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ホテル・ミラージュで休息を  作者: 高柳神羅
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第56話 私怨の舞台への招待

 アレクはぼんやりとした顔でカウンターに立っていた。

 何故ミカが怒鳴って自分のことを追い返したのか。その理由が全く分からなかったのだ。

 自分は彼女に何かしたか? 彼女がショックを受けるようなことがあったのか?

 全く、思い当たらなかった。

 ふう、と溜め息が漏れた。

 それを傍で見ていたレンが、静かに言った。

「アレク。これで分かっただろう。お前が本当に守るべきものは、この世界の秩序なんだということを。あの子供なんかじゃない」

 アレクの目が、ちらりとレンの顔に向く。

「あの子供は、お前のためを思って自ら身を引いたんだ。感謝するんだな。お前の目を覚まさせるために、現実を教えてくれたんだ」

「…………」

 ミカさんが、自分から身を引いた……?

 その言葉に、アレクは。

 疑惑の念を抱いて、レンに問うた。

「……まさか、ミカさんが僕を避けるようになったのは……」

 レンは真面目な面持ちのまま、アレクを見つめている。

 アレクはカウンターから出てレンに詰め寄った。

「レン、お前が彼女に何か言ったのか。だから彼女は……」

「お前のためを思ってこそだ」

「レン! 答えろ! お前はミカさんに何を言ったんだ!」

 険しい顔をしてレンを睨むアレク。

 そんな彼を、横から呼ぶ声があった。

「お兄さん。取り込み中のところ悪いけど、ちょっといい?」

 二人の視線が声のした方に向く。

 アレクに声を掛けたのは、帽子を被った小柄な少年だった。

 アレクはレンに怒鳴るのをやめて、姿勢を正して少年に向き直った。

「ホテル・ミラージュへようこそ。お客様はお一人ですか?」

「ああ、ごめんね。ぼく、お客さんじゃないんだ」

 少年はくすりと笑った。

 アレクの全身を頭のてっぺんから爪先まで見つめて、呟く。

「銀の髪に、色白の肌の優男……間違いないね。お兄さんが、兄ちゃんたちが言ってた人だ」

 彼はうんと頷いて、フレンドリーな態度で話を切り出した。

「兄ちゃんたちが、お兄さんに用事があるんだって。街にあるぼくたちのアジトにまで来てほしいって言ってるんだ」

「……兄ちゃん?」

 アレクは眉を顰めた。

「失礼ですが、その方と僕はお会いしたことが?」

「あるよ。つい最近。お兄さんの方は覚えてないかもしれないけどね」

 少年は人差し指を立てて、自らの唇に当てた。

「その時に一緒にいた女の子。あの子を預かってるんだ。お兄さんが兄ちゃんたちの招待を断ったら、その子の安全は保障しないよ? ……まあ、来ても安全なままかって言われたら困っちゃうけどね」

「!」

 アレクの脳裏に、ひとつの記憶が蘇った。

 街で喧嘩を売られ、蹴散らした男たちがいたことを──

 そして、彼らにミカが連れ去られたことを悟ったのだった。

 彼女の姿を全然見ていないと思っていたら、まさかそんな事態になっているとは。

 自分がもっと深く彼女のことを気にかけていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。

 自分の不甲斐なさに腹が立った。

「どう? ぼくたちの招待、受けてくれる?」

「……分かった」

 アレクは頷いた。

「僕を案内してくれるね? その、君たちのアジトとやらに」

「いいよ。元々そのつもりで来たんだしね」

 少年はくるりと踵を返し、付いてきてと言って建物の外に出ていった。

 アレクはカウンターに入り、奥の扉を開けて中に声を掛けた。

「支配人。すみませんがちょっと出かけてきます」

 早足でカウンターから出て、外へ向かおうとする。

 それをレンが呼び止めた。

「アレク」

「悪いけどそれどころじゃない。話は帰ってきてからだ」

 アレクは彼女に厳しい目を向けた。

「言っておくけれど、僕は怒ってる。どういうつもりでこんなことをしたのか、帰ってきたらじっくり聞かせてもらうからな」

 玄関扉がばたんと閉じた。

 レンは扉を見つめて、やや困ったように髪をくしゃりと掻いたのだった。

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