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第一話 大人の階段を上ろうとしたら


 20XX年、3月10日金曜日、午前11時45分。


「とうとう……この日が来た……か」


 今日は俺にとっての特別な日、つまり運命の日だ。いや、もはや独立記念日インディペンデンスデイと言うべき日なのかもしれない。

 そんな事を考えると、柄にもなく自然と足が震えてくる。だが、今は震えている場合ではないし、余計なことを考えている場合でもないだろう。

 俺はその情けない足を押さえながら、誰にでもなくある店の前で呟く。


「さて……油断することなく行こう」


 そう自分に喝を入れ、昨日銀行から下ろしてきた全財産を持って、開店と同時に少し古びた店を訪れた。

 普段なら限りなく気配を消して歩くその道のりを、誰に憚ることなく胸を張りズンズンと足を進め、店の奥のR18の暖簾を「親父やってるか?」と仕事帰りのサラリーマンがまるでおでん屋の暖簾をくぐるが如く、堂々とくぐり小中高生男子の憧れの場所である、その聖域(サンクチュアリ)へと足を踏み入れた。

 そこには可憐な女性の肌色率の高いパッケージが、所狭しと商品棚に並べられている。いつもの飢えた俺ならここで立ち止まり、じっくりと見て網膜に焼きつけようとしてしまうのだろうが、今日の目的は残念ながらこれじゃない。

 興奮する内なるリビドーが顔に出ぬよう気を付けながら、更に奥へと歩を進める。途中で油断するとスキップでもしたくなる足を殴りつけ、ただただ歩く。

 そして、レジ付近の一番目立つ場所に鎮座する、今回俺のお目当ての商品を見つけ、手に取りレジへと向かう。


「合計で25万円になりま……あの……年齢確認させていただいてもよろしいですか?」

「ええ、もちろんです」


 年齢確認――それは当然の行為だ。

 18歳未満の未成年にR18の商品を売るのは、法律で禁止されている。これは未成年に害のある、もしくは、18歳未満の未成年が変な知識を得て、それが正しいと判断してしまう可能性もあるからだ。

 その観点から言うと、年齢確認は未成年を守る為に必要な事だ。きっと、店員さんから見て、俺の見た目が少しばかり幼く見えたのだろう。

 その店員さんの当然の質問に財布から免許証を取り出し渡すと、店員さんはレジの前にある年齢の確認表と俺の免許証を見比べながら確認を行う。


「え~……あっ!おめでとうございます!」


 店員さんは俺の年齢を確認し、祝福の言葉を送る。


「ええ、ありがとうございます」


 それに慌てることなく、にこりと微笑んで答える。

 この日のやり取りを脳内で何度もシュミレーションしていた俺には、これくらいの返しは造作も無い。まるで植物が光合成を行うが如く、自然な態度で行える。

 ここで『なぜ見知らぬ店員が俺に祝福の言葉を送るか?』と疑問に思うだろう。その答えはとても簡単だ。俺こと――金井久(かないひさし)は、本日3月10日をもって18歳になった。更に詳しく言うと、本日をもって高校を卒業し、誰に憚ることなく堂々とエロい物を買い漁る事が出来るのだ。

 これにより、毎回ドキドキする年齢確認にも『あっ、あれ?免許どこやったっけ?』と言い訳する必要も無く、何の気負いなく答えられる。

 いや、R18の物は、なんか怖くて買ってはないけど……って、今はそのことはいいだろう。


 そして、今日俺は18歳という大きな区切りを迎え、大人になった。いや、正確にはこれから、今買った商品で大人になる……予定だ。


「こちらが商品となります。ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております」

「ええ」


 店員さんににこやかに対応して、鼻歌でも歌いながら飛び跳ねたい気持ちを気合いで抑えつけ、俺は自宅へと急いで帰るのだった。




*******




 さて、ここで俺が買った商品について説明をしておこう。

 俺が買ったのは『18禁恋愛アドベンチャーゲーム』と言われるジャンルのゲームだ。もっと分かりやすく言うならば、人々に『エロゲ』や『エロゲー』と呼ばれ愛されているゲームだ。

 『エロゲ』と言えば、画面の中でエロい事が起こっているのをただひたすら見ているゲームではない。 『エロゲ=エロ』と誤解している人もいると思うので、ここで『エロゲ』という物を知らない人の為に、少しだけ説明しておこうと思う。

 なに、そこまで難しい事じゃないから、少しばかり聞いていってもらおう。


 さて、一口に『エロゲ』と言っても、実は様々なジャンルが有る。

 例を上げるとキリがないが『これエロ要素必要か?』と思うような、脱いだパンツをすぐさま着用しないと風邪をひく様な、感動の泣きゲー。

 主人公の心の内を丁寧に描き、細かな描写をふんだんに散りばめられた、引き込まれるような文章や演出で魅了する、シナリオゲー。

 ロボットや戦争、また超能力や魔法といった力でアクションがあり、胸が熱くなるような展開が繰り広げられる、燃えゲー。

 王道RPGやSRPGやカードゲームなど様々な趣向を凝らし、ユーザーに良い意味で『時間泥棒』と言われ、いつまでもプレイ出来るような、エロとゲーム性を兼ね備えたゲーム。

 他にも『これがエロゲだ!』と、ひたすら下半身に訴えかける様な、オカズとして実用性の高い抜きゲー、というものなどの様々な素晴らしいゲームがある。


 今から語るのはそのエロゲの中で『純愛もの』などと言われる、王道の恋愛アドベンチャーゲームというものだ。


 ここで言う恋愛アドベンチャーゲームとは、あの彼の有名な『とき○モ』の様な、自分のキャラを育成とかするものではなく、文章を読み、選択肢などを選択して、物語を楽しみながら、ゲームの世界の中でゲームのキャラと交際したりする、仮想恋愛ゲームの事を指す。

 分かりにくい人の為に、とても簡単にそして強引に言うのならば『ラノベや漫画やアニメをゲームにして、自分が主人公となって自分の好きなキャラと恋愛できるもの』と考えてくれたらいい。


 では、なぜここで18禁という定義が必要になってくるかだ。

 よく物語では『二人はお互いの気持ちに気付き、気持ちを確かめ合い、付き合い始めるのでした』や『二人は結ばれ、幸せなキスをして、いつまでも幸せに暮らしました』という終わり方があるのはご存知だろう。

 尺的にも面白さ的にもそこでストーリーが終わるのは納得出来る。そう物語としては、とても綺麗な終わり方であり、誰もが認めるハッピーエンドだろう。例えば『その後主人公達がどうなったのかな?』なんて想像したりして、各々が彼らの空白を埋める為に色々考えるのは楽しいかもしれない。

 しかし、現実はそんなハッピーな場面で終わりではなく、主人公達の物語は――いや、人生は続く。そう考えると、お互いが爺さん婆さんになって『良い人生だった』と、笑って死ぬまでが彼らの物語であり、それこそが、真のハッピーエンドと言うものではないだろうか?


 だが、現実が物語の様にはいかない事を賢い皆はよく知っているだろう。学生の頃『漫画などを参考にして、折角両思いになって付き合い始めても、付き合った後どうすればいいか分からず、失敗した』という経験を持つ人もいるだろう。

 そこで恋愛に欠かせないもの――いや、究極的に行き着く先というべきもの――がある。では、それは何か?


 手をつなぐ?デート?キス?結婚?


 違う。残念ながら……違うのだ。

 それは愛を確かめ合う行為――そう、ぶっちゃけると『H』だ。

 人の恋愛というモノをより詳しく、生々しく描くと、必然的にそこを描かなければ――いや、語らなければ、お話にならないだろう。


 ここで様々な意見があるだろうが言葉を飾らずに答えるなら恋愛とは、互いに意識し合い、相手の事を知りたいと思い、触れ合いたいと思い、相手が欲しいと思い、唇を重ね合いたいと思い、そして、ズッコンバッコンしたくなる現象の事だ。

 いや、決してこれが全てではない事は分かっているが、全てを否定できるものではないだろう。

 まぁ、この恋愛観が正しいかは賛否両論があるだろうが、全てが間違いではないだろう。それに残念ながら、一度体を重ねたからと言って、そこで人の恋愛や人生は終わらない。


 もし付き合った後、結婚を一つのゴールと仮定しても結婚するまでに、ひと波乱あってもおかしくない。というか絶対何かしらある筈だ。

 同棲してみて互いの嫌な所が見え、価値観の違いに衝突する事もあるだろうし、相手側の親に挨拶に行かなければならないし、今の職で将来子供が出来た時、本当に養っていけるのか?……などと考え出すとキリがないが、人と人が結ばれるというのは、恋愛感情は大事だろうが、恋愛感情抜きにしても、それはもう色々な柵があったりする。

 それに結婚は一つのゴールかもしれないが、そこからの事も考えなければならない。人生は就職した後や、結婚した後の方が限りなく長い。


 とまぁ、童貞である俺が、(あたか)も体験したかのように偉そうな事や『人生』という壮大な事や、現実的な考えるだけでも鬱になる事も言ったが、あの『エロゲ』を人生とまで言い切る先人達の意見だ、全てを否定せずとも耳を傾ける価値はあるだろう。


 だが、今はそんな事より『エロゲ』の説明をしている途中なので、簡潔に述べよう。



 ――そうだな『エロゲ』という物をとても簡単に言うと、過度のグロテスクな描写や反社会性のあるもの、または、性的描写が含まれている大人向けのゲームの事だ。



 ここで『長々と語ることなく、この二行だけで十分じゃないか?』と思う人もいるだろうが、これは俺の『エロゲ』への熱意であり、誠意でもあるので、どうか聞いて欲しい。

 では『件のエロゲというものは、そんな25万円もする程高いか?』というと、そうでもない。

大抵の物は、せいぜい1万円前後で、特典込みで高くても2万円もあれば事足りるだろう。働いている人にとっては買えない金額ではないだろうし、学生なら欲しい物を少し我慢して、お小遣いやバイト代から捻出するのも可能だろう。

 しかし、今回俺が買ったエロゲは『VR版』と言われ、あのVRの最新技術が使われている。医療関係や企業向けの商品ではなく、世界初の一般向けフルダイブ型のバーチャルゲームでもあり『VR版』つまり『二次元の世界に入る』というオタクの夢が詰まったものなのだ。


 それがソフト込みで25万円だ。


 高いか安いかで言ったら、そりゃ安いだろ!だって、夢がたった25万円だぞ?それに発売日が俺の高校の卒業式で18歳の誕生日だぞ?そりゃ買いますよ!人はそれを運命と呼び、俺はバイトをしてお金を貯める!人として当然じゃないか!

 モテない思春期の男子が、好きな女の子と共に、男の大事なモノを捨てる事が出来るというのは、夢の様な状況でもある。

 まぁこれが、男の卒業試験として単位が認められているのかは……別としてだがな。


 そういった訳で買ったものであるが、もう少しだけ言い訳をさせて欲しい。


 この『With you』という作品もそれ自体も素晴らしい出来だ。

日 本語訳すると『君と共に』なので、通称『きみとも』と呼ばれる作品であり、過去に普通の『エロゲ』で発売され、大きなお友達のたくさんの応援も有り、多大な人気を獲得し、ファンディスク、コンシューマー版、ノベライズ、コミカライズ、アニメ化と、様々なコンテンツに移植され、それはもう爆売れした作品だ。


 俺もその例に漏れず『きみとも』に魅了され、どっぷりとハマり、エロゲ版以外はプレイし、アニメを視聴し、漫画や小説も読破している。つまり、俺もこの作品のファンだ。

 ヒロインはテンプレとも言われる、幼馴染のお姉ちゃん、ツンデレ娘、真面目な委員長、小悪魔な後輩、無口キャラな先輩、などなど多種多様な属性の魅力的な女の子が攻略可能だ。

 更に今回は『VR化』するにあたって、新規シナリオと新ヒロインが追加されるらしく、製作者側が頑なに攻略させてくれなかった、あの『主人公の妹』も攻略できる『幻の妹ルート』があるではないかと期待されている。


 ここでテンプレやベタと言えば『……またか』と思う人もいるが、違うのだ。違うのだよッ!

 もはやこれは、このジャンルは古典であり王道!そして、一種の伝統芸能だ!

 使い古されたモノであるのは否定しないが、王道と呼ばれるには理由があり、優れたものであるし魅力がある。まぁ、ぶっちゃけ良いモノは良いのであり、面白いモノは面白いのだよ!

 正直に言うと、エロゲだろうと、BLのホモゲだろうと面白ければ何でもいいとも言える。

 ほら?日本には『温故知新』という有難い言葉がるだろう?正にそれだ!我々は、古き良きモノを大切にしていかなければならないし、古き良きモノから、新たなる物語とエロスを作り上げる必要があるのだ!


 オマージュではなくリスペクト!テンプレではなく王道!


 とまぁ、長々と熱く語ってしまったが、エロだけが目的でない事を分かって欲しい。

いや確かに、エロが目的の一つであることは否定しないが『俺はただ女の子と戯れたい、その一心なのだ!』と言い訳をしておこうと思う。



 建前とは、この現代社会を生きる為に大事なものだよな、うん。




*****




 さて、そんな煩悩まみれの俺は、某ラノベや某Web小説の様に事故に遭って異世界転移や転生する事も、知り合いに偶然会って今買ったばかりの物を破壊される事もなく、無事に自宅に到着し、自分の部屋に鍵を掛け閉じこもった。


「ヒャッハー!新時代の幕開けだぜ!」


 少しはしゃいでしまったが、これから行われるのは神聖なものだ。神事と言っても過言ではない。

 いや、それはどこかの宗教団体に怒られそうなので、過言という事にするが、誰かの妨害など有ってはならないという事は本音だ。


「落ち着け、俺。まだだ……まだだぞ……」


 はやる気持ちを押さえながら、PCの電源を入れて『エロゲあるある』の無駄にでかいエロゲの箱のビニールを慎重に剥がし、中身を取り出す。このエロゲが『VR版』だけあって、中身はディスクが何枚も有るが、説明書を斜め読みしてみると、簡単な作業だったので、順序通りにインストールしていく。


 その間に別の箱にある『VRギア』と呼ばれる、凄くゴツいフルフェイスのヘルメットみたいなものを取り出し、それの説明書も読んでいく。


「なになに?PCとVRギアにインストールが終わった後、PCに接続してVRギアをかぶり、説明に従って操作を行って下さい。と……後、生体認証?だな……」


 さして難しい扱い方はなく、それも説明書通りに作業を行う。


「ああ、ヤバい!早くプレイしたい!」


 気持ちが抑える事が出来なくなり、細かい設定を無視して、すぐにゲームを始めるか迷うが、そこはぐっと我慢する。


「まだだ、まだ慌てる様な時間じゃない」


 VRギアを被りながらクールに恰好つけながら、独り言を呟く。

 周りに人がいたら痛い子だと思われそうだが、我が神聖なる領域となった自室には、何人足りとも近づけないので、何も問題はないはないだろう。


「よしっ!準備完了だ!げへっ、ぐふふっ……」


 準備も完了すると、ベッドの上に寝転がり、念の為にティッシュが枕元にあるのを確認する。いや、本当に念の為だ。

 ズボンは……脱いだ方がいいのか分からないが、念の為に穿いておく。なぜかは説明する事は出来ないが、念には念を入れておかなければなるまい。


 いや、アレだ。下半身が冷えて風邪をひくと悪いからだよ?

 決して、我が聖域の結界を軽々と突破する、母親という名の魔王が我が家にいるからではない、とだけ言っておこう。


「さぁ、『GAME START』だ!」


 その言葉と共にVRギアのスイッチを入れる。

 そして、俺の意識は暗く深い闇の中へと落ちていった。





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