第一話 世の中そんなに甘くない
『ーー都知事が政治資金を不正使用により……』
質素な陰気臭い部屋で付けっ放しのテレビが淡々と情報を流し続ける。
それをぼーっと眺めていた俺は徐に立ち上がり、床に落ちていたスマートフォンを拾い上げた。
『また政治家の不祥事かよ、、、こんな奴らより俺の方が余程まともに国を治められるっつーの』
何時も通りSNSに些々たることを呟き、スマホを放り捨てソファに寝転ぶ。
成人を迎えてからか生活がたるんできているのは明白である。一人暮らしを始めた時は頑張っていた自炊も、今では三食全てコンビニ頼り。勉強も一年生の序盤では真面目に取り組んでいたが、夏休みが明けてからは留年しなければそれでいいという感覚。
こんな生活ではダメなことくらい自分でもわかっている。しかし、行動に移すだけの『キッカケ』が無い。
そう考えると、RPGの主人公はとても恵まれていると感じる。
大半は何かしらの目標を最初から持っていて、ただ一心不乱に決められたゴールに向かって突き進むだけでいい。
「……俺にもなんかゴールでもあればなぁ」
音になっているかも分からないような声でぼそりと呟いた。
気がつくと一時間ほど経っていた。
取り敢えずスマホを拾い上げ、さっきの呟きに対する反応をチェックする。
「いいねが九ね、まあこんなもんか。リプライはと……」
『お前が王様になったら一瞬で世界が滅びる』
『アンタは一生かかっても市議会議員が限界よ』
……ケンジとアキハのやつら流石に言い過ぎだろ。
俺とケンジとアキハは幼稚園から高校まで同じ学校で、何時も三人一緒に遊んできた。俺は大学に、アキハは専門学校にそれぞれ進学し、ケンジは家業を継ぐために進学はしなかった。
三人の道は別れてしまったけど、今でも月に一回は必ず会うほどの仲だ。
そんな親友たちからの譏りに微笑し、どう返そうかと考えていると『ピコン』と新たな通知が届いた。
「ダイレクトメッセージ? 差出人は…………『あなたの秘書』?」
誰かのイタズラと思った俺は、送り主を突き止める為に本文を読み進める。
『貴方は国を上手く治める自身がおありのようですね。もし貴方が本当に王になってみたいとお思いになるのなら下の画像を選択して下さい。その瞬間貴方を主人公とするゲームの始まりです』
読み終えたのと同時に、玉座に座った王様のイラストが送られてきた。
「……新手のスパムメールか?」
怪しい。クリックしたらスマホがウイルスに感染するとかか?
まあ、無視するに越したことはないなと思い、一度スマホの電源を落とす。
ふと、ケンジとアキハの言葉を思い出す。
俺に王様なんて無理、か……あいつら馬鹿にしやがって。ああ、いいさ。どうせ暇なんだからゲームで王様くらいやってやるさ。
そう思った俺は咄嗟にスマホの電源を入れ直し、躊躇なく王様の画像をタップする。
『本当によろしいですか?』
スパムメールの癖にしつこいなと思いながら『はい』の文字をタップする。
その瞬間、目が痛くなるほど画面が煌めく。その刹那、俺はフッと意識を失った。
◇
目が覚めると見知らぬ部屋のベッドに横たわっていた。
重い体を起こして周囲を見回すが、あるのは仄かに温かい灯を纏うランプだけ。
状況が把握出来ず困惑していると、ガチャリとドアが開いた
「……あっ、目が覚めたんですね! よかったです」
部屋に入ってきたのはディアンドルの様な衣装に身を包んだブロンドヘアの少女だった。
あまりに現実味のないことの連続の中で俺は一つの信じたくない結論に近づき始めた。そんな俺の心境も知らず、少女は三つ編みにされた髪をなびかせながらトコトコと歩いてくる。
……やっぱりゲームの中に転移したとしか考えられないよなぁ。
俺は答え合わせをするために、ベッドの隣で立ち止まった少女に尋ねる。
「…………あのっ、いきなりなんですけど、いくつか聞きたいことがあるんですがーーーー」
◇
ーー金髪少女……いや、リーンから話を聞いてこの世界をある程度は理解することができた。
俺がいるのは『ダイル大陸』の最南端に位置する『テレロ王国』という小国らしい。外を眺めると中世ヨーロッパを感じさせる街並みがそこにはあった。俗に言う『異世界』と言う場所なんだろう。
しかし、『異世界』と言っても魔法の様なファンタジックなものは無い、科学技術が特別発達しているというわけでもない。
ただ、俺が元いた場所と違うところももちろんある。
一つ目は、龍や人魚の様な空想上の生物が実在するらしい。あくまで噂の範疇ではあるが。
二つ目は、国同士の争いが異常に多いと言う事だ。この世界では『足りない物が有るなら他の国から奪え』という考えが根付いているらしい。だから、食材、鉱石、土地等必要と有れば貿易はせず戦争を起こして奪い取る。ナショナリズムの極みを具現化した様なものだろう。
俺はリーンの両親が経営する料理店の前で倒れていたらしい。
服装は転移する前と変わらず上下ともにジャージのまま。何か持ってきていないかとポケットを探るがあるのは紙切れだけ。……紙切れ?
『一ヶ月以内に国王になれ』
二つ折りにされていた紙切れを開くと、一言そう綴られていた。
「どうかされましたか?」
リーンが紙切れを持ち黙り込む俺を見て不思議そうに尋ねる。
なんでも無いよと答え俺はそれをクシャクシャに潰しポケットにしまう。
……最初から王様ってわけじゃ無いのかよ、と思いながらふうっと大きなため息をつく。
それを見たリーンが更に困った顔をするから再度気にしないでと声を掛けた。
リーンに連れられ下に降りると彼女の両親らしき男女が店の準備をしていた。
俺に気づいた彼らはこっちへ来なさいと笑顔で手招きする。
今度はリーンと父親のダンさん、母親のミカさんから質問責めにあった。
流石に別の世界から来たと言うのもどうかと思い、取り敢えず名前以外の記憶がないと伝える。
「……それは困ったな。服も見た事ねえ国のもんだし、何も持ってないんじゃ生きていくのも厳しいか」
ダンさんが頭を抱えながらそう呟き、ジロリと俺を一瞥する。
そして徐に机に手をつき立ち上がる。
「まあ、悪いやつじゃなさそうだし一ヶ月は面倒見てやる。その間に記憶を取り戻すか、新しく仕事を見つけろ。それまではさっきの部屋を貸してやるから人様に迷惑かけねえ程度に自由に過ごせばいい」
「……えっ、あ、ありがとうございます」
俺が礼を言うとダンさんはニッと破顔一笑し、リーンに街の案内をしてもらえと最後に一言告げ準備に戻った。
隣に立っていたリーンがじゃあ行こっかという風に俺に視線を向ける。
外に出ると日差しが俺の目にズキズキと突き刺さり、反射的に腕で覆う。
目が光に慣れてきたので漸く辺りを見回す。
見渡す限り石畳の道路。建蔽率を無視して建てられた家が軒を連ねる。本当に異世界に来たという事をひしひしと感じる。
迷子にならないようにと手を繋ぎながらリーンと街を散策する。
彼女は俺を何歳だと思っているんだろうか。自分より年下であろう少女に子供扱いされるのは少々きまりが悪い。そんなことを思いながらも繋いだ手をギュッと握りしめる。
どうやらリーンはこの街で評判がいいらしく、いく先々で声を掛けられていた。その度に俺のことを彼氏か何かと勘違いされたらしく、毎度のごとく顔を紅潮させていた。そこまで真っ赤になられるとこっちまで赤くなってしまうじゃないか。
今日一日、リーンにはいろんな場所を案内してもらった。雑貨屋、服屋、八百屋に肉屋、この国にいる人は皆良い人ばかりだ。記憶がないことを伝えると余所者の俺のことをとても心配してくれた。
「……そしてここが王宮ですね。名前の通りこの国の王様がここで働いています。案内する場所はここで最後ですが何か質問はありますか?」
俺は目を瞑ってまま首を横に振る。じゃあ帰りましょっか、とリーンが俺の手を引く。
彼女の愉しげな後ろ姿を見て俺は一つ確信した。
俺が一ヶ月でこの国の王様になんて絶対に無理だ。