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氷の契約魔導士、戦線復帰す  作者: 廿楽 亜久
第二作戦 大隊結成
10/20

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 恐ろしいほどに雲のない空を見てはため息をつく。


「見事な快晴」

「うわ……いきなり後ろに立たないでください。楠葉中尉」


 隠すわけでもなく、眉を潜め、背後に立つ男へ向き直る。


「訓練は終わりですか?」

「あぁ。人がケツ蹴り上げるには、限界があるからな」

「それ、遠回しに、実戦で戦死を容認しているように聞こえますよ」

「容認はせざる得ないさ。でなきゃ、戦争なんてやってらんねぇよ」


 楠葉は、肩を大げさに竦めるが、こちらに一切興味なさそうな女に、本題に入ることにした。


「で? どうしたんだ?」

「……輸送船がデドリィの襲撃を受けたそうです。そのため、到着が一日遅れるとのことです」


 第三十七魔導大隊の到着が、一日遅れる。

 待ち望んでいるものからすれば、残念で仕方ないことだった。


「一日、二日なんて、お前の待ってた日に比べれば、何十分の一だろ」

「だからこそ、ですよ。女の子はそういうものなんです」


 会えるかもわからないよりも、もうすぐ会えるとわかってからの方が、とても長く感じてしまう。

 楠葉は、わからないとばかりに、視線を逸らせるのだった。

 

*****



 その輸送艦の旗艦の艦長室では、藤堂が渋い表情で、額に手をやっていた。


「そちらが謝ることではありません。こちらでも、ユニリッドから”特別な荷物”が入っていることは伝えられていました。

 中身は機密事項であり、私も把握しておらず…………まさか、人間だったとは……」


 どうやら、全てを知らせず、乗り込んだわけではないらしい。

 だが、特別な荷物が、魔導士であったなど、しかも制服を着て忍び込んでいるなど、やはり問題がある。


「しかし、助けられたのは事実。白兵戦にかけては、あの船の心配はないでしょう」


 劉はすでに、日本軍の制服を脱いでいた。

 いつまでも忍び込んでいるよりも、客として運んでいる方が、いくらか言い訳もたつ。


 特別な荷物の中身は、機密事項に違いない。

 そのため、その船の船には、劉に関して、現在、箝口令が敷かれている。


「しかし、あそこまで動けないとは……」


 深刻な表情でつぶやく藤堂に、加賀谷も心配そうに覗き込む。


「あ、あの、新兵の方は、デドリィとも実際に会ったことないですし、それこそ、学校のシミュレーターも、ロボ感が強いですから」

「あのシミュレーターは、私も改善の余地ありと思っています。ですが、新兵だけの話ではありません」


 動けなかったのは、新兵だけではない。

 海兵は魔導士に比べて、確かにデドリィとの、直接的な戦いには慣れていない。

 だが、雑兵レベルのデドリィに対して、尻もちをついて叫ぶだけなど、あってはならない。


「向こうに付いたら、再度訓練し直さなければ……」

「お、お手柔らかに……」


 藤堂が艦橋に戻った後、加賀谷は小さく息を吐き出した。


 もっと怒るかと思ったが、案外怒っていなかった。少なくとも、表向きは。

 あとで、楊李への抗議文書を、坪田と共に書かなければいけないのは、気が重くなるが、ひとまず区切りはついた。


「ひとつ、聞いてもよろしいでしょうか」

「はい?」

「隊長は、学校での訓練はどうされていたのですか?」


 加賀谷が契約魔導士であることは、学校の教師ですら、一部しか知らされていない。

 一介の魔導士候補生として扱われていた。

 名義上は、夏目准将の娘のため、軍関係者の多い学校では、その扱いには、だいぶ気を遣われていただろうが。


 だが、魔導士であるなら、魔力を使った訓練もある。

 いくら准将の娘とはいえ、全て特別扱いというわけにはいかないだろう。


「魔力でバレかねないですが」


 契約魔導士の魔力には、契約した精霊の魔力が宿る。

 加賀谷であれば、魔力に冷気が宿っている。


 そして、その姿も。

 魔力を抑えれば、あまり変化はないが、戦闘中であれば、目や髪が氷のように青白く変化している。

 学校の訓練とはいえ、魔力を使えば、気づかれそうなものだ。


「案外バレないですよ。魔力を絞れば、凍らせない程度で撃てますし、それこそ、シミュレーターは本物のデドリィと違って、色も変わらないですから。

 サーモグラフィーとか、すぐに触らない限りわかりませんよ」


 撃った直後に触れば、その冷たさに気が付くかもしれないが、集団で訓練している限り、安全面のこともあり、そのようなことは起きない。

 少なくとも、今まで騒ぎになったことはなかった。


「機密事項であれば構いませんが、契約魔導士についてお聞きしても?」


 契約魔導士については、軍の中でも、隠されている項目が多い。

 それこそ、契約魔導士そのものが隠されている場合や、契約している精霊を伏せている場合もある。

 一般人でなくても、ほとんどの軍人が、契約魔導士と直接関わりを持たない場合の方が多く、坪田自身、加賀谷の事を知らされたのも、三十七魔導大隊に配属されることが決まってからだ。


「現在の契約魔導士の人数は?」


 それでも、加賀谷の経歴のほぼ全てが、黒く塗りつぶされていた。

 他の契約魔導士なども、一般的に広まっている以上のことは、正直、知らない。


「私が知っているのは、3人です。でも、8年離れてしまっているので、変わっているかもしれません。

 その3人に何かあれば、連絡が来るでしょうから、3人は、まだ生きてると思います」

「退役している可能性は?」


 デドリィとの戦いでトラウマを背負い、精神的な問題で、早期退役する一般魔導士は多い。

 契約魔導士であれば、危険な任務は多く、負傷も多い。退役している可能性も高いはずだ。


「そ、それこそ、あったら大ニュースになってますよ」


 契約魔導士は、今まで二階級特進以外での退役は行われたことがない。


「今は、老師が初めて、名誉除隊できるかもって言われてて……」


 ただ本人は、死ぬまで監視され続けるなら、死ぬまで戦い続けた方がいいと言っているため、ユニリッドでも、頭を悩ませている問題になっているらしい。

 もし、説得という話になったら、加賀谷にも協力してほしいと連絡が来ているほどだ。


「でも、老師、結構、頑固なんだよなぁ……」


 うん。とは言ってくれない。絶対。


「…………怖く、ないのですか?」

「ぇ……? あぁ! 老師は、精霊と契約した後、色々教えてくれた人なので、他の人より平気ですよ。まぁ、私もヤバいな……とは思ってますが」

「そうではなく、”死ぬ”と言われても、怖くはなかったのですか?」


 その問いかけは、加賀谷にとって予想外だったのか、言葉にならない声が漏れては途切れた。


「幼かったとはいえ、必ず”死ぬ”と言われたのでしょう? 恐ろしくは、ないのですか?」


 人のため、世界のためと、戦う人間ではないことは、この3ヶ月でよくわかった。

 決して、自分が死なないと思っているわけでもない。


 ならば、なぜ、なんでもない顔で、死ぬことを良しと言えるのか。


「…………ごめんなさい。わからないです。実感が湧いてない、だけなのかもしれないです」


 困ったように視線を外す加賀谷に、坪田も慌てて、首を横に振った。


「いえ、申し訳ありません。人々を守るため、命を賭す。それが、魔導士であります。隊長のその心こそ、魔導士であります。

 先ほどの発言は、撤回させていただきます」

「あ、いや! その! ……もし、本当に命を懸けないといけないなら、懸けます。けど、無理をする時は、言ってください。私も頑張りますから」


 作戦の決定権は、坪田ではなく加賀谷にあるため、坪田だけで作戦を決めることはないが、再度頷けば、加賀谷も止めていた足を動かし始めた。

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