第四話 終わりと
ザックに説明された作戦はとても簡単だった。
まず、俺たち一般兵は門の前に整列し待機する。準備が整ったらザックがエクセラ王国の王様と交渉し、降伏してもらう。これだけしか聞かなければ到底成功するとは思えない。しかし、この作戦は前提があって初めて成り立つものである。その前提とは、エクセラ王国がテレロ王国の国力を過大評価しているという事だ。
どういうわけか、テレロ王国は戦争で無敗の超大国であるという情報が隣国に流れているらしい。その噂のおかげで一度も責められたことがないそうだ。その過大評価を存分に発揮してハッタリで脅すって作戦だ。正直言って、俺らは兵でも何でもない只のエキストラ。成功するかどうかは全てザックの手腕にかかっている。
休憩を挟みながら十五時間程歩いただろうか、漸く門が見えて来た。
ザックを含む三人の兵士が中に入るのが見える。後はひたすら待ち続けるだけ。
暫くするとザックが現れ拳を突き上げる。
「諸君、エクセラ王国は無条件降伏を受け入れたぞ!」
兵達が一気に湧き上がり、指笛の音が鳴り響く。
「そこで、我が国の支配下に置かれたこの土地を完全に統治するまでの間、千人程ここに残ってもらいたい。勿論、残ってくれたものには特別な報酬をやろう。他の者はワンと一緒に今から帰国してもらう」
そういうと、ザックの隣に立っていた兵が手を挙げる。
「兄ちゃんはどうするんだい?」
ひょこっと隣に現れたローさんが俺に尋ねる。
「リーン達が待ってるので帰ります」
「俺もあそこの飯食わなきゃ生きていけねえから一緒に帰るか」
ローが俺の方に手を置き白い歯を見せる。
良かった、何時もの陽気なローが戻ってきた。
帰りは装備を返していて足取りが軽く、行きの半分程度の時間で帰ることができた。
随分と円滑に話がまとまった不可解にに思っていたが、あとで聞いた話ではほんの数日前にエクセラ王国の王様が病気で亡くなっていたらしい。
先王には世継ぎが居らず、次の王を決めかねていた時にザックが来たんだとさ。
何とまあ運のいいことで。まるで全て仕組まれたかのような感じさえある。まあ、終わったことを考えるだけ無駄か。
◇
「お帰りなさい!」
店に入ると待ち構えてたかのようにリーンが抱きついてくる。
……その瞬間リーンの後ろからゴリラの殺気を感じる。今にも俺に襲いかかろうとするタンクの肩をポンポンとダンさんが叩く。するとタンクの顔が一瞬で青ざめゆっくりと席に着く。
……あのタンクが怖気付くって、あんた何やったんだよ。
まあこれ以上は他の客にも悪いなと、優しくリーンを引き剥がす。自分が大胆な行動を取っていたことに気づいたリーンは案の定顔を真っ赤にさせていた。
それを見たダンさんが笑う。……うん、やっと帰ってきたんだな。
……そしてこの世界に来て丁度一ヶ月の日、エクセラ王国に滞留していた兵が帰って来た。沢山の人と共に。
どうして、あんなに連れて来る必要があるんだ。兵一人に一人ずつ付き添っているようにも見える。
「あれが特別な報酬という事だ。占領した土地にあった物は全て国の所有物だ。その中には人も含まれる。奴隷や娼婦にしても誰も文句は言えない」
ローがナポリタンを啜りながらそう言った。
あの人たちが全員奴隷?
運悪く国王が死んだせいで戦うこともせず、嘘に怯えて降伏したら一生辛い生活を強いられるのかよ。
そんなこと本当にあっていいのか?
奴隷の運命を背負った人達の目には希望の欠片も感じ取ることができなかった。ここに来る前にも何かあったのだろうか、それとも今から始まる永遠の絶望を見据えているのか。
◇
「今日で一ヶ月か……」
ベッドに横たわりながら今日までのことを振り返る。
最初は俺のこと主人公とか言っときながら、何の情報もなしで王様になれなんて無理があったよな。今でもこの国の王様になれるなんて微塵も思えない。最初はスマホないとか生きていけないとか思っていたけど案外何とかなるもんだな。面と向き合って話すことの重要性に気づけた気がする。でも、料理練習してて本当に良かった。ここで働けていなかったら全然楽しさが変わっていただろう。徴兵とか大変なこともあったけどやっぱり来て良かったと思う。
結局のところ、秘書とか言うやつは俺に何をさせたかったのだろう。何かの実験とか?
今日で一ヶ月の期限は終了し、目的を放棄した主人公は現実世界に戻りましたって感じかな。そうなったら別れの挨拶でもすれば良かったか。でも明日もここで目が覚めれば恥ずかしいからいっか。
「取り敢えず一ヶ月お疲れ様でしたっと」
そうして俺は眠りにつき、一ヶ月の異世界生活は終わりを告げる。
ゲームは未だクリアされていない。主人公が決められたシナリオを無視することをプレイヤーは許さない。さあ、セーブデータをロードするとしよう。