第15話 少女は嫉妬する
アレクの案内で食事の席に着いたミカは、早速料理が並ぶカウンターの方に行った。
朝食は夕食同様にビュッフェスタイルで用意されているが、朝は軽い食事を好む者が多いため、比較的軽めの料理が用意されている。
しかし軽いとはいえ一流の料理人が作った料理だ。目移りするほどに美味しそうなメニューがずらりと並べられていた。
ミカは白パンとスクランブルエッグ、蜂蜜がたっぷり掛けられたヨーグルトを選んで席に戻った。
ミカを席に案内したアレクは、大広間の入口の方に移動していた。
食事に訪れた他の女性客たちに話しかけられて、笑顔で応対している。
その笑顔は、いつもミカに向けているものと変わらない、優しい顔だった。
「…………」
それを見たミカの顔が、暗くなる。
フォークを持つ手にきゅっと力が篭り、口が真一文字に結ばれていく。
……アレクが、他の女の人と笑顔で話してる。
むっとして、彼女はフォークの先を自分の左手の手首に押し当てた。
「ねえ、彼女はいるの?」
「お兄さんカッコイイから、可愛い彼女がいそうだよね」
女性客たちに質問責めに遭い、アレクは困ったように頬を指で掻きながら答えた。
「僕は独り身ですよ。彼女なんて……仕事の方が忙しくて考えたこともないです」
「えー、もったいなーい」
「だったらわたしが立候補しちゃおうかな。お兄さん、わたしの好みだしー」
「ちょっと、抜け駆けする気?」
きゃいきゃい騒ぐ彼女たちから逃れるように、アレクは席の方に目を向けた。
食事を楽しんでいる客人たちの姿が目に入る。
その中に、驚いた声を上げているメイドの姿があった。
「ちょっと、お客様!? 何をなさってるんですか!」
メイドの目の前に座っているのは、ミカだ。
彼女はメイドの言葉に耳を傾けることなく、手にしたフォークを動かしている。
そのフォークに、赤いものが付いているのをアレクは見逃さなかった。
アレクの表情から、みるみる笑顔が消えていった。
「……ミカさん!?」
彼は周囲の女性客を押し退けて、早足でミカの元へと向かった。
ミカは、血だらけになっていた。
彼女は、フォークで手首の傷を突き刺し、抉ったのだ。
シャルドフの治療のお陰で塞がりかけていた傷口は開き、ぼろぼろになっていた。
流れる血がパジャマの袖口を濡らしている。生地の水色が、毒々しい赤色に染まっていた。
「何故こんなことを!」
アレクはミカの手からフォークを取り上げ、言った。
ミカはアレクと目を合わせようとしない。視線を伏せたまま、小さな声で答えた。
「……離して」
「ミカさん!」
「離して!」
彼女は泣きそうな声で叫んだ。
「私は死にたいの、此処で死ぬの! 死んでやる!」
「馬鹿なことを言わないで下さい!」
アレクは傍のメイドにシャルドフを呼ぶよう言いつけて、ミカの両手を掴んだ。
ミカの顔を覗き込み、真剣な顔で彼女を説得する。
「貴女が死んでしまったら……僕は悲しいです。死なないで下さい、僕のために」
「…………」
ミカの視線が、ゆるりと持ち上げられる。
アレクの真剣な眼差しを見つめて、彼女は静かに、言った。
「……アレクは、私が死んだら泣いてくれる?」
「死ぬなんて言わないで下さい」
アレクはそっとミカの手から手を離して、彼女の頬に指先を触れた。
流れ落ちてきた涙をそっと拭い、優しく諭す。
「一緒に生きましょう。僕が傍にいますから……」
「…………」
ミカはアレクの手に触れた。
アレクの手は冷たかったが、不思議とそこに温もりがあるような、彼女はそう感じたのだった。
アレクに言われて大広間を飛び出していったメイドが、シャルドフを連れて戻ってきた。
ミカがシャルドフに傷の治療をされる間、アレクはずっとミカの傍にいた。
アレクの説得が効いたのか、それからミカは死ぬとは言い出さなかった。
ゆっくりと食事を食べて、彼に連れられて自分の部屋へと戻っていった。
……女の子の気持ちは複雑だね。何でもないと思えば、急に爆発することがあって。
アレクの目には、ミカの気持ちはどんな風に映っただろう?
何にせよ、彼がミカのことを完璧に理解するには、まだまだ時間がかかりそうだ。