第二話 王様より料理人
店に着いた時にはもう日が落ちていた。店内は雑多な人々で賑わっているが俺はそれには目もくれず、いの一番に厨房にいるダンさんの元へ向かう。
「ダンさん、俺ここで働きたいです」
俺がそう告げた時、彼は一瞬驚いたような顔をしたが、俺と視線がぶつかるとフッと微笑み、そうかと呟く。
「今は忙しいから、店閉めたらゆっくり話そうや。其れ迄自分の部屋でゆっくりしとけ」
俺はお辞儀し、言われた通り自分の部屋を向かおうと振り返ると、リーンが目を丸くして呆然と立ち尽くしていた。その様子を見て笑っていると、我に返ったようで顔を赤くしている。
「……ほっ、ホントにここで働くの?」
恐る恐る尋ねてくるリーンに一言、そのつもりと答え部屋に向かう。彼女はまだ何か言いたげだったがダンさんに呼ばれて、うーっと呻き声を上げながら渋々厨房の方へ歩いて行った。
三時間ほど経っただろうか。コンコンとドアがノックされ、どうぞと答えると明らかに不機嫌そうな表情をしたリーンが入ってきたて何も言わずに指で下に来いと合図する。彼女のとこまで行き、どうして怒ってるのと笑顔で尋ねたら腹をつねられた。
「おう、来たか。まあ取り敢えずそこ座れや」
階段を降りるとテーブル席に座っていたダンさんが、向かいの椅子を指しながらそう言った。失礼しますと言い腰を下ろすと、彼は固くなるなよと俺の肩をバシバシと叩く。いや、普通に痛いんだが。
しばらくすると叩くのをやめ、フッと息を吐き何時になく真剣な表情で話を切り出した。
「どうしてここで働きたいと思った。……もしかしてウチの娘に惚れたか?」
唐突にダンさんがそう言った瞬間、俺の隣に立っていたリーンからボフンと爆発音が聞こえ、顔が見る見るうちに赤くなる。
「……な、何言ってんのよお父さん!」
「……ん、ああ、すまない。惚れているのはお前の方だったか」
ガハハと笑いながらダンさんがそう答えると、リーンは耐えきれなくなったようで、ン〜〜〜っと声を漏らしながら顔を覆いその場に蹲った。
本当、仲良いなあこの親子。
……でも、理由か。正直に王様になれと言われていたけど無理だと思ったからここで働きたいですって言うのか?
流石にそれはまずいだろう。そんな事信じてくれるとは思えないし、もし信じてもらえたとしても俺がただの腰抜になってしまう。
……まあ、実際そうなんだけれども。
そもそも、記憶喪失設定が崩れてしまうじゃないか。
何時しか笑うことをやめていたダンさんは俺の目をじっと見据えている。
「理由は……理由は、無いです。ただ、今日一日歩いて俺がここで働きたいと思ったから……です」
俺の言葉を黙って聞いていたダンさんは大きく頷く。
「それも立派な理由になるさ。丁度もう一人くらい厨房に入れるやつが欲しかったんだ。お前料理できるか?」
こくりと小さく小さく頷く。
まだ蹲ったままのリーンをほったらかして、ダンさんと一緒に調理場に向かう。
「あるもんは自由に使っていいから、好きに作ってみろ」
わかりましたとだけ答え、とりあえず冷蔵庫を開ける。
……さて、どうしたものか。料理店なだけあって主要な食材は大体ある。まあ、流石に味噌と醤油はないみたいだな。海外の人には取り敢えずカツ丼と味噌汁出しとけば安定だったんだが困ったな。出汁もねえし和食は無理か。かといって洋食のプロに洋食作んのもなあ。
「……ん、これはパスタか。……あっ!」
洋食だけど洋食じゃないとっておきの得意料理を思い出した俺は、パンッと手を叩き料理に取り掛かる。
◇
テーブルを囲んで座っている三人の前に皿を並べる。
「……出来ました。ナポリタンです」
料理を見た三人が揃って俺を二度見する。この世界ではケチャップをパスタにかける文化は無いのだろう、こんなもの食べるのかという表情をしても当然かもしれない。ここにあるケチャップは酸味がなく甘い、パスタに合わないような味である。しかし、そんなものは関係ない。俺は自炊してた頃ナポリタンを作るときはいつでも自家製ケチャップを使ってきたんだ。今回だってもちろん同じだ。だから、味には自信があるんだ。頼むから三人揃って食べるのをためらって俺のことをチラチラ見ないでくれ。
俺が早く食べろという思いを込めて三人をじっと見続けると、ダンさんが観念したようにハっと息を吐き勢いよく口に入れた。
「…………う、うめえぞこれっ、お前らも早く食ってみろ!」
父の予想外の反応に困惑しているリーンも急かされるまま一口食べる。
「……お、おいしい」
ミカさんも美味しいわねえ、と頬に手を当てながらパクパク食べている。
そんな様子を見て漸くホッと安堵する。
◇
「いやぁー、美味かったな」
食った食ったと満足気なダンさんが上体を反らし腹を叩きながらそう言った。
ありがとうございますと答えながら綺麗に平らげられた後の食器を片付け始める。
いざ、皿を洗おうかという時にリーンが手伝うよとやって来た。
「凄いね。どうしてあんな美味しい料理作れるの」
俺が洗った皿を拭いているリーンがそう呟く。
ずっと作ってきたからなと言おうとしたが思い留まる。
色々考えた結果なんとなく作ったら出来た、となんとも中途半端な回答になってしまった。
それじゃあ全然参考になんないじゃんとリーンが笑う。
「やっぱり料理出来る女の子の方がいい?」
突然皿を拭く手を止めたリーンがこっちを向いて尋ねる。
「……まあ、何事も出来ないよりは出来る方がいいだろ」
勿論、出来ないのが可愛いと思う人もいるだろうが。
そういうとリーンが止まっていた手を動かし始め皿を見つめながら、やっぱりそうだよだねとか練習しようだとかボソボソ独り言を言い始めた。
見かねた俺があんまり焦らなくてもいいんじゃないかと声をかけると、「わかってるから、任せておいて!」と親指をグッと立てウインクしながら言われた。
……うん、絶対にわかってない。
◇
この世界に転移してから既に二週間が経った。
ダンさんから教えてもらった料理も徐々にではあるが身につき始めた。俺特製のナポリタンも最初は皆が敬遠していたが、一度タダで食べてみてもらったらその美味しさが人づてに伝わり今では大人気メニューとなった。
料理を作りながらこの世界の人と触れ合うのはとても幸せで、永遠に続けばいいと思っていた。しかし、この世界はそこまで俺に優しく無かった
「なんだか今日は騒がしくねえか?」
ダンさんが皿を洗いながらそう言った。確かに、今日は国全体が喧騒に飲まれているように感じる。
その時、店の窓に何かが貼り付けられた。
まさかと、ダンさんが外に出て貼り付けられたものを確認する。なかなか帰ってこない事を不思議に思い外に出ると、そこには沈んだ表情をしたダンさんが貼り紙の前で立ちすくんでいた。俺も書かれている内容を確認する。
『我が国は、隣国であるエクセラ王国を征服することを決定した。その為成人を迎え、四十を超えていない男を徴兵する。詳しい説明は明日の正午に王宮前にて行う。逆らう者には大逆罪を適用し死刑に処す。以上』
……隣国を征服、徴兵って……おいおい、嘘だろ?