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第七話 決意


「知らない天井だ」


 お約束と言える言葉を発しながら目を開ける。

 正直、この世界ならどこで目覚めてもこの言葉が使えるが、お約束なので言っておく。お約束は無視すべからずだ。


「久?起きたかい?」

「ああ、なんだ透か……ここは、妖艶な女保健医の先生か、涙で瞳を濡らした美少女がいるものじゃないのか?」

「ははは、そこまで冗談が言えるなら、もう大丈夫そうだね」


 透は笑いながら、俺の体調の確認の為か俺の顔を覗き込む。

 しかし、透よ。俺は冗談なんて言った覚えが無いんだ。残念ながら先程の発言は100パーセント本心だ。


「で、俺はどのぐらい寝てた?」

「そうだね……大体一時間ぐらいかな。ちなみにここは保健室だよ」

「……そうか」


 透の言葉を聞きつつ、体を起こし伸びをする。

 なるほどここが保健室か。という事は、いつかここでヒロインと致すかもしれないんだな?俄然テンションが上がるな!

 そんな俺の心の内など知らない透は、先程の事を聞いてきた。


「それで、気になっていたんだけど……なんで僕に殴りかかってきたんだい?あれからずっと考えていたんだけど、やっぱり心当たりがないんだよ」

「くぅ~……ん?ああ、悪かったな。つい感情的になった」

「質問の答えになってないけど?」

「気にすんな、もう終わった事だ。それに最終的には、この展開の方が俺的においしかったからな」


 主に、パンツ的な意味でな。

 まさか椿の攻撃で意識を刈り取られるとは思いもしなかったが、この幸福感を手に入れる為に負った傷なら安い物だ。名誉の負傷と言うべきかもな。

 ただ、なんで殴りかかったのかはこれ以上聞かないで欲しい。俺にとっては大事な事であったが、言葉にして説明するととても情けない内容だからな。


「う~ん?まぁ、いいか。じゃあ、帰ろうか?」


 俺の想いが通じたのか、それとも空気を読んだのか、透は流してくれた。

 流石はイケメンだ。本物のイケメンは、心までイケメンなのだろう。どうすれば、イケメンを爆発させられるか考えるこっちの身にもなって欲しい。罪悪感でいっぱいだ。

 でも、もしそんな方法があったら、躊躇なく爆発させるけどな。世界平和の為にイケメンは爆ぜるべきなんだよ。


「ん?帰るのはいいが、資料はいいのか?」

「それはもう終わったよ」

「さいですか。お早い事で」


 透の言葉にベッドから立ち上がり、制服に袖を通し保健室を後にした。




*****




 透と共に学園から家に帰る途中、どうしてもあの後の事が気になった。


「でだ。あの後、紫藤先輩の様子はどうだった?」

「ああ、椿先輩?恥ずかしそうに頬を染めながら、僕と会話した後、久を僕に任せて図書委員の仕事に戻ったよ。あと、今度お詫びするってさ」

「お、おう。そうか」


 マジか。恥ずかしそうにしていたのか……という事は、透は『エスパー椿』の生テレポをじっくりねっとりと、舐めまわす様に見られたのか。なんてうらやましい奴だ。俺ならそれで一週間は耐えられる。

 ただここで「何が?」とは聞かないでほしい。皆も現代社会に生きるのならば、ここは察してほしい。空気を読むことは大切だぞ?

 というか、もうすでに椿と仲良くなったのか……相変わらず主人公しているな、コイツ。


「可愛い人だったね。噂で『クールビューティー』って聞いていたけど、ただの恥ずかしがり屋さんみたいだね」

「え?マジか!?お前……初見でそれを見破るのか?ちなみにその情報トップシークレットだからな。てか、透のその人を見る能力はなんだ?アレか?今巷で流行りの異世界モノみたいに『鑑定』とか『看破』とか、そういうゲーム的なスキル使える系男子か?HPとかMPとか弱点属性とか見えんの?」

「はは、流石にそこまでは見えないよ」


 なら、どこまでは見えるんだ?スリーサイズか?それとも、いつまでおねしょしていたとか、嬉し恥ずかしの羞恥情報か?

 もしくは、こいつならヒロイン達の性癖まで見えていても……不思議ではないな。

 いくら出せば、教えてくれるだろうか?言い値で買うのも吝かではないが、金田久にそれ程の貯金あるか、それだけが不安だ。


「あれ?ツッコミは?」

「いや、透なら見えていてもおかしくないと思ってな。正直、返答に困った」

「ははは、無理だよ。これはただの人の感情や表情に敏感なだけだよ」

「本当か?まぁ、それならそれでいいが」


 敏感ねぇ……女の子が敏感と言えば、そこはかとなくエロスな感じがするが、透が言ってもなぁ。


 そんな下らない会話をしていると、いつの間にか家に着いていた。

 めちゃくちゃ気になるが、透の謎能力の追及はまたの機会にしよう。


「じゃあ、また明日」

「ああ、またな」


 透と家の前で別れて家の玄関をくぐる。


「ただいま~」

「おかえり。それで、アンタもう体調は大丈夫なのかい?」

「ん?ああ、大丈夫。ちょいと部屋に籠るから」


 オカンの言葉に適当に返事しながら自室に向かう。さぁ、今朝から気になっていた事の答え合わせだ。

 金田久の自室に入りよく見てみると、確かに透の部屋に似ているが、記憶の中の透の部屋とは置いてあるものが違う。

 これは背景の使い回しだろうか?こんな事にも気が付かないなんて、今日の朝はゲームの中に入ったという事でテンションが上がり過ぎていたのだろう。


 その後、色々と部屋の中を捜索した。すると、驚くべき事実が分かった。これは流石に俺の想定外の出来事だった。心して聞いてほしい。

 そうそれは……。


「……なんで普通にエロ本が本棚に入ってんだよ……しかも、教科書の横に」


 そう、金田久のエログッズが、分かりやすい様に本棚に鎮座していた。

 これは……アレか?『木を隠すには森の中』って原理か?馬鹿じゃないの!?正気を疑うぞ?金田久。

まぁ、今は俺なんだけどな!

 それとも「こ、これは、保健体育の勉強だから!」とでも、親に言い訳をするつもりか?それが許されるのは小学生までだぞ?

 それとも羞恥をどこかに置き忘れた中年オヤジの様に、誰に憚ることなく喫茶店とかで、エロ本を堂々と読める領域まで金田久は足を踏み入れているのだろうか?


「だとしたら……漢だな、金田久」


 そこまで成長している金田久に戦慄しながら、ベッドの上に座り考える。



 さて、馬鹿な事はいつも通り横に置いておく事にしよう。

 可能な限り、部屋の中を見て回ったが、やはりここにもセーブポイントらしきものは存在しなかった。となると、薄々感づいてはいたが、どうやら俺はこの『きみとも』の世界から出る事はできない様だ。


「詰んだ……のか?」


 普通ならここで焦るべきなのだろう。泣き叫び、落ち込む場面……なのだろうが、残念ながらあまり焦らない俺がいる。


「ここから出るとしたら……どうすべきだ?」


 アニメやラノベや漫画などのサブカルチャー愛している俺にとっては、この状況など、見聞きした作品の状況と変わらない。

 ただ、VRMMOの世界とか異世界転移なら分かるが、エロゲに閉じ込められる主人公はいなかったけどな。そこだけは参考に出来ないので残念だ。

 やっぱ主人公がエロゲやっているって受け入れられないのか?いやいやそんな事はない筈だ。

主人公と言えど、奴らも一匹の気高き雄であることには変わりないのだから、当然の様に影でプレイしているに決まっている。

 ただ描写されていないだけであって、実際はエロゲーマーなんて星の数ほどいる筈だ。うん、そうに違いない。


 だが、ゲームの世界に閉じ込められたと考えると、お決まりのようで申し訳ないがここから出る為には、何か条件が有るのかもしれない。

 例えば、このゲームの誰かのシナリオをクリアしたら出られるかもしれないし、俺が普通に死んだら出られるかもしれない。

 でも、死ぬのはそのままガチで死ぬ可能性もあるのし、リスクが高すぎるので、ここは当然クリアを目指すべきなのかもしれない。


 だが、大抵エロゲというのはボリュームが満点で、一本でめちゃくちゃ楽しめるように作られている。聞いた話では、原稿量で言う所、ラノベ換算で10冊を優に超える量があるという。文字数で言うと100万字オーバーだ。

 むしろそれぐらいないと、ユーザーに「短すぎ、短すぎるぞ!」や「この量なら、ミドルプライスで出せよ!」と叩かれる。なんと理不尽な世界なのだろう。ラノベ10冊を書くのがどれほど大変なのか、アイツらは何も分かっていない。

 いや、まぁ、斯く言う俺もよく分からないけどな。


 それにエロゲを知らない者たちよ!たかが、エロゲと侮ってはならない。この業界はとても厳しい世界と聞いた事がある。どこの会社業界でもそうだが、敵は消費者の中にもいるが、製作者側にもいるそうだ。全く闇の深い世界だな。

 製作者側の人達は、〆切りという運命の日が近づくにつれて「発売日なんて来なければいい」やガチで「ひぃひぃ」と言いながら作っていると伝え聞く。

 まぁ、そんな人ばかりではないと思うが、そんな人達の努力があって、長い間プレイできる素晴らしい作品が出来上がるのだ。我々も感謝しなければなるまい。

 だが、事ここに至っては、いつもなら嬉しい事が、まさか弊害になるなんて思いもしなかった。


 簡単にいえば『ボリュームがある+攻略方法が分からない=クリアに時間がかかる』という方程式が成り立ってしまう。

 それにクリアがこのゲームから出る条件かは分からないが、もし予想通りなら、出るのにかなり時間がかかると言う訳だな。


「さて、これからどうすべきか……」


 仮にクリアを目標とするのなら、癪だが透をヒロインの誰かとくっつけなければならない。

 まさしく、主人公の親友と言うポジションはソレをするにあたって、とてもやりやすいのだろう。

 きっと、透は俺の掌の上で踊るだけでなく、俺の予想を越えて、掌の上でシンガソングしてくれるだろう。

 だが……。


「そもそも、出る必要があるのか?」


 そう、そこだ。いきなり閉じ込められたせいで、この世界から出る事ばかり考えていた。

 そして、どこかでこの世界から出なければならないと思ってしまっていたが、そもそも俺は、25万円という高い金を払って望んでここに居る。

 受験終わりの学生が――いや、俺がこの金額を貯めるのにどれだけ苦労した事か。


 それに、透の恋路を応援する為に、俺はここに居る訳ではない。

 俺が透となって可愛いヒロイン達と、キャッキャウフフの爛れたイチャラブ生活を送る為にここに居る。

それなのに、なぜ俺が透の為に頑張らなければならないのだろうか?

 確かに今日一日共に行動したから、透がいい奴だと言う事は分かったが、俺の全てを投げ打ってまで、透の為に何かしなければならない訳ではない。


 これから共に生活していけば、考え方が変わるかもしれないが……まぁ、これはただの嫉妬かもしれないけどな。


「ふむふむ……じゃあ、ここから出ないという前提で考えるとどうだ?」


 この世界から出ないという選択すると、何が問題か考えてみよう。金田久としてこの世界に居るので、衣食住は保障されている。

 これは問題ない。


 次に、現実に帰らないとして、何の問題があるんだ?

 確かに両親には申し訳ないが俺の両親は少し、いや、非常に変わっている。息子がいきなり電脳世界へと旅立ったら、悲しむかもしれないが「元気でやっていれば、それでよしっ!」とか言いそうだ。

 両親に一言でも置き手紙か連絡できれば良かったが、きっと親父なら理解してくれるだろう。むしろ「俺もそっちの世界に行きたい!」と羨ましがるかもしれない。

 なんてファンキーな親なのだろう。でも、そんな両親が大好きだ。アイラブユー!パパン!ママン!


「ふむ。そう考えると、両親の問題もクリアでいいだろう」


 最後に現実世界への未練だ。確かに読みかけの漫画やラノベやアニメの続きは気になる……だが、それだけだ。

 それだけなんだ……よなぁ。


「……俺はなんて虚しい生活をしていたのだろう?」


 いやいや、そこはいつも通り横に置いて考えよう。


 では、これらを総合して考えるとどうだろうか?なんというか、この世界に居ても何も問題ない気がしてきた。

 だって現実戻っても、救いなどどこにもないのだから……くそっ!そんなリアルに帰らなくっていいのならば、ここは諸手を挙げて喜んでも良いだろう。


「そうだ……そうだよな!むしろ、これで現実という名の糞ゲーとおさらばだ!」


 声に出してみると、現実に未練などない事が実感できる。

 むしろこちらが現実という、そんな気にさえなってくる。これはもう病気かもしれない……だが、気分は不思議と悪くない。

 というか、変な薬なんてやってないのに、ハイになってきた。なんか危ない脳内物質がドバドバ出ているのかもしれない。


「なるほど、なるほど……という事は、俺はこの世界で生きる事を考えればいいん……だよな?」


 そう考えると俺の灰色の脳みそが、柄にもなく何をすれば最善か導き出してくれる。この後、自分はどうすればいいのか見えてくる。

 これはアレだ。もう、ゲームとか主人公の親友なんて関係なく、自分勝手にやるべきだ。自分勝手に生きて、俺がヒロイン達を攻略すればいいんだな!夢のハーレムルートも思いのままだ!


 幸いな事ながら俺は金田久としてではないが、こちらにはコンシューマー版ゲームの『きみとも』のヒロイン達を攻略した実績と知識がある。

 それを有効活用できれば……あれ?イケちゃうんじゃね?


「なんだ!簡単じゃないか!おいおいヌルゲーか!?ついに俺の時代が来たぜ!そうと決まれば、明日からアタックだ!!フハハ!フハハハハ!フーハハハハハ!!」


 そう決意し、俺は一人吠える。近所迷惑なんて考えず、ただただ吠える。


「うおおぉぉぉぉぉおおおおお!!燃えてきたぁぁあああ!!ひゃっはーー!!」

「久!うるさいよ!」

「す、すいません!」


 そして、やはりオカンに怒られた。



 こうして、エロゲに迷い込んだ俺の物語が始まる……現実では『0310(お砂糖の日)の日』と騒がれているとも知らずに……。





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