第70話 旅立ち
七日後の朝。シュルツが言っていた通りに、委員会から手配された馬車が旅館へとやって来た。
「河合美佳さんをお迎えに参りました」
馬車の御者が挨拶と共にフロントに訪れる。
アレクはいつもミカが腰掛けていた椅子に座らせていたミカの亡骸を静かに抱き上げた。
「僕も同行します。一緒に連れて行って下さい」
「……貴方は此処の従業員の方ですよね? 同行するというのは……」
「お願いします」
アレクは頭を下げた。
「彼女を迎え入れて下さった世界の神に──お話ししたいことがあるんです」
それは、決して引き下がらない。強い決意を全身から滲ませたアレクの頼みであった。
御者は掛けている眼鏡の位置を直すと、それならといった様子でアレクの同行を承諾した。
「まあ、私は依頼通りに河合美佳さんを御連れすることですから……くれぐれも問題は起こさないで下さいね?」
「それは承知しています」
御者は馬車へと戻っていった。
アレクはカウンターの方に振り向いて、そこに立っているローゼンに言った。
「……それじゃ、僕は行くよ。後のことは頼んだよ」
「何だ、やけにしんみりしてるな。お前」
ローゼンは小首を傾げた。
「……ま、これでミカちゃんとはお別れだもんな。無理もないか。気を付けて行ってこいよ」
「…………」
アレクはふっと微笑んだ。
腕の中のミカをしっかりと抱き直し、彼は旅館を出て外に待機している馬車へと乗り込んだ。
街を大分離れたところに大きな神殿が建っている。
常に無人のその神殿には祀られるものは何もなく、柱ばかりが立てられた内部には巨大な門があった。
この門は、この世界と異世界とを繋ぐ架け橋。
世界渡りをする者たちが必ず通る、次元の穴である。
馬車は門の前で停車し、アレクを降ろした。
「私がお送りするのは此処までです。此処から先は歩いてお進み下さい」
「ありがとうございます」
馬車は元来た道を引き返していく。
残されたアレクは、門を見上げて凄いと声を漏らした。
「……これが、世界渡りの門……」
腕の中のミカに視線を落とし、声を掛ける。
「行きましょう、ミカさん」
彼は、臆することなく開かれた門に向かって歩き始めた。
その様子を、遠くから見つめるレンの姿。
彼女は淋しそうな表情で、門の奥へと消えていくアレクを見つめていた。
「……さよなら……」
踵を返し、彼女は神殿から去っていく。
騎士は、去り行く者に未練を持たない。
ただ胸中で想い出に決別し、背を向けて前へと歩むのみだ。
再び誰もいなくなった神殿の中に、穏やかな風が吹く。
日に一度多くの者で賑わうこの場所も、今はただ静けさに満ち満ちてその場に佇んでいた。




