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ホテル・ミラージュで休息を  作者: 高柳神羅
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第45話 調理という名の戦い

「アカギー、生卵くれる?」

 いつもの燕尾服ではなく淡い水色のシャツを緩く着たローゼンが厨房を覗き込む。

 彼の目に映ったのは、料理人シェフたちに混ざって懸命に生クリームを掻き混ぜているミカの後ろ姿だった。

 ローゼンは目を瞬かせた。

「あれ、ミカちゃん? 何でこんなとこにいるの?」

「アレクのために菓子を作ってやりたいんだとよ」

 石窯の火加減を見ていたアカギがローゼンの疑問に答えた。

「健気な話じゃねぇか。オレはこういう話は嫌いじゃねぇからな。今だったら窯も空いてるし、協力してやることにしたんだよ」

「へぇ、アレクのためにねぇ」

 ローゼンは厨房に入ってきて、石窯の中を覗き込んだ。

「何作ってるの?」

「シュークリームだ。……そら、焼けたみたいだぞ」

 アカギは石窯の中に手を突っ込んで、中にある鉄板を引っ張り出した。

 鉄板の上には、こんがりと焼けたシューが並んでいる。

 香ばしい香りがふわりと辺りに漂う。それを嗅ぎながら、ローゼンはぺろりと唇を舐めた。

「美味そうだねぇ。一個貰っていい?」

「……うん」

 生クリームを掻き混ぜながらミカが頷く。ローゼンの方は見ようともしない。

 ローゼンは端の方にあったシューを摘まんで、口へと運んだ。

「いただきまーす」

 ぱくり、と頬張る。

 そして眉間に皺を寄せて、ぶっと吹き出した。

「何これ! かった!」

 シューを吐き出して、八重歯に指を触れる。

 ローゼンは蛇男なので、普通の人間よりも鋭い歯をしている。しかしそれで噛んだにも拘らず、シューには歯型ひとつ付いていなかった。

「何をどうしたらこんなに固くなるの!? これじゃ煉瓦じゃん!」

「固い?」

 アカギもシューをひとつ手に取って口へと運んだ。

 ばりぼりとおおよそ食事の音とは思えないような派手な音を立てながらシューを食べ、ふうむと唸る。

「確かにちょっと固いな。クリーム入れて生地が馴染んだらちっとはマシになるかもな」

「いや、あんたの顎がおかしいだけだから! 普通の人間にゃ食べられるような代物じゃないって!」

「クリーム、できた」

 ボウルを片手にミカが振り向く。

 彼女が手にしたボウルの中には、懸命に掻き混ぜた痕跡を残す生クリームがたっぷりと入っている。

 アカギは彼女に頷いて、何処からか斧を取り出した。

「よし。クリーム挟んでみるか」

「ねえ、何で斧持ってるの? これって料理だよね?」

「包丁だと刃が欠けそうだからな」

「斧じゃないと割れないって時点で料理としておかしいって思おうよ!」

 ローゼンの叫びも何処吹く風。アカギは慣れた手つきでシューを次々と斧で真っ二つにしていく。

 真っ二つになったシューに、ミカが生クリームをたっぷりと乗せていく。

 見た目は、普通のシュークリームらしいシュークリームになった。

 ごくり、と喉を鳴らすローゼン。

「……で? 誰が味見するの、これ」

 ミカとアカギの視線がローゼンに集中した。

 え、とローゼンの顔が引き攣った。

「……俺?」

「せっかく作ったんだ。お前も嬢ちゃんに協力してやれ」

「いや、応援だったら幾らでもするけど! これは協力じゃなくて拷問なんじゃないかな!」

「…………」

 じっ、と縋るようにローゼンの目を見るミカ。

 男として、逃げられない。

 ローゼンは胸中で思った。神に祈りたい心境であった。

 完成したシュークリームを受け取り、唾を飲む。

 シューは固くて噛めないことは分かっている。ここは素直に生クリームを味見しよう。

 ローゼンは恐る恐るシュークリームに口を近付けて、生クリームを舌先で掬った。

 口の中でゆっくりと溶かし、味わって、

 渋柿を食べたようなくしゃくしゃの表情になった。

「……しょっぱい……」

「…………」

 ミカは別のシュークリームを手に取り、生クリームを舐めた。

 沈黙が訪れる。周囲で料理人シェフたちがかちゃかちゃと道具を片付けている音が響いている。

 ややあって、彼女はぽつりと言った。

「……不味いね」

「砂糖と塩を間違えたんだな」

 ふうむと顎に手を当てるアカギ。

「仕方ない。一から作り直しだな」

「……うん」

 どうやら、最初から作り直すことにしたようだ。

 ローゼンはほっと息をついた。こんなのを完成品として出された日にはアレクが可哀想だと思ったのだ。

 何とか、人が食べられる料理に仕上げてほしい。そう願いつつ、彼は厨房から出ようとした。

「それじゃ、俺はこれで……」

「ちょっと待て」

 その肩を、がしっとアカギが掴む。

「……何?」

「お前、此処にいろ。味見役だ」

「それ、別に俺じゃなくてもいいはずだよね!?」

 ローゼンは声を上げた。

 此処で、味見役にさせられる。それはすなわち、どんなに変な料理が出てきても食べなくてはならないということであって。

 それは、美食家を自負している彼にとっては死刑宣告に等しい言葉であった。

「待ってて。すぐに新しいのを作るから」

 ミカは新しいボウルに小麦粉を振るい始める。

 ローゼンは天井を仰いだ。

 そして思う。小腹を満たすために此処にお邪魔しただけのはずが、どうしてこんなことになったのだろう、と。

 彼にとって、長い戦いの始まりであった。

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