第12話 デュラハンは興味を抱く
従業員の中には、旅館に寝泊まりしている者もいる。
自宅が遠い場所にあったり、シフトの都合で寝泊まりせざるを得ない状態であったり、理由は様々だ。
アレクはそんな旅館に寝泊まりしている従業員の一人だった。
従業員用に用意された部屋でも、見た目は客室と大差ない。ベッドと、クローゼットと、テーブルと椅子。生活に必要な最低限の家具が並んだ一階の部屋。
時計の音しかしない静かな部屋の中で、彼は椅子に座り、前を見つめていた。
目の前のテーブルには、ハンカチが置かれている。彼の名前の刺繍が入った白いハンカチだ。
彼の目には、ハンカチが映っている。
「……カワイ、ミカ……」
彼は静かに呟いた。
彼の呟きに答える者はいない。穏やかな声が、夜の静寂に溶けて消えていく。
「……不思議な子だな……」
彼の脳裏に浮かぶのは、ミカと出会ってからの出来事。
この旅館には、色々な世界から色々な人間が訪れる。その中には、印象的な出会いをする者も少なくはない。
野生児同然の暮らしを送っていたという狩猟民族や、独特の食文化を持つ文明社会出身の民など。
しかし、ミカのようにここまで鮮烈な印象を残す者は今までにいなかった。
アレクは、この旅館に勤めて長い。そんな彼のホテルマン人生(?)の中でも、初めての経験であった。
会って早々に死にたがり、かと思うと目の前の恐怖に怯えたり。
微笑みかければ僅かにだが嬉しそうな表情をし、口数は少ないが言葉を返してくれる。
興味を抱くには、十分すぎる存在であった。
ホテルマンは特定の客人を贔屓したりはしない。全てのお客様に平等に最高のおもてなしを、という理念に反するからだ。
だけど。
あの顔を見ていると、思うのだ。
この子にも、人並みに笑える安らぎを与えてあげたい。此処に来て良かったと思えるような思い出を作らせてあげたい。
そのために力を尽くしたいと願うのは、嘘の気持ちではないから。
「…………」
明日も笑顔で接しよう。彼女が生きることに希望を感じられるように精一杯のもてなしをしよう。
それが、自分の役割だから。
アレクはゆっくりと席を立ち、上着を脱いだ。
それをクローゼットの中に吊るして、寝間着とタオルを手に取る。
壁の時計をちらりと見て、彼はそのまま静かに部屋を出ていった。