第四話 お約束の大事さ噛みしめる
校舎に入り案内図で確認し、二年の教室に行くと、そこにはクラス分けが張られていた。
俺の記憶が正しければ、確か主人公や他のヒロイン達と同じのB組の筈だ。真っ先にB組の前へ行き確認すると、俺事――金田久の名前があった。
教室に入るとクラスメイト達は、モブキャラみたいに顔が無いとか、立ち絵が無いとか、名前が『男子生徒B』という事はなく、皆顔があり名前のある普通の人だった。
まぁ、登校中もすれ違う人達の顔があったので、当然と言えば当然だろうな。キャラの作り込み半端ないな!
さて、ここで今俺の中で一番気になるホットな話題はセーブポイントだ。可愛い女の子との会話より優先してでも知りたかった情報なので俺の中では最上級に位置すると言っても過言でもない。しかし、残念ながら周りを見渡すが、教室にもセーブポイントらしきものはない。
となると、後ありそうな場所は自室しかないわけなのだが……そうなると、これはそろそろ俺も焦った方が良いのだろうか?
これは所謂ゲームの中に閉じ込められたのだろうか?少し前に流行ったゲームの中に閉じ込められた系男子なのだろうか?最強の剣士とか目指した方がいいのだろうか?
でも、エロゲに閉じ込められた奴なんて聞いた事ないぞ?まぁ、そんなニッチなジャンルは需要があるか分からないしな。閉じ込められるとしたら、そこはMMORPGでデスゲームだもんな。流石にエロゲはないよな、なんていうか絵的にも字面的にも。
だが、これはなんというか、俺的には吝かでもない気もしない事もないな。
そんな意味の分からない思考に没頭していると、杏子と話が終わったのか透がやってくる。先程のやり取りが「ムカつく」と言ったらその通りだが、アレはアレで芸人的に「おいしい」と思う事にして、水に流す事にする。
良かったな、透。お前の親友の心が広くて!俺が関西人で良かったな!
「やぁ、久。今年も同じクラスだったね」
「そうだな、きっと神がそうしているんだろう」
製作者を神とすると、神の都合だな。またの名は『大人の都合』とも言うがな。
「ははっ、僕達を見ているなんて、暇な神もいるんだね」
「いや。今、神は大忙しだ。神が作ったゲームにバグがあったとプレイヤーから報告でも入っているんじゃないか?必死で修正パッチ製作中だろうな」
「???」
「いや、神的には『演出強化の為のパッチ』かな?」
「???」
神には、是非とも素早い対応をご期待しています。
主人公の親友プレイはバグだろうからな。それがバグじゃなくても、この世界から出られないのは、流石にバグだろうしな。
それにこの流れからすると、そろそろ奴が来るだろう。
「おはよ、透!と……えっと……」
「ああ、おはよう。桜」
「おはよう、ツンデレ娘。それと、久だから!覚えような!?」
さて、この主人公の親友である俺の名前を覚えていない残念な女の子。
この子は『きみとも』のヒロインの一人である、桜=A=クラーク。小柄な身長に金髪碧眼。髪型はツインテールで、西洋人形の様に可愛らしいツンデレ娘で……アホの子だ。他にも色々と言いたいことはあるが、きっと今の説明で大体合っているので、多く語る必要はないだろう。
それでも敢えて言うとしたら、外国人とのハーフ+金髪碧眼+小柄な体系+ツインテール、とくれば、それはもうイコール『ツンデレ』というキャラとなる。これは我々の業界では極めて有名な方程式である『ツンデレクイーンの方程式』と呼ばれる方程式が成り立つ筈なのだが、製作者側は何を血迷ったのか、この子を『アホな子』として『きみとも』に降臨させた。
普通のギャルゲやラノベでは、学級委員長+三つ編み+メガネ=口うるさいけど優しい女の子の様に、分かりやすい方程式でキャラ付けされる筈だ。だが、製作者達はその方程式を外してきた。
製作者の敢えて『お約束』を外すその貪欲な思考は称賛に値するが、ツンデレ好きとしては、今回に限りその『お約束』は外さないでほしかった。
おっと、少し話が逸れてしまったな。
先程、桜の事を『ツンデレ娘』と言ったが、とりあえず『ツンデレ』ではなく『アホの子』と覚えてくれれば何も問題はない。
「ふん!知ってるわよ!今言おうとしたところよ!」
「左様ですか、流石姫ですね。これは大変失礼しました」
例えばこのように、ツンツンしている桜に俺はすかさず表面上の態度を改め、出来るだけ低姿勢で謝る。
すると――
「え?そ、そう?ふ、ふふん!もっと褒めてもいいのよ!」
――とまぁ、こんな感じのアホ可愛いキャラだ。
色々と残念であることは確かだが、そこを含めて可愛いところでもある。
ウザい、面倒くさいが標準装備されているが、それを補う愛嬌と言えばいいのか、そういったモノも同時に兼ね備えている。
桜はアホの子であり、親心ではないが、馬鹿な子ほど可愛いものである。
そして、賢者は言った『可愛いは正義!』であると。ならば、我々はその言葉に従い、広い心で彼女の事を見守るべきなのだろう。
「それで、何か用か?」
「ふん!ベ、別にアンタ達に用があった訳じゃないわよ。ただ、クラス替えして知っている人がいなくて、寂しかった訳じゃないのよ?え~っと……そう、ただの挨拶よ!」
なるほど、知り合いがいなくて寂しかったんだな。それで、俺達を発見したから嬉しくなって会話に入れてもらう為に寄って来た、という訳だな。
この子は本当に残念な子だな。いや、思っている事全部言ってくれるから、この子程会話が楽な子はそうそういないだろう。
お兄さん、思わず頬が緩みそうになるよ。
「なるほど、それは丁度良かった。僕達も知り合いが見当たらなくて、暇していたんだよ。ね、久?」
「ん?ああ、そうだな。丁度良い、少し会話に入っていけよ。二人じゃ盛り上がらなくてな。俺達を助けると思ってさ?な、いいだろ?」
「そ、そう?まぁ、そこまで頼まれたら断るのも野暮よね?野暮だわ、うん、野暮ね」
そうだな、そんな嬉しそうな笑顔を見せられたら「桜が寂しそうだったから会話に入れてあげた」なんて言うのは、野暮だよな。
それにしても、透はそんじょそこらの鈍感系主人公とは違い、すかさず空気を読んで会話の輪を広げてくれるし、本当に出来た男だ。
流石は『きみとも』の主人公だけはある。
さて、主人公が仕事をしたから、次は主人公の親友である俺の見せ場かな。
透達が食いつき、尚且つ話しやすい会話をチョイスしてやろうではないか。
ふっふっふ、俺の『きみとも』の知識が火を吹くぜ!
「そういえば、お前ら知ってるか?学園長の噂」
「え?なによ?」
桜は俺の言葉に目を輝かせて食いついてくれる。本当この子は……いい子だなぁ。『釣られたクマー!』という言葉はこの子の為にあるのかもしれない。
俺は桜のリアクションに気分がよくなって、少し溜めを作って話す。
「それでだな、実はな、学園長が――」
「あっ!そういえば、桜知っているかい?山田先生と去年卒業した杉本先輩が、どうやら付き合っているらしいんだ」
「え?嘘!?」
「透!すかし禁止!」
透、てめぇえええ!!!校門前だけでは飽き足らず、ここに来てもう一度ブっ込んできやがったな!?
それになんだその話?悔しい事にそっちの方がめちゃくちゃ面白そうじゃねか!!
「ん?ああ、ごめんごめん。久、それで右手がどうなるんだっけ?」
「今かよ!いや、もういいし!俺の右手とか、本当どうでもいいし!右手と山田なら、山田に決まってんだろ!?」
俺の言葉に透は「やれやれ」とか言いながら肩を竦めた。
その欧米チックな仕草に若干イラッとしたが、今回は俺の言葉に耳を傾け観念した様だな。
ほら、透さんよ。早く山田先生の話の続きを話すんだ。
「分かったよ。それで学園長の話だっけ?」
「いや、お前今『やれやれ』とか言って、全く分かってねぇじゃん!くそっ!合ってるけど、違ぇんだよ!それより山田だ!山田!山田の話を聞かせてくれ!」
「そうよ!久の話なんかどうでもいいわ!詳しく聞かせなさい」
「ははっ、分かったよ。これは先輩に聞いたんだけどね――」
その後、俺達は山田先生の恋愛事情について熱く語り合った。
でもな、桜さんや?「久の話なんてどうでもいい」とか言わないで下さい。
地味に傷つきます。
*****
山田先生について熱く話していると、チャイムが鳴った。
先ほど話題に上がった山田先生は、この『きみとも』の世界では珍しくまともなキャラである。その人畜無害の権化と言っても過言でない仏の様な先生が、透の話によると生徒に手を出したらしい。
やはり、山田先生もまた『きみとも』のキャラだったという事か?
いや、この場合、逆に杉本先輩なる生徒が、山田先生を捕食した可能性の方が高いかもしれないな、カマキリの雌的なアレなんだろう……全く世の中どうなるか分からないな。
まぁ、結論としては、先生も先輩もやっぱり『きみとも』のキャラだったでFAかな。
自分の椅子に座り、手を組んでそんな事を考えていると教室のドアが開く。
「は~い、皆さん。ホームル~ムの時間ですよ~」
その声と共に入ってきたのは、小学生低学年と見間違うようなちびっ子だ。
しかしながら、我がクラスの皆はそのちびっ子の言葉に従い各々の席に着く。
誰もそのちびっ子の言葉を笑わず、疑問にも思わないし、逆らう者もいない。普通に考えればおかしな事だが、こういう現象は『きみとも』では普通であり、日常である。
まぁ、これも説明が必要だろうから、語らせて頂こう。
このちびっ子は青木怜奈といい、皆には『怜奈ちゃん先生』と呼ばれている。エロゲやアニメやラノベなどの『あるある』で、ちびっ子先生だ。
飛び級して博士号取ったとか、噂されている。
余談だが、この世界はエロゲであるから、この『きみとも』に出てくるキャラは全員18歳以上なので、飛び級だろうと、俺より年齢が低かろうと、何も問題ない。
この世界は現代の地球に残された魔法や言霊の一つである『登場人物は皆18歳以上』が適用された摩訶不思議な世界であり、一種の『異世界』だと考えてくれてもいい。
プレイユーザーは『え?これ明らかに○学生だよね?』とか、気にしたら負けであり、それらの細かい所は、何があっても全力で見逃さなければならないのだ。
この世界では、結構何でも有りなのだが、年齢にまつわるお話は『タブー』であり、絶対に触れてはいけない闇の部分である。
それでも年齢の話を持ち出そうとしたら、神に消されるかも知れなし、ギリギリで『干支の話』ぐらいだろう。
まぁ、難しい事は置いておいて、そのちびっ子先生は、教卓前に台を置いてその上に乗り、我々はやっとそのご尊顔を拝見する事が可能になる。
教師として色々と不安になるが、それはこの学園なら多々ある事なので、それも横に置いておく事にしよう。
いつか、横に置きまくった色んなツケを払う日が来ない事を祈ろう。
「うんしょ、っと。皆さんの担任になりまちた。青木怜奈です。よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします!!」」」
生徒達は皆、怜奈ちゃん先生の舌足らずな挨拶を、慈愛に満ちた表情で返事する。生徒達は皆語らなくても「今日も怜奈ちゃん先生は可愛いなぁ」と男女問わず思うだろう。
あの笑顔を守らなければ、あの顔を曇らせてはならぬと生徒達は思ってしまう。
これが、この感情が、俗に言う『父性』や『母性』というもので、怜奈ちゃん先生のクラスの生徒は、こうして、互いに迷惑をかけない様に団結していく……らしい。
決して我々はロリコンではない。ロリコンではないのだ。
「なるほど……実物を見ると、よく分かるな……これが父性か」
モニター越しなら、ただの可愛い子供としか思わなかったが、生の先生は凄い。この字面だけ見ると、とても卑猥な感じに思うだろうが、生は凄いのだ、生は。
そんなアホな事を考えていると、どうやら怜奈ちゃん先生のお話は終わりになるらしい。
「――それでは今日は始業式です。皆さん今日から一緒に頑張っていきましょうね?」
「「「はい!」」」
一糸乱れぬ生徒達の返事。軍隊か何かと間違ってしまうかのような、げに恐ろしくもあるその光景ではあるが、これがこのクラスの普通なのだろう。
自分で言うのもなんだが、俺もなかなか酷い性格や性癖なので、なんの問題はないかもしれないが、頑張ってこのクラスに馴染もう。
きっと、このクラスなら俺の事も受け入れてくれるだろう。
*****
さて、杏子や桜と言った『きみとも』のメインヒロインが二人続けて登場したので予想できると思うが、今はどんなヒロインがいるか?このゲームがどんなゲームなのか?などのチュートリアルみたいなものだろうな。
この様なヒロイン登場イベントは以前プレイしたゲームとあまり変わらないが、ヒロインとの会話が俺の影響なのか、それとも新シナリオなのか、多少ゲームと違っている。
まぁ、少しぐらいは誤差の範囲だろう……きっと、うん。
この感じで話が進んでいくと、直ぐにでも新たなるヒロインが登場するだろう。そして、今が始業式の最中なので、次に登場するヒロインは『生徒会長』だろう。
「――であるからして、生徒の皆も今学期からも、勉学に部活動といった様々な事を頑張って下さい。では、これで私の話は終わります」
学園長の長い話が終わり、次は待ちに待った生徒会長だ。
「続きまして、生徒会長のお話です」
良かった、あってた。心の中だけど、知ったかになる所だったぜ。
さて、壇上に上がる女生徒。彼女がヒロインの一人である浅黄唯だ。
神が与えたと言っても過言ではない完璧な美貌とプロポーションを持ち、出るとこは出て、引っ込む所は引っ込んでおり、芸術と言ってもいい体だ。それだけではなく、頭も良いときている。
他にも描写すべきところはあると思うが、きっと俺の言葉では伝えきれないだろう。それに、こんな言い方をしたら他のキャラが可愛くないと感じてしまうだろうが、そういう事ではない。
例えるなら『このヒロインだけ他のキャラより解像度や画素が違う』と言えばいいのだろうか?なんと言えば伝わるか分からないが、このキャラに向けられた愛が違うのだ。
この表現が正しいかは分からないが、このキャラだけが別で、なんかこのキャラに対して、製作者側の偏った愛を感じる。
特に絵師さんの愛だ。もしかしたら、この唯は、絵師さんの理想の女性像なのかもしれない。
そんなアホな事を考えていると、生徒会長である唯の話が始まる。
「皆さん、おはようございます。生徒会長の浅黄唯です。始業式と言う事で――」
そして、この唯はなんと言ってもその声が素晴らしくて――っと、ふざけてないで紹介を続けよう。
今、壇上で話している浅黄唯は、黒髪ロングの正統派は美少女で、主人公の透や、その親友である久――まぁ、つまり俺の一つ上の学年の幼馴染だ。所謂、幼馴染属性+お姉ちゃん属性+生徒会長属性を併せ持つ御仁だ。
これも『エロゲあるある』なのか、透の隣の家で、更には、唯と透は隣り合わせの部屋だ。プレイヤー的にはおいしいイベントの一つとされる――偶々窓の外を見たら、偶々唯がカーテンも閉めずに着替えをしている光景を偶々拝めるのだ。
この偶然がどんな天文学な確立なのか分からないが、透は必ず唯の着替えを目撃してしまうようで、己が能力である『ラッキースケベ』を使いこなし、完璧なタイミングを見事モノにしている。
流石は主人公としか言いようがない。これも主人公補正の一つなのだろう。それとも、ここぞというタイミングで、ラッキースケベが出来るから主人公なのだろうか?
まぁ、それは定かではないが、本当に透は羨ま……けしからん奴だ。
今の俺も金田久なので、唯とは幼馴染の筈なのに、この扱いの差は酷い。透には、是非とも着替えを覗く権利を譲って欲しいものだ。
「――です。皆さん、今学期も楽しい学園生活を送りましょう」
唯の話を聞き流して、透の悪口を考えていると、いつのまにか話は終わるようだ。
「では、終わりま――痛ぁ」
唯が壇上から挨拶を終わらせようと例をした所で、ゴツっと鈍い音が鳴り、マイクに頭打つという『お約束』の様な事をした。
「くぅぅぅ~~~~!!!!」
勢い良く頭を下げた為か、唯は壇上に座り込み、声にならない声が彼女の口から洩れる。それを見て、生徒達はザワザワと騒ぎ出す。
「うわぁ……唯姉ちゃん……アレは痛そうだね」
「まぁな、鈍い音がここまで響いてたからな」
俺の後ろで黙っていた透も、先程の光景を見て俺に話しかけてきた。
まぁ、アレは痛いだろうな……物理的にも、精神的にも多大なダメージが予想される。
「お、終わり……『キーン』……ます」
その後、マイクが『キーン』とハウリングするという『お約束』までワンセット行い、唯は顔を真っ赤にして壇上から去っていった。
ご覧になって頂いた通り、浅黄唯は幼馴染、お姉さん、生徒会長属性の他に、天然ドジっ子と言う希有な能力も持っている。先程の様に壇上で堂々と挨拶する姿と、頭を打ってしゃがみこんでいる姿の様に、男女問わず俺達をギャップ萌えさせてくれる。
そんな素晴らしい我らが生徒会長を俺達生徒は生温かい目で見送り、その後式は滞りなく終わった。