虚像の風景
ある日、僕は病院に行った。
理由は、トラックにはね飛ばされたからだそうだ。
だそうだ……?
正直、僕は頭を強く打ったからか、覚えていない。今もよく頭痛が起きる。まるで、冷たいものを食べた後のように。
病室の窓から綺麗な晴天を眺める。木には小鳥が数匹とまっていた。
昼の時間はとても退屈だった。やることと言ったら、こうやって外を見るか、本を眺めるだけだった。
外から目をそらし、本を見る。そこにはあることが載っていた。
「病院で……勝手に物が動いたり、変な音がなったりすることが増えている。ひええ……。今病院にいるのに、変なもの見ちゃったな」
僕はその本も閉じ、ベッドに横になる。そして、目も閉じる。
いつ退院かはわからないけど、なるべく早く病院からは出たかった。
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その日の夜。
横のベッドで音がした。それのせいで、僕は目を覚ます。
音の方向を見ると、そこには幼い少女がいた。少女は黒く長い髪を持ち、ベッドの上で跳ねていた。
「……何をやっているの?」
その時、僕は何も考えずにその子に話しかける。すると、その少女は跳ねるのを止め、口を開く。
「飛ぶ練習をしてたの」
「飛ぶ練習……?」
「うん。お兄ちゃんもやる? きっと楽しいよ」
「ごめんね。僕はやれないよ。今は頭を怪我してるから」
その少女は不思議そうな顔をして、こちらを見る。そして、微笑み、ベッドから降りる。
「そうなんだ。早く元気になってね」
「うん。ありがとう」
少女はそのまま、部屋の外へ走っていく。
「変わった子だったなあ」
夜中に目が覚めたからか、僕はすっかり眠気が無くなっていた。
「…………トイレにでも行くか……」
僕はスリッパをはき、部屋を出る。
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用を済ませた後、僕は廊下を歩く。そこは暗く、消火栓の赤いランプが照らしていただけだった。
ふと、1号室の扉が開いているのに気づく。
「誰か、閉め忘れたのかな?」
僕はなぜだか、その扉の向こうが気になった。そして、部屋に入っていく。
僕はあるお爺さんの目の前に立っていた。お爺さんは体にチューブが取り付けられていた。きっと重い病気なのだろう。
「……何やってるんだろ。……僕……」
勝手に人の部屋に入るなんて失礼だ。
僕は部屋を出ようとする。
その時だった。
ブシュウウッ
「……えっ」
自分の顔に何か液体がつく。それを手で拭い、確認する。
それは血だった。
「えっ……なんで……」
そして、さっきのお爺さんを見る。そこには心臓をナイフで刺された彼がいた。
お爺さんは苦しそうな顔をしながら、死んでいた。
「……うわあああああああああああああああああ」
僕は訳がわからなかった。
なんで、お爺さんの胸に……ナイフが。
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僕は走った。そして、自分の部屋にたどり着く。ベッドに手をかけながら、息を整える。
「なんで……どうして……急に……」
僕はとにかく部屋の空気が嫌だった。換気するのを含めて、窓を開ける。
「はあ……はあ……はあ……」
窓の外を眺めると、だいぶ落ち着いてきた。
いったい、あの一瞬で何が起こったのだろうか。どうして、お爺さんにナイフが刺さっていたのか。
僕は助けを求めた。誰か人はいないのか。
すると、一台の車が病院の駐車場に停まるのが見えた。
「人だ……。人が来たぞ! 早く助けを……」
その車から降りた人物は大きな帽子を被っていた。そして、その帽子を取り、顔をあらわにする。
そこには、目に大きく穴が空いていて、皮膚はぐしゃぐしゃにシワができていて、口角を異常なほど吊り上げ、笑っていた女性が、いた。
「……えっ」
その女性と目が合うと、彼女はまったく表情を変えずに突然走り出す。病院の中に入っていく。
「……今の……何だ……? もしかして……僕のところにむかってるの?」
その場にいることが恐怖だった。僕はすぐに部屋を出て、走り出す。
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必死になり、たどり着いた場所は4号室だった。
「とりあえず……ここに隠れよう」
僕は息を切らしていた。ただ、僕は近くの道具を漁っていた。
「何か……何か無いのか……」
さっきのナイフを取りに行くのがベストだが、それであの女と出くわすのはまずい。確実に殺されてしまう。
「あっ……」
引き出しの中を確かめると、手に金属の感触がした。それを取り出し、眺める。
「……メスか……」
少し心細いが、身を守るためには十分だった。
ガタンッ!
隣の部屋から音がした。さっきの女が隣にいるのだ。
僕はメスを右手に持ち、3号室の扉の前で構える。そして、女が来るのを待つ。
「チャンスは一回きりだ……。あの女の腹にこのメスを刺す。それをしないと……こっちが……」
コトッ。コトッ。コトッ。コトッ。
足音が近づいてくる。そして、自分の目の前にあの女が現れた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
僕はメスを女の腹に押し込む。その衝撃で女を床に倒し、その上に乗る。そして、メスを抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返していた。
「頼む! 死んでくれ。死んでくれ。死んでくれ。死んでくれ。死んでくれ。死んでくれえええ!」
その時、女がもう動いていないのを感じる。自分はようやく安心することができた。
「やった……。これで……生きれ……………」
その光景を、僕は生涯忘れることができなかった。
女は、いつも世話をしてくれた看護婦さんだった。
「えっ……なんで…………あっ」
僕はようやくこの現象を理解することができた。そして、自分の手を眺め、恐怖を感じた。
「最初から……おかしかったんだ……」
僕は彼女から立ち上がり、1号室へ向かった。
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そこには依然ナイフの刺さった死体があった。僕はそのナイフを抜き取る。
そのナイフを僕はつかんだことがあった。紛れもなく、そのナイフを。
そうか……。そうだったんだ……。
狂っていたのはこの現状じゃない。
「狂っていたのは……僕の方だったんだ」
確かにナイフを握ることで、思い出す。このお爺さんの心臓を貫いたのが僕であると……。
その時の記憶が無いのは、きっと僕がイカれているからだろう。
「…………あはは……」
だが、そんなことよりも恐ろしいことがある。
「……はは……」
それは、殺した理由、そのものが存在しないことだった。
「アハハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ」
僕の声が病院内で響き渡った。
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「ねえ。聞いた? あの話」
「あの話って?」
二人の婦人が話し合う。
「あの男の子の話よ」
「ああ。確か、自分を交通事故で病院に行ったって思い込んでる子のこと?」
「そうよ。その子がね。病院で何人もの人を殺しちゃんたんですって」
「確かにやりそうな子だもの。自分が悪いことをした記憶が無いらしいじゃない?」
「それならまだいいのよ。でも、もっと大変なのが、殺すことに快楽を覚えているらしいわ。本人は自覚が無いらしいけど」
「そうなの? 怖いわね。同じ人間とは思えないわ」
すると、そこに一人の女の子がやってきた。
「あらっ。こんにちは。今日から小学校?」
「うん。いっぱい友達を作るの」
少女はそう言って、道を歩く。
「ねえ。確かあの子って」
「そうね」
婦人は小声で言う。
「精神病院にいた子ね」
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