表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホテル・ミラージュで休息を  作者: 高柳神羅
3/74

第3話 死にたがり少女

 世界渡りをする人間は、様々な状況下から突如としてこの世界に現れる。

 例えば、トラックに轢かれて内臓破裂した凄惨な体で此処に来たり。

 例えば、通り魔に心臓を一突きにされた状態であったり。

 そういうパターンがあることを考えれば、この少女の状態というのは比較的大人しい部類に入るだろう。

 それにしても……手首を切って自殺しようとしているところからの世界渡りね。

 彼女も、さぞかしこの状況に困惑していることだろう。

 何せ、死のうとしていたところを無理矢理止められたってことだからね。

 当の少女は、虚ろな目で前を見つめている。

 目の前に立つアレクの姿をちゃんと捉えているかどうかも疑わしい状態だ。

 アレクは少女の顔を覗き込んで、尋ねた。

「お客様はお一人ですか?」

「…………」

 少女は何も答えない。

 手にした剃刀をきゅっと握った格好のまま棒立ちになっている。

 と。

 弾かれたように左の袖を捲り上げ、剃刀の刃を傷だらけの手首に押し当てた!

「!」

 少女の手首に傷が一本増える寸前のところで、アレクの手がそれを止める。

 アレクは剃刀の刃を握り締め、少女に言った。

「此処では死のうとしても簡単には死ねませんよ。世界と世界の狭間にある場所ですから」

 世界と世界の狭間。それは言わばこの世とあの世を繋ぐ境界線のようなものなのだ。

 だから神々は普通に存在しているし、死者だって暮らしている。

 アレクが良い例だ。彼はデュラハンという死者なのだから。

「…………」

 少女の目がアレクの顔を捉えた。

 それまで真一文字に結ばれていた唇が、開く。

「……何で」

 小鳥が鳴くような可愛らしい声だ。

「何で、私が死のうとするのを邪魔するの。この世は、いつも、いつも」

「……とりあえず、落ち着いて下さい。此処にいらっしゃったということは、貴女は当館の大切なお客様なのですから」

 アレクはそっと剃刀を掴んでいる手を引いた。

 少女の手から剃刀が離れる。とりあえず、少女にはアレクの制止に抵抗する気はないようだ。

 アレクは少女を連れてカウンターに戻り、剃刀を脇に置いて台帳を手に取った。

 彼の手には、剃刀を取り上げた時に付いたのだろう、深い傷が付いて血が滲んでいた。

 死者にも、血はある。痛くはなくても、生きていた頃の名残として体から血が流れるのだ。

「お名前の照合をしますので、貴女のお名前を教えて下さい」

「…………」

 少女はアレクからそっと視線を外した。

 しばしの沈黙の後、口を開く。

「……美佳。河合、美佳」

「カワイミカ様ですね」

 アレクは台帳のページをぱらぱらと捲った。

 そのまま全てのページを捲って、うん、と眉を顰める。

 再度最初からページを捲り、全てを捲り終えて、小首を傾げた。

「……少々お待ち下さい」

 彼は台帳をカウンターに置き、背後の扉を開いた。

「支配人、ちょっといいですか?」

「なんじゃな」

 落ち着いた物腰のしわがれた声が、アレクの声に応える。

「台帳に名前の記載のないお客様がいらしているのですが」

「ほう」

 こつんこつんとゆっくりとした足音が近付いてくる。

 アレクが扉の前からどくと、足音の主が静かに姿を現した。

 腰の折れ曲がった、二メートルほどの大きさの骸骨──

 この旅館の支配人のルーブルである。

「台帳に名前の記載がないお客様。それは──」

 ルーブルは眼球のない眼で少女を見据え、言った。

「手違いで此処に迷い込んでしまった人間じゃよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ