13
坪田の号令と共に座り込めば、肩で息をする仲間たち。
第四中隊のみの訓練も厳しいものだと思っていたが、四中隊全てが揃ってからの訓練も、それと同等もしくは、それ以上のものだった。
今回は、第四中隊の実力の確認を含めた、模擬戦を中心に行われていた。
「み、水……」
石神が、水を流し込む。
契約魔導士が、自分たちと同じくらいの少女と知った時には、第四中隊のほとんどの魔導士から不信感を抱かれた。
しかし、訓練が始まれば、そんな事些細な事を、気にしている余裕はなかった。
「見ろよ。隊長、汗かいてないぜ」
「すごいな……やっぱり、契約魔導士だから?」
「ふん……模擬戦で、ほとんど動いていなかったからだろ」
一ノ宮は、不信感を抱いている魔導士たちの中でも、特に不信感が強いタイプだ。
だが、今の言葉が聞かれては、さすがに怒られる。
桐ケ谷が宥めつつ、周りを確認すれば、誰にも聞かれていなかったようだ。
「そういえば、隊長が汗かいてるの、あまり見ませんね」
汗を拭いながら、久保が、ふと口にする。
思い返してみれば、戦闘の時ですら、汗をかいているのを見たことが無い。息は切れて、疲れているようだが、汗をかいている様子はない。
「汗をかかない体質ですか?」
「かかないわけではないですよ。確かに、氷の精霊と契約してからは、少し温度が感じにくくなってはいますが」
「どういうことです?」
聞き逃してはいけない言葉が聞こえた。
久保が聞き返せば、加賀谷は気にした様子もなく、答える。
「契約した精霊によって、多少体に影響が出るんです。ほとんどは、魔力を発動している時ですけど」
戦闘中、目や髪が青白くなっている時に、加賀谷の周辺の温度が下がっているのは、久保も身をもって理解している。
だが、どうやら、本人にも影響があるらしい。
「内容を聞いても?」
「大丈夫ですよ。というより、単に冷たいんです」
「体温が、ということですか?」
「はい」
差し出された手に触れれば、あれだけ動いた後だというのに、氷のように冷え切っていた。
「……」
「そのせいなのか、冷たいって感覚が鈍いみたいで……」
友たちが、驚かせようと冷たいものを突然触れさせてきても、あまり驚かないせいで、反応が鈍いと笑われることも多かった。
「なんだなんだ? おもしろいことしてるなら、混ぜてくれよ」
「おもしろいことなんてしてない」
「手が冷たいって話です」
やってきた我妻にも、手を差し出せば、楽し気に声を上げた。
「ほほーぅ。手が冷たい人は、心が温かいんですよ。いやぁー隊長の手は本当に冷たい! ってことは、心は熱血ですな!」
「熱血って……隊長が熱血なんて言う奴がいたら、眼科を勧めるよ」
久保に続き、我妻まで手に触れるものだから、気になったのか坪田と楠葉までやってきては、同じように手に触れ、確認していた。
「悪影響はないのですか?」
「ないですよ。かき氷をかきこんでも、口が痛くなったり、頭が痛くなることがないくらいです」
「それは羨ましいような、どうでもいいような……」
何とも言えない利点に、我妻と久保は微妙な反応を示すが、坪田は口元に手をやる。
「他の契約魔導士も似たようなものですよね?」
「そうですね。内容は、契約した精霊ごとに違いますが」
ちらりと楠葉に目をやる。
契約魔導士の次期候補でもある楠葉は、加賀谷と同じくらいの機密情報を頭に入れている。
特に、一般魔導士に伏せられている契約魔導士については、加賀谷と同程度に詳しい。
「わかりやすいのは、悠里の氷と相対する、炎の精霊です」
加賀谷と逆で、高温に強い耐性を持つ。
そのため、魔導士にはつきものの、火傷を負うことがない。
「周りに影響があるのは、”氷”、”炎”、それから”雷”と”引力”です。”風”も無くはないですが、無視して問題ないです」
「”雷”は、特に事故が多いらしいですから……」
機器の不調から、人体への被害。暴発による死亡事故を起こした件数は、契約魔導士の中では、断トツに多い。
「一応、当たったことはないんだよな?」
「老師は、制御できてる人だから。
それに、すごくテンション上がる時には、一緒にいたことないし……
でも、そっか……確かに、これからは、もっと注意しないといけないのか……」
雷の契約魔導士は、周りへの被害を制御していない時は、空気中に電撃が走る。
もちろん、楊の部隊への支給品には、対策用の避雷針や特注の軍服を着ているが、加賀谷たちは特注の服でもない。
それに、楊が戦闘に集中している状況では、加賀谷の周囲も温度が下がり、空気中に氷の粒が飛んでいる状況になっている。つまり、雷雲の中のような、電流が走りやすい状況になっている。
「…………」
以前のように、加賀谷一人で動いているわけではない。
自分の周りには、部隊の隊員たちがいて、自分の力の制御にも、気を配らないといけない。
「……やはり、一度契約魔導士に関して、確認しておいた方が良さそうですね。ようやく落ち着きましたから、今日中にしましょう」
少し影を落とした表情をする加賀谷に、坪田はそう提案すると、加賀谷はすぐに顔を上げて、頷いた。
「そ、そうですね。楠葉さん……」
「機密情報と、そうじゃない情報の分別くらいつけてほしいんだけどな……まぁ、しょうがないか」
本来の教育を完了せず契約魔導士になった分、加賀谷はそういった情報に明るくない。
軍内部でも、契約魔導士は、英雄視させるために、一部が改変されて伝えられている。
実際、この第三十七魔導大隊に配属されている隊員たちですら、加賀谷と楠葉以外は、正確な契約魔導士の情報を知っている者はいない。
「自分たちも、『隊長に関しての情報を口外することを禁ずる』と契約をさせられていますから」
「あぁ……私は、そうですね」
加賀谷と楠葉が、微妙な表情で呻く。
契約魔導士の名前が、一般に公開されていないことは多いが、軍内部では有名ということは、往々にある。
しかし、加賀谷は、契約魔導士の存在こそ公表されているが、その人物の年齢、性別、その全てが機密事項になっていた。
*****
「――!! ――!」
部屋の外から聞こえる慌てた声に、何事かと入口へ目を向ければ、ノックなしに、乱暴に開けられたドア。
「ハゥワーユゥー? 我が同志!」
「あぁ!! もう!! いい加減にしなさい!!」
昨日の優し気な表情なく、吊り上がった目で、部屋に押し入ってきた白衣の男を、部屋の外へ押し出す日野。
「何をする。私は研究の同志である彼女と友好的な関係を築くためのコミュニケーションをだな」
「友好的な関係を築くというなら、相手の言葉を待つ程度の礼儀は持ってください!」
「君との関係など求めていない。故に君の言葉を待つ必要はない」
「は……?」
部屋の中からでは、日野の表情は見えないが、それはもうひどいものだろう。
「博士。博士流コミュニケーションは、ここまでにしましょう。ここでは、少し刺激が強いようですから」
後ろにいた夏目が、部屋の中を見るように促せば、ようやく白衣の男は、部屋の中へ目をやった。
そこには、中隊長たちが、自分に対して、警戒するように視線を送っている様子。
不審人物を拘束していないのは、博士の後ろに、夏目がいるからだろう。
「加賀谷君。君からは何も言っていないのかね?」
「博士が、ここに来るなんて思ってません……!」
「何を言っている!! 前のロクな資料にもなっていない実験結果に、論文の指導を行わなかったことが驚きだろう!!」
「ぅぇ……!?」
狼狽える加賀谷を庇うように、坪田が間に入ると、久保が小さく身を屈め、加賀谷へ確認する。
「隊長、あの方は?」
「えっと……魔導士用軍事装備研究部門 最高顧問の紀陽さんです」
魔導士であれば、全員が使っている装備の全てに携わっており、魔導装備に関して、彼の名前がないことがありえないと言われるほど、魔導装備に関しては、凄まじい才能を持っている人物だ。
加賀谷も、自分専用の装備を作るために、何度か会ったことがあるが、あまり何度も会いたいとは思う人物ではなかった。
そして、久保も坪田も、ごく最近、紀陽の名前を見た覚えがあった。
千葉で、モホロビ級と戦闘した後の報告書だ。
つまり、紀陽の言っている実験結果とは、あの軽量化された装備の損傷についての資料のことだ。
「恐れながら、作戦指揮を任されているものとして、当時は緊急事態であり、満足に実験条件を整えられる状況でも、測定できる状況ではなかったと判断します」
「緊急事態だったから? 何を言っている!! だからこそ! その場の環境を詳細に知る必要があるのだろう!
デドリィとの戦争であるならば尚更! 奴らは自然そのもの! その場の環境を知ることで、向こう十年の戦況が変わるといって過言ではない!!」
「でしたら、常に戦場を観測している、観測班へ問い合わせるべきでは? 彼らは、事後の環境についても、調べているはずですよ」
「貴様は会議室で事件が起こっているとでも? 私が必要とするのは、まさに最前線の情報! 契約魔導士であれば、局所的な環境変化はなおのこと! そんなことも知らないのか!!」
「博士の要求を聞き入れた結果、仲間の命を危険にさらすのであれば、許可できません」
「仲間数十人の命と人類77億人、いや今後生まれる命全て、どちらが大事だというのだね!?」
「どちらもであり、不必要に仲間すら切り捨てる人間が、人類すべての命を背負うなど不可能では?」
最初こそ、口と頭の回転の勢いのままに、攻め立てる紀陽に、一歩も引けを取らない坪田と久保に、加賀谷も感心していたが、さすがに終わりが見えなさ過ぎる。
こっそり楠葉の袖を引っ張るが、『無理だ』とアイコンタクトを返され、我妻には『あのふたりに任せましょう』と静かに、体で制された。
最終的に、紀陽の後ろで苦笑いをしている夏目に目を向ける。
すると、夏目もイヤそうに、眉をハの字に下げたが、終わりそうにない様子に、ようやく手を叩いた。
「博士。熱い討論は結構ですが、時間が押していることもお忘れなく。時間は有限です」
「全くその通りだ。准将。加賀谷君。外に出たまえ」
「はい?」
ようやく入ったはずの本題に、加賀谷は首をかしげるのだった。