無能の勇者ーを観察するのがチートな俺の趣味です。
短編とか言いつつ、一話完結ではありません。編集しようかと思いましたが、ネタバレにしかならないため自重いたします。つまり何が言いたいかというと、これは短編ではない。うん。
雨音が響く。
「本当に行くのかい?」
「ああ。」
何度も繰り返した問答だ。くだらない。
「何とかならないのかい?」
「無理だ。俺もただの人間だ。寿命には勝てんさ。」
「そうだね…。」
幼い頃からの顔馴染みであるこいつは、小さなことでも悩む奴だ。誰が死のうが、結局他人に違いないのに、今みたいにうじうじ悩んで、悲しみに暮れる。余りにも非生産的だ。だが、それがこいつの長所で面白い所だ。
「せめて、“無の力”を継承していかない?」
忘れていた訳では無いが、そんなことをこいつが言い出すとは、意外だ。
「ふふ、面白い。」
本当に意思を持つ者は思い通りに動かない。
「ああ、面白い。」
これだから、俺はまだ死ねない。寿命なんて言うくだらない理由で、死んでたまるか。
「君は、変わらないな。今も昔も。」
「くくっ。人はそう変わらんさ。だが人は変わる。少しづつだが、な。」
「そうかい?いや、そうだね。」
隣に立つこいつも、面白さは変わらない。だが、変わっている。少し、ほんの少しづつ。
「そろそろだ。」
「また、この世界で会えることを楽しみにしているよ。」
「ふはは、そうだな。この術が成功したら、顔を出しに来よう。」
「っ。や、約束だよ?」
「俺が約束を破ったことがあったか?」
「そうだね。」
そう言って、こいつは屈託無く笑う。俺が約束を破るのは、最早数えきれない数だからな…。
「お前らも、またな。」
そう言って、後ろを向く。そこには、六つの影が動いていた。
「ええ。」
「お帰りをお待ちしております。マスター。」
「…うん。」
「くぅーん。」
「ああ、またな。」
「くそが!ちゃんと戻ってこい。そんで俺に殺されろ。」
それぞれの言葉で、別れの言葉を紡ぐ。恐らくこいつらは、分かっているのだろう。これが、今生の別れになるかもしれないのを。
「ふふ、ふはは、ふはははは。」
ああ、面白い。俺の中にまだこんな感情があったとは。初めての感情だ。
「さぁ、始めるか。」
俺は、雨が降る荒野を一人で歩きだす。周囲は、俺達が殲滅した魔物の死体が散乱している。魔物の血の匂いが周囲に充満している。
「酷い匂いだ。」
人を襲う魔物と言えど、その血は赤い。鉄臭い。これから行使する術には、大量の魔物の血が必要だったとは言え、やり過ぎたか?過ぎたことか。
魔物の血に俺の魔力を混ぜ合わせる。そして、鉄臭いそれを、俺の魔力で意のままに操り、特定の陣を俺の頭上に描くように変形させていく。
「転生したら未来も変わるかね?」
そう。俺が、これから行うのは、転生魔法。寿命で死ぬなんて面白くも無い未来ではない。今まで前例も無い、そんな御伽噺みたいな魔法。
「またな。お前ら。」
後ろを振り向き、七つになった影を見ながら小さく呟く。
「レナ。いい嫁さんになれ。」
俺らの中で唯一の既婚者に向かって。
「アリス。お前は自由だ。」
メイド姿の俺の隷属者に。
「クラウス。考えることはやめんなよ?」
最年少の青臭いガキに。
「フェリア。あんま使ってやれなくて、ごめんな。」
ペットのオオカミに。
「クロッカス。お前のとこの酒は、本当に美味かった。」
酒場を経営している中年に入りかけのおっさんに。
「ハリー。最後まで殺せなかったな?」
俺を殺しに来た暗殺者に。
「シス。お前の夢は難しいもんだ。でも、面白くて良い夢だ。」
幼馴染のあいつに。
それらは、俺が残す最後の言葉だ。
「あばよ。楽しかったぜ。」
頭上の血で描いた魔法陣が輝きだす。時間だ。
「さぁ、行こう。お楽しみの時間だ。」
光が俺の視界を一杯にし、埋め尽くす。雪崩れ込む光は、怒涛の勢いを持って荒野を埋め尽くさんと輝きを増す。
「廻れよ、廻れ。汝を揺るがす魂の輝きよ。続けよ、続け。我が命の灯。渡れよ、渡れ。我が魂により一層の煌きを。」
目を閉じ、朗々と呟く。
「神を恐れぬ愚行である此に、憂いも悔いも無い。連れて行きたくば、連れて行けば良い。」
これは、戦いだ。俺の寿命と言う運命との。だから、恐れず、揺るがず。己が信念を貫く。
「こんな所で、死んでたまるか!」
年甲斐も無く、吼える。
△△△
光が無くなった荒野で、七つの影だけが残された。先程までの鉄臭さも、魔物死体も全てが無くなっていた。
「…。」
メイド姿の女が、音も無く消える。
「あの女。あいつがいねぇと、本当に協調性がねぇよね。」
「君が言うのかい?」
「ああん?こちとら、元々一人なんだよ!!」
「それは失礼したね。」
「じゃあな。」
そう言って、金髪の目立つ格好の暗殺者は、その場から消えた。
「じゃあ、私も。家で旦那様が待ってますので。」
そうして、黒髪の神社の巫女服に似た服装の女性がその場を去る。
「ぼ、僕も。」
「わふ。」
少年と一匹もそれぞれの方向へと去っていく。
「見事にバラバラだな。」
「“ロキ”がなんだかんだ言って、僕らの中心でしたからね。」
残った中年とエルフの青年が、寂しそうに呟く。
「じゃあ悪いが、俺もそろそろ。」
「ええ、では。」
中年も自らの経営する酒場へと戻って行った。
「やっぱり、君はすごいよ。ロキ。」
エルフの青年は、空を見上げ今は居ない幼馴染を思う。
「じゃあね…。さて、僕も僕の夢を叶えなくちゃね。」
何も無くなった荒野を今一度、強い光が覆う。
光が晴れた時、今度こそ荒野は何も無くなった。代わりに世界に新しい“理”が生まれた。後に、この年は天理歴0年と呼ばれるようになる。
感想など頂くと、現在の連載作品完結の燃料になります。