第21話 デュラハンは困惑する
リルディアとミカが旅館に帰ってきたのは、空が茜色に染まった夕暮れ時のことだった。
アレクはいつものようにカウンターで台帳を見ていた。
「ただいまー。やっぱり街はいいわね。男がより取り見取りで退屈しないわ」
「お帰りなさ──」
二人が旅館に入ってきたのを見て、笑顔でそれを出迎えて──
此処を出て行った時と全然違っているミカの姿を見て、目を丸くして、動きを止めた。
「ミカさん、その姿は……」
「どう、可愛いでしょ? あたしがプロデュースしたのよ」
胸を張り、自慢げに語るリルディア。
彼女はミカの背をとんと押して、アレクの目の前に立たせた。
「この子はあんたのために頑張ったんだから、ちゃんと見てあげるのよ。適当なあしらい方をしたら許さないからね」
「…………」
ミカは上目遣いにアレクを見た。
胸元に手を当てておずおずとしながら、口を開く。
「……どう、かな」
アレクはしばらく固まったまま動かなかった。
目だけが動き、ミカの全身を輪郭をなぞるように見ている。
「おや。これはこれは……」
カウンター奥の扉が開き、ルーブルが顔を出した。
かたかたと歯を鳴らし、静かにアレクの方を見る。
「見違えたのう。のう、アレク。お前さんもそう思うじゃろう?」
「……はい」
ようやく硬直から脱したアレクが、頷く。
彼は落ち着きなくかりかりとこめかみの辺りを掻きながら、言った。
「……驚きました。まさか僕のために、ここまでして下さるなんて」
いつもの微笑みを浮かべて、彼は控え目に頭を下げた。
「ありがとうございます、ミカさん。お綺麗ですよ。僕には勿体無いくらいです」
「…………」
ミカはそっとアレクから目線を外して、じっと見ていなければ分からないほどの僅かな微笑みを口元に浮かべた。
それからぱっと思い出したように、胸元に大事そうに抱えていたクッキー入りの袋をアレクへと差し出した。
「……あの、これ」
「?」
アレクの目が袋に向く。
「アレクが、好きだって聞いたから……」
「……この袋。ひょっとしてワイズマン通りの?」
「ミカちゃん、あんたのために一生懸命選んだのよ」
おやおや、と微笑ましげにミカを見つめるルーブル。
アレクは驚きながらも袋を受け取り、本当に嬉しそうに、笑った。
「ありがとうございます」
「!……」
その顔を見たミカは慌てたようにきょろきょろと辺りを見回して、その場を飛び出し、階段を駆け上がって行ってしまった。
「おやおや。忙しないのう」
ルーブルは顎鬚を撫でながら、のんびりとミカが去っていった階段を見つめている。
アレクはカウンターの下にある棚に、クッキーの袋を置いた。
さて、と背筋を伸ばすリルディア。
「それじゃ、あたしは部屋に帰るわ。アレクちゃん、そのクッキーちゃんと味わって食べるのよ。一気食いするんじゃないわよ」
ばいばい、と手を振って、彼女は一階にある自分の部屋へと帰っていった。
「これは本物じゃな。アレク」
意味深な言葉を呟き、ルーブルはそっとアレクの肩に手を置いた。
「今までにこのようなことはなかったが……喜ばしいことじゃ。お前さんも旅館の従業員としてではなく一人の男として、考えて答えを出すんじゃよ。後悔しないように」
アレクは答えない。階段の方を見つめながら、複雑な面持ちでその場に佇んでいた。




