第八話 スペックの確認は大事
次の日、俺は普通に起きて、普通に朝食を食べて、普通に自室に戻った。
以前体験したオカンに起こされるというイベントもないし、『思春期の傷跡』を流す事もない、至って普通の朝だった。
嗚呼、普通とは、なんて素晴らしく、斯くも喜ばしく思うものだな。
では、これより今後を決める重大な脳内会議を始めよう。
ヒロインを攻略すると決意した俺がまず初めにやる事と言ったら、今の状況の確認と、これからの方針を決める事だろう。
よし!一つ一つ確認していくか!
まずは自分のスペックを確認からだ。
確か『敵を知り己を知れば百戦危うからず』と頭が良い偉い人で、孫氏だか孫子だったかな……まぁ、孫さんがそんな事を言っていたので間違いない。オラワクワクしてきたぞ!オッスオッス!
俺が主人公である透の友人の金田久となったので、まずはその久と俺との違いを確認しておかなければならない。
「顔と体は……ゲームの金田久だよな?」
姿見の前で確認するが、顔と体は……まぁ、問題ないだろう。
周りのキャラが整い過ぎているだけで、それほど悪くはないだろう。このキャラデザした絵師さんナイスだな。ガパオライスを進呈したい。
さて、俺が体を乗っ取った金田久は『きみとも』の設定ではどうしようもない馬鹿で変人。
三枚目やピエロ役を演じる事もあるが、決める所では決めてくれるし、アレだ……味のある人間だった。
ここは、明るい性格や、場を和ますムードメーカーや、いじられ役と言い変えよう。
小学校や中学校の先生が、通知表に『人の話を聞かない落ち着きのない生徒』を『好奇心旺盛で活発な生徒』と書く様にオブラートに包んでみよう。
まぁ、ここも気持ち甘めに採点して……問題ないとしよう。
いや、むしろ利点と考えるべきではないだろうか。そう、金田久がいる事で場が保たれる、空気清浄器みたいな奴だと……違うか?違うな。
他に『きみとも』で久は、ルートにもよるが主人公の恋路を影からも表からも支えてくれる出来た親友であり、主人公の事を幼い頃から知っていた善き理解者だった。
今は自分の事になるのだが、なんて素晴らしい人間だ。シスコンよりまともな人間だろう、うん。
他には、金田久ではなく、金井久としての技能や知識もある。
これでもモテたいが為に色々とあれこれしたから、ギターだって弾けるし、ダンスだって踊れる。これだけ見ると「俺ってハイスペックなんじゃね?」と、錯覚してしまいそうだ。しかしながら、俺はそうとは考えない。
なぜならもし俺がハイスペックだとしたら、生まれてこの方なぜ彼女がいないのか、なぜ俺が童貞なのかを議論しなければならないからだ。これ以上は俺の傷が深くなるので止めておこう。
「まぁ、これぐらいかな?」
脳内で考えている事を全て言葉に出して確認したいが、いくら家の中と言えオカンの耳がある。
オカンに自分の分析を聞かせる訳にはいかない。変態だと思われる。実の親に変態だと思われるのは、結構心にくるだろうな。
いや、昨日の件でもう思われているかもしれないが……後の祭りであっても、ナルシストという変態属性を更に追加したくない。
俺は『ただの変態』もしくは『変態紳士』でいたい。
「まぁ、この際変態だという事はしょうがないとして、親友ポジションについても考えるべきだな」
金田久としてこの世界でやっていくのならば、主人公の親友というポジションについて、掘り下げる必要があるだろう。
またも少し語らせて頂こう。
主人公の親友――それは大抵恵まれる事のないポジションだ。
時に道化を演じ、時に主人公を叱り、時に主人公のライバルとして現れ、時に主人公を助け、時に当て馬にされ、時に主人公を励ます。そんな脇役であり、主人公を際立たせる為の主人公ありきのキャラでもある。
場合によっては「こいつマジでいらねえ!」や「親友がウザすぎるんですけど!」と、それはもう非難されヘイトを稼ぐ。
その逆で「親友さんマジカッケェわ!」とか「もう親友さんが主人公でよくね?」と、称賛を浴びる事もある。
これは、シナリオを書く人のさじ加減であり、またどんな話にするか、どのようにストーリーを進めるかによって、その役割が大きく変わっていくキャラでもあるからだ。
これが『お約束』なのかは分からないが、大抵ギャルゲの主人公の親友は『変態属性」が付属されている。
例えば、熟女にしか興味を持たない人。その逆で、幼女にしか興味を持たない人。二次元にしか興味が無い人。体重100キロ以上しか愛せない人。エロい事しか考えてなく、ヒロイン達からフルボッコにされる人……などなど。
まぁ、例をあげていけばキリがないが、他にも目を覆いたくなるような変態もいる。最早、まともなキャラの方が少ないだろう。他の登場キャラに負けない様に『個性』として、それらを設定されたのかもしれないが、正直辛いものがある。
政治家や地位ある立派な大人ではないが、如何ともしがたいとはこの事だ。
では、主人公の親友という重要なサブキャラなのに、なぜこのような扱いを受けるかと言うと、これは主人公が女の子とイチャイチャするのに、他のヒロインをその親友の取られないようにする為の『設定』だと考えられる。
親友キャラは決してヒロイン達とは付き合ってはならないのだ。そして、更に攻略できない立ち絵のあるサブキャラとでさえ付き合ってはならない場合もある。理由としては、ファンディスクや、移植する時に追加ヒロインに選ばれる可能性があるからだ。まぁ「どんだけ縛りあるんだよ!」思わなくもないが、主人公の親友はこれらの事を覚悟しなければならない。
なぜなら、ゲームのユーザーの中には『占厨』なる人もいるし、俺も『占厨』ではないが、誇り高き『キモオタ』の一人なので、少しは彼らの意見も分かる。
まぁ、アレだよな。わざわざ高い金を払ってゲームを買って、気にいったヒロインを攻略してイチャイチャしたい筈なのに、あるヒロインを攻略していたら親友が他のヒロインと付き合っていたら、もはや、その作品は『ギャルゲー』ではなく『NTRゲー』として、いろんな方面からフルボッコにされることこの上ないだろう。
「普通に考えると、主人公よりモテるサブキャラはいないだろうな」
このように考えると、俺はまだ恵まれている方だろう。だって、ただのお調子者の至って普通の変態なのだから。仮に幼女しか愛せない設定だと間違いなくタイーホされて、早々にこの世界から去っていただろう。
まぁ、普通と付けたが金田久は変態であり、世間的にも変態に変わりないのだが、まだ軽度の変態だ……たぶん。
ここで、変態に上も下も無いと言われればそれまでだが、変態四天王に例えると『あいつは我々の中で最弱の変態だ!』が、この俺だ。
そう聞くと、少しは希望が湧いてこないだろうか?勿論、皆には否とは言わせないぜ?
さて、そこで俺がその少しばかり変態の脇役になった訳だが、自分がこの役になったからだろうか?それとも自分のこれまでの人生を含めてだろうか?それとも透の様なガチの主人公を見たせいなのか?……まぁ、色々と思うところがある。
誰が言った言葉だったか忘れたが『人それぞれが人生と言う物語の主人公だ』という言葉もある様だが、やはり自分は主人公ではないのだと思ってしまう。しかしながら、脇役であっても、起伏の少ない人生であろうとも、幸せになる権利はあるとも思う。
ほら、スピンオフ作品とかあるしな。
なので、主人公もハッピー、親友もハッピーになれば、それこそ大団円というやつではないだろうか?
つまり俺が目指すのはそこだ。
主人公にハッピーになってもらいつつ、自分もハッピーになろうという、クズでゲスな頭の中ピンク色一色の俺からは考えられない、至って普通の考えだ。
これなら誰も損をする事はないだろう。
「よしよし、良い感じだ。次は……」
次に、今の状況について考えておくべきだろうな。
推測だが、ここは『きみとも』の中であるが『きみとも』ではない可能性を考えておくべきだろう。つまり、ゲームの世界で『きみとも』の世界観で作られた別世界なのかもしれないということだ。
ここがゲームの中と考えるなら、ゲーム的な特殊な力が働くかもしれないが、そうじゃないかもしれない。
それを頭の隅に置きつつ、自分と周りの人間が、どれだけ自由に行動できるかも確認しておくべきだろう。
まぁ「なんで俺が金田久になったか?」とか「ここから出られるのか?」とか「この世界のクリア条件は何だ?」とか分からない事ばかりなので、深く考えるだけ無駄かもしれないが少しは考えておかなければならないだろう。
「まぁ、この世界はゲームと言っても、この世界って基本は恋愛アドベンチャーの筈なんだよな」
そう、元々この『きみとも』は恋愛アドベンチャーゲームだ。恋愛アドベンチャーのフルダイブVRという特殊な空間なのに、全くアドベンチャーゲームっぽくないというもの問題だ。
ではここで、恋愛アドベンチャーゲームと言うものを掘り下げよう。
前に説明した所と被るかもしれないが、恋愛アドベンチャーは、言い方はアレだが決まったストーリーに沿って読んでいくノベルゲーム的なものだ。
勿論そこには、恋愛が絡んでくるものなので、どのヒロインを攻略するかによって、物語が変わっていく。
大抵の恋愛アドベンチャーゲームは、分かりやすく言うと『共通ルート』と呼ばれる「今のうちに、好きな女の子を口説いてくださいね」といったルートと『個別ルート』と呼ばれる「じゃあ、その口説いた子とイチャイチャしながら、色々と乗り越えて下さいね」といった二部構成のモノが一般的だ。
今俺がいるのは『共通ルート』で、このゲームにどんな女の子がいるか教えてくれるという、言うならば「はい、この中から攻略する女の子選んでね」というチュートリアルやプロローグ的な所だ。
ぶっちゃけ、そのゲームのOPが流れるか流れないか、というほんの最初の部分だ。
そして、ここからプレイヤー達は、本格的にヒロイン攻略に『個別ルート』に突入する為に奮闘し、幸せなハッピーエンドを目指す、という寸法だ。
しかし、昨今の恋愛アドベンチャーゲームと言っても、実は色々ある。
世代が変われば求められる物も変わるもので……いや、ここでは、日々進化し続けていると言おう。
例えば『キャラゲー』や『萌えゲー』と言われ、可愛い女の子とただひたすらイチャイチャする事を重視したモノや、ギャグを多めにいれ、可愛い女の子との掛け合いを楽しむ重視のモノもある。
他には、昔からあるが、シナリオ重視で勿論可愛い女の子が出るが、胃が痛くなる様な展開が待ち受けているモノ……といった作品もある。
ゲームの進め方も色々だ。
例えば、最後の最後に選択肢が一つしかないモノや、選択肢ではなく攻略したいキャラクターを選ぶモノ、会話中に選択肢が出てきてそれを正しく選ぶモノ、選択肢ではなくミニゲーム的なモノ、など様々なモノがある。
ここで出てきた『選択肢』と言うものは、今後のストーリーに重要な意味があるものや、全くストーリーに関係ない物がある。
よく『フラグ管理』がどうのこうのと言う人達がいるだろう。
そのフラグと言うものが、これらのアドベンチャーゲームで言う、各ヒロインルートへ行く条件である。
その選択肢は難しい物から、製作者の悪ふざけもあるのだが、まぁ、ここでは関係無いので、その事はまたの機会に説明しよう。
そして、こういうギャルゲで好感度と言われるシステム。これも少し説明しておこう。
好感度。
それは読んで字の如く、相手を好ましいと思う度合いだ。良い感じの選択肢を選び、主人公への好感度を上げていく。
つまり、会話中に『○○さん可愛いね』『無難に答える』『それより、今日のパンツは何色?』という選択肢があるとしたら、相手に対する好感度は一番目が好感度+1、二番目が+-0、三番目が-1という具合になる。
では、ここまで理解したものとして話すと、今回俺が入り込んだ『きみとも』は会話中に何度も選択肢が出て、その中から正しい選択肢を選び続ける事によって、各ヒロインの『個別ルート』に突入する、王道的な恋愛アドベンチャーゲームだ。
だが、俺がいるこの世界で選択肢というものが会話中に頭上に出るのか不安であり、更に言うならば、俺は主人公ではなく主人公の親友なので、選択肢というものに頼れない可能性の方が高い。
それを踏まえた上で俺は生活する事になるだろう。
「他に状況は……」
他は、自由に動ける行動範囲だろうか?この『きみとも』は公友市の中でのお話だ。
つまり、そこより先に行けるかは分からない。もし他の場所に行けるとしたら、話の幅が広がるし、広がり過ぎて収拾がつかなくなる可能性も考えられる。
優先度はあまり高くないが、これも後に確認しておくべきだろう。
後は、俺の『きみとも』の知識とこの世界の設定が、合っているのか確認をすべきだな。
昨日の段階で大体合っていたので、重要な案件に関しては大きく外すことはないのだろうが、昨日透が言っていた「山田先生の話」や「学食が魔王級」などの細かいネタや、裏設定もふんだんにあり、それが採用されている可能性もある。
更に今回VR版としての新要素も絡んでくるので、どこかでその情報のすり合わせが必要だろう。
「まぁ、ここはおいおい確認作業もしないとな……次は」
次に、ヒロインを攻略すると決めたのはいいが、どのように攻略するかだ。それを決めなければならない。
先の話と被る所もあるが、ここはゲームの中だとしても、システムのアシストがあるゲームの様に、選択肢を選んで好感度を上げていけば、そのヒロインの『個別ルート』に突入……という風にはいかないだろう。ゲームの中でなければ尚の事だ。
この世界が『VR版』だからという訳ではないが、昨日の感じでこの世界が続くのならば、この世界では主人公の透や自分を含め、ヒロインの行動が制限されておらず、自由度が凄まじいものとなっている。
つまり、ヒロインの『個別ルート』の入る為には、ヒロイン達と生活し、惚れてもらう様に努力しなければならない。
言うならば、現実の恋愛となんら変わらない事を、俺はこれからしなければならないということだ。ここに来てシナリオもクソもない。
これは誇り高き『キモヲタ』であり、童貞男子である俺にとっては、非常に難易度の高い事象だ。
女の子と、しかも飛び切りの美少女と二人きりでの会話な上に、何を話せばその子が喜ぶか?また、何をすればその子が嫌がるかなどを、手探りの状況で一つ一つ知っていかなければならない。
ここで「昨日、普通に会話できていたよな?」と思う人がいるかもしれないが、それは透という『必ずなんとかしてくれる』だろう最終兵器が隣にいた事と、会話中は道化を演じていた事と、ボケとツッコミしかしていないからだ。
まぁなんだ?女の子と、そのアレだ?
つまり「仲良くしたい!」や「惚れさせてやる!」だとか「口説いてやる!」といった邪な気持で会話すると、なぜか上手くいかない。
これは俺だけじゃないよな?皆なら分かるよな?分かってくれるよな?
まぁ、そうなると当然の結果として、俺にとってここは『ベリーハード』を越え『ヘルモード』な現実と変わらない玄人向けの仕様な世界となってしまう。
だが、ここでは自然な会話を装ってヒロインの情報を入手しなくてもいい。それは、俺には『きみとも』の知識がある事に他ならない。
それ即ち、ヒロインの様々な情報を初めから持っているからだ。
18禁版はプレイしていないので、ヒロイン達の性癖が分からない事だけは、心の底から残念ではあるが、ヒロイン達の個人情報に関しては大体把握している……筈だ。
この事はこれからヒロインを攻略していく時には、絶対に役に立つ利点だ。
後は、俺が女子と二人きりで話す時に、相手を意識せずに話せるかだ。無理かもしれないが、俺の幸せなエロエロライフを勝ち取る為にも頑張るしかないなのだろう。
全くもって前途多難だ。