあるだろう。

 はっきり言って、加賀谷の性格は、参謀から好かれるとは思えない。

 せめて、使い勝手のいいコマとして扱われないように、自信なさげな表情だけでもしないでもらいたいところだ。


「よぉ。悠里」


 だからこそ、最初に顔を合わせたのが、楊であることに安心したのは、加賀谷だけではなかった。


 楊李(ヨウ リ)

 中国の契約魔導士であり、契約精霊の属性は”雷”。現契約魔導士最強と称され、内外から恐れられている、最強の戦士。

 加賀谷とは、幼い時から知り合いであり、師弟関係に近い。


「第十二フロートの調査結果は聞いたか?」

「まだです。出たんですか?」

「応とも。全て氷付いていて、骨が折れたらしいがな」

「それは、すみませんでした」


 口だけは謝っているが、視線を逸らすだけの加賀谷に、楊はニヒルに笑い、すぐに口端を下す。


「確認だが、悠里がついた時には、全て死んでいたんだよな」

「はい。だから、現場を保存して調査依頼をしたんですよ?」


 なにか気になることか、不都合なことでもあっただろうかと、加賀谷も少し眉を潜めて楊を見上げれば、楊も小さく唸った。

 だが、何も言わずに、加賀谷の後ろにいたふたりへ、視線をやった。


「そっちの若いのが、次期契約魔導士候補か。それに参謀。相も変わらず、過保護だな」

「はぐらかさないでください」

「ジジィの気遣いは、黙って受け取っておけ」

「疑問を生む、気遣いは受け取りたくないです」


 珍しくはっきりと言い返す加賀谷に、坪田も顔には出さず驚くが、考えてみたら作戦中など、人見知り以上に気になることがあれば、突拍子もないことはするし、我も強い。

 付き合いが長い楊も楠葉も、はっきりと言い返す時の加賀谷は、納得しなければ、逃がすつもりがないことは理解していた。


「そちらに届いている資料を見ればわかることだが、()()()()()()()


 意外な答えだったのか、加賀谷も驚いて、目を瞬かせている。


「それは、デドリィの死因も。ということですか?」


 加賀谷の代わりに、坪田が確認する。


 通常、魔導士がデドリィを倒せば、コアを砕いた時に用いた銃弾などの武器の一部が残る。

 それこそ、弾痕などの武器の痕跡を残さず、デドリィを倒すことができるのは、契約魔導士くらいだ。


 先程、楊がわざわざ、加賀谷たちが到着した時に、デドリィが既に死んでいたことを確認したのは、死因となった武器が特定できなかったということだろう。

 だから、『加賀谷が倒したのか』と、確認した。


「あぁ。弾痕のひとつも、ナイフのひとかけらもでなかった。切られたもの、貫かれたものもあったが、形が保っていたものもあった」


 契約した精霊の属性により、戦い方にも特徴がある。

 とりわけ、特徴的なのは、デドリィの形を保ったまま倒す方法だ。


「あぁ……なるほど。”(わたし)”ですね」


 そのままの形を保ったまま倒すのは、氷属性の特徴だ。

 契約精霊の属性が、現役同士被らないわけではないが、現時点で公開されている契約魔導士の”氷”属性は、加賀谷ひとりだった。


「…………一応、聞いておくが、部屋が暑かったり、デドリィの表面が溶けていたこともないか?」


 だが、あの時、加賀谷たちが、あの場所へ向かったのは、謎の魔力の存在がある。

 可能性として、炎属性であれば、ほぼ形を保ったまま倒すことができる。

 溶かし殺すため、倒した直後は、顕著に特徴が現れるのだが――


「それこそ、わからないです」

「だよなぁ」


 氷属性の加賀谷は、戦闘時などの魔力を全身へ巡らせている時は、周囲の温度が下がる。

 その特徴は、容易く消える。


「”炎”なら、いるんだがなぁ」


 加賀谷の知らない契約魔導士だ。

 ”炎”は、加賀谷が軍に所属していた時にはいなかった。正確にいえば、前回の戦いで戦死した。


「ほれ。奴だ」


 楊が指すのは、白銀の髪を持つ若い女性。


「ガリーナ・ニムファ。前の奴がとっととおっちんでな。4ヶ月前に契約したばかりでな、詳しくは儂も知らん。だがまぁ、十二フロートの元の管轄は、ロシアだ。奴がいたとしても、おかしくはないが……」


 その場合、何故、放棄された第十二フロートにいたのか。それが重要となってくるが、証拠もなく、加賀谷も姿を見ていないとなれば、問い質すことはできない。


 そして、もし、彼女であるなら、彼女の目的は、達成されたとみるべきだろう。

 考えられるのは、何かを持ち出したのか、もしくは破壊した。


「わからん以上、今考えても無駄か……」


 証拠がない以上、これ以上調べることはできない。


「そういえば、悠里の部隊は、少数精鋭の遊撃隊と聞いたぞ」

「え、あ、はい。そうですね」


 師団クラスを指揮する楊に比べれば、その部隊の規模は小さすぎるものだろう。


「大きければ、いいものでもない。なぁに、脇を突かれて総崩れなんて、よく聞く話だ」


 そもそも契約魔導士は前線に出てこその戦力。本来であれば、臨機応変に最前線で、デドリィを倒す役割を担う。

 参謀の中には、契約魔導士に、司令官は必要ないと考える者もいる程度には、集団としての能力は求められていない。


「それに、アレの部隊も、遊撃隊だ」


 今回の会議は、契約魔導士同士の顔合わせの意味合いも大きい。


 各国の契約魔導士は、大きな戦いでなければ、合同で任務を行うことは少ないし、核と同程度の戦力として数えられ、秘匿される場合も多い。

 ただし、今回のような、デドリィとの大きな戦いに発展すると予測される場合、存在の秘匿は、国際条約で許されない。


「久しぶりですね。レディ」


 そのため、声をかけてきた、以前の戦いにも参加していた、イギリスの”風”の精霊の契約魔導士も、知り合いだった。


「お久しぶりです。アーサーさん」

「幼い少女に、戦場は悪影響を及ぼすかと思いましたが、立派なレディになられたようで、安心しました。楊殿。此度もよろしくお願いいたします」


 悪意のない笑顔を残して去っていったアーサーを、訝し気に見送る坪田に、楊は頭に手をやる。


「すまんな。アイツは、女子供は、自分が守るものと思っていてな。悪気はないんだ」

「契約魔導士であろうと、女性であれば、戦力に数えないと?」

「”女帝”ですら戦力に数えなかったんだぞ」

「…………そうですか」


 ”女帝”

 昔のロシアの氷の契約魔導士であり、敵味方関係なく、冷徹にデドリィを殺し、そのためであれば、島を丸ごと凍らせた経歴を持つ、味方すら震え上がらせる、氷の女帝。

 そんな契約魔導士ですら、彼は、戦場に出る必要はないと言い切った。


 楊が離れてから、坪田は加賀谷に目をやる。

 知っている契約魔導士は、全員で3人と言っていた。

 楊とアーサーと、あとひとり。

 それは、坪田も知っている人物だ。


 事前に教えられた情報でも、現在の契約魔導士は、加賀谷を含めて、5人。

 つまり、残りは、現在の契約魔導士で、最も有名な契約魔導士。


「あとは、終戦の魔導士だけですね。先に声をかけておきますか?」

「あ゛、いえ、実は、ちゃんと顔を合わせたことはないんです。おそらく、会ったことはあるんですが……」

「覚えていない、というわけですか」

「すみません……」


 前回の戦いを終わらせ、生きて帰った契約魔導士。

 アメリカの契約魔導士で、ヒーローとして語り継がれており、彼をモデルにした映画も多く存在する。


「あぁ、アイツは作戦中に部隊が壊滅して、生き残るために、神降ろしの儀式をしたんだ」

「元帥!?」


 夏目は一瞬、加賀谷に目をやったが、なんてことないように続ける。


「ま、よくあることだ」


 ”神降ろし”というのは、精霊と契約を結ぶための儀式の事だ。

 本来であれば、選りすぐった魔導士に行わせる儀式だが、選りすぐった上で、成功率の低い儀式だった。


 成功すれば、絶大な力を持つ契約魔導士が手に入るが、失敗すれば、膨大な魔力を持ち、魔術の適性の高い魔導士を失うことになる。

 そのため、貴重な戦力として、神降ろしをせず、部隊長を任せることも多い。


「けど、戦場でそれしか縋るものがない時、少ない可能性に賭ける奴らは多い」


 それを聞いて坪田も、息を詰めて、加賀谷を見た。


 明らかに、規定より幼い頃に精霊と契約した少女。

 契約魔導士の育成制度は、聞く人が聞けば、羨むような、最初から全てを与え続けられるものだが、自分たちに見えているものは、あくまで成功例だけ。

 そこに辿り着くまでに、どれだけの失敗例があったのかを、自分たちは知らない。


「ちなみに、そのマイクは不参加だ」


 契約魔導士というものは、大抵ひと癖か、ふた癖はあるが、どうやら、終戦の魔導士であるマイクも、例に漏れないらしい。

 前に冗談で出したように、加賀谷が不参加でも話が通じてしまう程度には。



「――現在、活動を再活性化させたデドリィは、以前と同じく、マリアナ海溝など深い海溝を中心に、活動拠点を増やしています」


 地球上最も深いと言われる、マリアナ海溝を中心に、海溝から出現するデドリィ。

 海溝の最深部まで調査はできず、デドリィ発生のメカニズムはわかっていないが、彼らはある程度の知能を持っており、海底を進み地上を目指す。


 地球の約7割は海であり、その全ての海底を網羅することはできない。

 調査網も、水深6000mを常に調べることはできず、結果として、海溝にほど近い、いくつかの島は、デドリィの侵略を受けることとなった。


「いまだ、メソス級の反応は検知されていません。しかし、モホロビ級の観測数の上昇から、アセノス級、メソス級が出現する可能性は、高いと考えられます」


 デドリィの魔力量によって、モホロビ、アセノス、メソスと段階分けされている。

 モホロビ級は段階分けされている中で、最も下のランクであるが、種類も数も多い。

 逆に、アセノス級、メソス級は、順に魔力量が増えていくが、現在、確認されている種類は、1種類だけだ。


「現在の契約魔導士は、総勢 5名。引力(ヘカテ)(ジン)(トール)(イフリート)(フェンリル)が各1名。

 各契約魔導士直属部隊を加味し、”炎”・”氷”は遊撃・捜索部隊とし、”引力”・”風”・”雷”は、防衛・本隊とします。防衛各部隊の防衛領域は、こちらとなります」


 画面に移された範囲は、陸地とは全く違う縮図。

 海上は、デドリィの領域であることを考慮すれば、正直、頭痛がするほどの広範囲だった。

 かつて、末端で戦況を聞いていた時は、大して疑問には思っていなかったが、これを防衛しろと命じられた日には、まず諦めるところから始めるしかない。

 ある意味、遊撃隊や捜索隊で助かった。


「……」


 坪田の忠告通り、表情を変えず、画面を見つめている加賀谷に安心しながらも、他の契約魔導士たちにも目をやる。

 加賀谷と同様に、表情を変えている者はいなかった。

 それどころか、つまらなさそうにしている様子も見受けられる。


 思い返してみれば、加賀谷も単独でデドリィに向かい、部隊を顧みないことは多い。

 楊も、独断で、妙な魔力を確認しに行くなど、単独行動が見受けられた。彼の周りの様子からしても、よくあることなのだろう。

 契約魔導士が皆、我が強いことは噂に聞いていたが、想像以上に、周りのことなど、興味ないのかもしれない。



 無事、顔合わせの会議が終わり、車に向かっている時だ。

 車を待っているのか、ロシアの炎の契約魔導士 ガリーナが入り口付近で立っていた。


 初対面で、今日は顔合わせにも関わらず、言葉を交わしていない。

 一言くらい、挨拶しておくべきかと脳を過るが、そういったことは、大の苦手だった。


 少しだけ躊躇する加賀谷の様子に、無言で呆れるように、楠葉が背中を軽く叩く。

 『よろしくお願いします』

 そう、一言伝えるだけだと、デドリィと戦う以上に緊張した面持ちで、気合を入れている加賀谷に、坪田も音もなくため息をついた。


 だが、こちらに気が付き、近づくガリーナの目が、吊り上がっている様子に、意識を集中する。


「貴方、本当に契約魔導士? コスプレなら、他所でやってくれる?」


 開口一番、白銀の髪をなびかせ、加賀谷を見下しながら言い放った言葉に、加賀谷はただ、瞬きを繰り返すことしかできなかった。


「――それに」


 だが、ガリーナの罵倒は終わらず、坪田たちを睨むように見上げる。

 見上げるその視線ですら、心底、見下しているようだ。


「これが、日本の最高戦力? 弾除け程度はできるのかしら?」


 その物言いに、言い返したくなるが、隊長である加賀谷が何も言わない状況で、部下である自分が言い返すわけにはいかないと、坪田も楠葉も、眉を潜める程度に留めていれば、彼女の部下らしき男が、慌てた様子で駆け寄ってきた。


「隊長……!」


 さすがに、この険悪な状況は、ロシアにとっても良くはない。

 部下の言葉に、ガリーナはロシア語で早口に返事をすると、またこちらを見ては、見下す。


「本当のことじゃない。弱くて、足手まとい。弾除け程度にはなって――」

「弱くはないです」


 ようやく言葉を返した加賀谷に、ガリーナは少しだけ、目を見開く。

 先程とは違い、じっとガリーナを見つめる目は、頑として動きそうにもない、戦士の目だ。


「…………なに? 部下を侮辱されることが、そんなにイヤ? そいつらは、死んでも代わりのいるただの│兵隊コマ

 契約魔導士とは、価値が違うのよ」

「でも、契約魔導士だけじゃ、勝てません」

「勝てるわよ。いいえ。勝つの。それが、契約魔導士の任務。それすら理解してないなら、今すぐお得意の、神風にでもなりなさい」


 そう吐き捨てると、こちらへ振り返ることなく、歩いて行ってしまった。

 残された部下は、苦虫を噛みつぶしたような表情をするが、すぐに加賀谷たちに向き直ると謝罪する。


「申し訳ありません。弁解というわけではありませんが、彼女は氷の契約者とは、少々、因縁がありまして」

「だからといって、今のは、少し問題だと思いますが?」

「申し訳ない。注意しておきます」


 少しスッキリしない気分ではあるが、それよりも車に急ごうと足を向けたのだった。

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