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氷の契約魔導士、戦線復帰す  作者: 廿楽 亜久
第二作戦 大隊結成
15/20

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 眼下に広がる青い海。

 これは訓練はなく、実戦。落ちれば、助けが来ないことだって、当たり前のようにある。


「ビビってんのか?」


 隣を飛ぶ石神が笑う。


「まぁ、少しは」


 桐ケ谷が緊張した面持ちで見上げるのは、第三十七魔導大隊の背中。

 実際に、デドリィとの戦いに向かっているというのに、恐れる様子はない。


「この辺りですね」


 今回は、海上に出現した魔力ポイントの調査だった。

 その魔力量からして、すでに海中はデドリィたちが群れを成していると思われ、群れのリーダーを叩くことも任務となっている。


「海上に姿なし。海中となると厄介ですね」


 久保が、海中から感じる魔力を睨む。


 島を形成していない分、デドリィの攻撃は、威力が落ち、侵攻スピードは島を形成後に比べて、圧倒的に遅い。

 だが、それは魔導士側も似たようなもので、海中に弾を撃ち込んだところで、威力は下がる。

 加えて、海の中から不意打ちを食らう可能性が高く、魔導士にとっては、島を形成しているデドリィよりも、海中に身を隠しているデドリィの方が、危険度が高い。


 今のところ、海面に大きく映る影はなく、海水が熱されているような湯気や魚の死骸などもない。

 深いところにいるのか、こちらの魔力に気が付いて、息を潜めているのか。

 坪田も、どう攻めたものかと考えていると、無線から聞こえる加賀谷の声。


「とりあえず、炙り出してみますか?」


 そう言って、加賀谷の手を伸ばした先に、現れた無数の氷柱。

 それを、海面へ叩きつけた。


「……そろそろわかってきましたが、隊長って、意外と大雑把ですよね」

「へ!?」


 久保の言葉に、中隊長がそれぞれ、何とも言えない表情で頷いていた。

 そのことに、加賀谷が慌てるが、足元で浮かぶ氷が、勢いよく溶けていく様子に、すぐさま散開する。


 直後、デドリィが、蒸気と共に浮き上がってきた。


「貫通術式用意! 撃て!」


 海上に顔を出したデドリィを、次々と撃ちぬいていく銃弾。

 蒸気や溶岩石を避け、隙をついては発砲。隊列が崩れれば、高度を上げて、立て直す。

 基本的な行動を繰り返しながら、会場にいるデドリィの数を、徐々に減らしていく。


 いまだに、このデドリィたちを率いているリーダーの個体は見つからないが、このまま群れを削っていけば、いずれ顔を出すはずだ。


「海面に近づきすぎるな! 防壁抜かれるぞ!」


 先程、加賀谷が落とした氷の塊も、レーダーの代わりを果たしており、通常の海上での戦闘に比べて、随分と戦いやすくなっていた。

 まだ戦闘に不慣れな第四中隊も、楠葉の叱責が飛び交っているが、今のところ、脱落者はいない。


 一ノ宮は、第四中隊より、少し高度の高いところにいる加賀谷を確認すると、ライフルのボタンを押した。

 瞬時に、手に伝わる冷気。それをデドリィに向かって撃ちだせば、赤く輝いていたデドリィが、一瞬にして黒く変色し動きを止めた。


 術式のない、たった一発の弾だけで。


「――ははっ」


 自然と込み上げてきた笑いは、自然と中隊全体に広がった。


「緊急時以外は、使うなって言われてただろ!?」

「戦闘中に、緊急も何もないだろ。それにほら、隊長殿は上で悠々としてるよ」


 止める桐ケ谷の言葉を、聞く隊員はいなかった。


「隊長が出る必要なんてねェよ! これはそういうために作ったんだろ!」

「石神!」


 石神たちを中心とした、第四中隊が先行する様子を、坪田は、静かに見下ろしていた。


 今は、なんとか楠葉が手綱を握れている状況だが、この状態では、いずれ制御不能になる。

 突然、強大な力を手に入れ、容易く敵を倒せるようになった若い兵は、より前のめりになりやすい。


 加賀谷のことは、久保が目を光らせていることだろう。

 もし、魔力切れになりかけていたのなら、すぐにでも連絡が入るはず。


「それにしても、妙だな」

「妙?」


 手ごたえがあまりに軽い。

 坪田は十分、海面から距離を取ると、観測術式を発動させた。


 久保は、海中を見つめる加賀谷の様子を見ていた。

 魔力を数人に奪われ続けているが、魔力切れを起こす様子は見せない。

 紀陽の言う通り、大隊全員分の魔術弾の魔力を立て替える程度、気にすることでもないのかもしれない。


「……ちょっとまずいかも」

「第四中隊ですか? 今のところ、第二、第三中隊がフォローしていますが」

「あ、はい。ありがとうございます」


 思い出したようなその表情は、もうだいぶ慣れてしまったが、おそらく第四中隊のことは、全く気にしていなかったのだろう。

 それだけ、魔術弾に使われる魔力が、加賀谷にとって、些細な事と思えばいいのだろうが。


「気になることでも?」


 気を取り直して、問いかければ、加賀谷が視線を向けたのは、先程と同じ位置。

 ちょうど、第四中隊が向かっている、数匹のデドリィが顔を出している場所辺り。


「先行し過ぎだ! 戻れ!」


 楠葉が叫ぶが、石神たちは下がらず、海上に顔を出したデドリィたちを撃つ。

 黒く染まったデドリィの頭上を通り過ぎようとした時だ。


 黒く染まっていたデドリィの外壁を割け、赤い溶岩の糸が、石神たちを捕まえる。


「石神!?」


 石上たちの悲鳴に、一ノ宮が足を止めるが、その足元にも絡みつく溶岩の糸。


「あ゛、ぐぁ゛ぁ゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ッッ!!」


 溶岩の熱が、装備を、足を焼く。


「一ノ宮!? クソっ!!」

「やめろ! 行くな!!」


 桐ケ谷が助けに向かおうとする足元にも、同じく溶岩の糸。

 襟を強く引かれ、回る視界の中で見えたのは、楠葉が自分を放り投げたこと、そして、海面に湧き上がる大きな泡と大きな影。


「――――」


 言い表すならば、クジラが口を開けて、突然海上に現れたようだった。

 真っ赤な口から、蒸気を噴き上げながら、罠にかかった動けない魔導士を食らおうとしていた。


 足元から現れた肌を焼く熱の塊に、悲鳴すら上げることができなかった。

 そんな、一ノ宮の腹に叩きつけられる何か。

 もはや、何が起きているかもわからないまま、一ノ宮は吹き飛ばされ、何かに掴まれると、急速に海面が離れていった。


 霞んだ視界に映りこんだのは、氷のような青白い髪をなびかせる、加賀谷の姿だった。


「爆裂術式用意!!」

「第四中隊! 防壁術式!! 死にたくなきゃ、死ぬ気で守れ!!」


 仲間を焼き潰した赤いクジラは、自分が届かない高さで銃を構えている魔導士たちへ、熱された無色の水蒸気を放つ。

 放たれた無色の水蒸気は、魔導士たちへ迫るが、急速に白く濁り、霧散していく。


 視界が白く濁る中、岩が爆ぜ、砕ける音が鳴り響いた。


 白い視界が、急速に晴れた後に残っていたのは、黒い岩のような外壁と、薄気味悪く赤く染まった中身が、歪に砕けたデドリィの姿だった。


「海中魔力減。おそらく、今のホエール型がリーダーかと。海中の残存魔力も離れていってます」

「高度を上げる。負傷者に肩を貸してやれ」


 坪田の通信を聞きながら、楠葉は、ひどい表情をしている第四中隊の隊員たちに命じると、自分も一ノ宮に肩を貸したまま、高度を上げた。


*****


 ため息が、暗い廊下に響く。


「意外に、落ち込んでるんだな」

「初陣で、死ぬ可能性が高いことは理解してます。ただ、今回のは、自分が抑えられれば、防げたはずですから」


 今回の作戦での、第四中隊の被害は、死者3名、負傷者6名。


 理由は明白だ。

 本来以上の力を手に入れたことで、強く鳴ったつもりで、命令を無視して、先行した。

 その結果、デドリィの罠に嵌った。


「確かに、部隊に輪を乱すやつは危険だ。命が掛かってるなら、なおさらな。必要なら、俺たちは見捨てるぞ」

「申し訳ありません」


 武器も人員も有限。

 それを、無為にする可能性があるのなら、時に、非情な決断を下す必要はある。

 命が掛かっているのならば、”未熟”などという言葉は、言い訳にならないのだから。


「……まぁ、気持ちはわかるさ。俺も気を抜けば、単独で突っ込む、契約魔導士様のお目付け役だしな」


 最近、ようやく慣れてきたと笑う久保に、楠葉も困ったように笑う。


「それはたぶん、自分よりも大変ですよ」

「お、わかるか? 坪田大尉もさらっと言うけど、隊長も頑固なところあってなぁ……

 付き合い長いんだろ? 隊長の止め方に、コツがあるなら教えてくれないか?」


 その質問に楠葉は、少しだけ口端を下げると、笑った。


「実を言うと、アイツが本当にやると決めたこと、止められたことがないんです」


 

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