第55話 恨みは忘れた頃に向けられる
泣き腫らして真っ赤になった目を冷やすために、ミカは旅館の外に出た。
太陽の光が目に沁みる。細めた目で空を見上げながら、彼女はぐすっと鼻をすすった。
……これで、いいんだ。アレクに嫌われたって、それでアレクが幸せになってくれるなら……
旅館を離れて、街の中心地へと続く道をとぼとぼと歩き始める。
このまま、何処かで死んでしまおうか。ふとそのようなことを考える。
誰にも知られない場所で、独りで、ひっそりと。
そして、死んだ後、幽霊になってアレクのところに飛んでいけたらいいな。
アレクの目に映らないところから、彼のことを見守って過ごすんだ。
それが叶ったら、きっと幸せな気分になれる。彼と結ばれることはなくても、心はきっと満たされる。
そうだね。それが、自分の運命なんだ。きっと。
ふっと、淋しげな微笑みを口元に浮かべる。
それを、近くで見ている者たちがいた。
「お嬢ちゃん、こんな何もない場所を一人で歩いてるなんて不用心だねぇ」
「暇だったら俺たちに付き合わない? 面白い場所に連れてってあげるよ」
着崩した服装に、ちゃらちゃらと身に着けた宝飾品。如何にも街のならず者といった風の出で立ち。
男たちはミカをぐるりと取り囲むと、にやにやと笑いながら彼女のことを値踏みするように見つめた。
「なかなかの上玉じゃん? ボスが喜ぶぜ、きっと」
「ちょっと待て。そいつ──」
男の一人が片眉を跳ね上げる。
「間違いねぇ。この前、俺たちをコケにした男の連れだ」
この前?
ミカは記憶を漁った。
そして、街で自分たちに絡んできた男たちがいたことを思い出す。
ならず者の顔などいちいち覚えてはいなかったが、この男はあの時の男の一人なのかもしれない。
男は腕を組んで、ミカを見下ろした。
「あいつにあの時の礼はしてやりたいと思ってたんだよな。丁度いい」
「どうする気だ?」
仲間の問いかけに、男は唇を舐めてにやりとした。
「こいつを餌にしてあの野郎をおびき出す」
餌。
その言葉が指す意味が決して良いものではないと悟ったミカは、男から逃れようと後ずさった。
しかし、彼女は既に取り囲まれている。後退りも空しく、彼女は背後の男に覆い被さるように抱きつかれてしまった。
「おっと、逃がさねぇぜ、お嬢ちゃん」
「!……離して……」
「そういうわけだ。あんたには俺たちと一緒に来てもらうぜ」
男はにやついた顔のままミカに近付き、右の拳を勢い良く繰り出した!
どずっ!
男の拳が、ミカの鳩尾に食い込む。
ミカは体を二つ折りにして、その場に崩れ落ちてしまった。
「おいおい、女相手に乱暴な奴だな」
「暴れられたら面倒だろ。気絶させて担いでいった方が楽だからな」
男はミカを軽々と担ぎ上げた。
「こいつがこんな場所にいるってことは、この近くに住んでる場所があるってことだ。きっとあの野郎もそこにいるはずだ」
彼は傍らにいた背の低い少年に向けて、言った。
「お前、此処らで人が住んでそうな場所を探してこい。何もねぇ場所だからな、すぐに見つかるはずだ」
「はーい」
少年は男から探し人の特徴を聞くと、皆から離れて歩いていった。
男は笑った。
「さーて、楽しいパーティーの始まりだ。あの野郎がどれくらいで俺たちのところに来るか、楽しみに待ってようじゃねぇか」




