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第8話 焦土作戦

 私の部隊が戦闘に及ぼす影響はかなり少なかった。いなくても変わらないという訳ではないが、戦いの流れを変えるには至らなかった。

 そこで兵力を増やす事にした。

 街道に溢れる敗残兵に訴えかけたのである。


「私は兵士を求めている。どのような境遇の者でも構わない! 上官がおらず、戦いたいものは私についてこい!」


 辺りには数百人いたが、その内数名が加わってくれた。どの兵士も自分の部隊がどこにいるのかわからない状態である。

 部下達に命じて、街道を通る者全員に呼びかけた。

 また、ジョフルに単独行動の許可を求めにいった。二ディスタ(約三.六キロメートル)を馬で駆けテントが設営されている仮の司令部に到着した。


「閣下、勇者が来ております」


「こんな時に何の用だ?」


 私が司令部のテントに入ると、そこは騒然としていた。書類が散乱し、地図は何度も重ね書きされてほとんどわからない。どの者も数日身体を洗っておらず、悪臭が漂っていた。

 セダンの戦いから二日も経過していたが、未だに各隊の位置が掴めていないらしい。


「魔王軍に対しての遅滞戦闘の単独行動許可を求めに参りました」


「遅滞戦闘……どのように行うつもりだ?」


「焦土作戦による遅滞戦闘を平原以西、王都まで行います」


 焦土作戦、それはロシアの防御戦術の十八番である。広大な領地を誇るロシアは、大地までもが兵器になり得た。夏に攻めて来た敵は、領地内の村や町を襲い、糧食を奪う。そうして侵略をより長く、効果的なものにして行く。焦土作戦はこれらの略奪行動を妨げる事が目的だ。さらに、撤退を重ねる事でさらに敵の兵站に負担をかけ、冬将軍が到来し、敵が限界を迎えた時に反撃を開始するのである。

 どの戦争でもこれを実行する事で、ロシアの領土から敵を追い出す事が出来た。

 特に、兵站が発達していない軍は全滅必至であろう。


 焦土作戦において重要なのは敵に何も渡さない事だ。人々はもちろん、避難しきれなかったものはすべて破壊するのである。家も、食料も、畑もすべて。


「それは我が軍の意に反する」


 どうやら反対のようである。


「我が軍はここで反転し、敵に再び挑戦する。それに勇者、貴様の隊はすでに二千らしいじゃないか。何ができる?」


「離散兵を私の隊に組み込みます」


「どれくらいの数になる?」


「一万」


 かなり鯖を読んだ数字である。

 だが、ジョフルは衝撃を受けた。離散兵がそれほどの数に及ぶとは思っていなかったらしい。

 嘘が功を奏した。


「敵との戦闘は出来るだけ避けろ。それが条件だ」


 なるほど、これ以上の戦力の損耗は避けたいというわけか。

 ここでの決戦は避けた方が良いのだが、それをここで言えばすべて取り消される。先程から額に青筋が浮き出ているから、きっと怒っているのだろう。

 だが、私も怒っている。このひらけた場所で再び魔王軍と戦うというのは馬鹿が過ぎるのだ。

 なんとか抑えてテントを出た。







 隊に戻ると、数がとても増えていた。損耗して二千ほどになっていた隊が六千になっていた。


「それで、今後どのように」


 侍従が問いかける。


「焦土作戦を実行する」


 十人ほどの班を編成した。王国軍の士官、又は下士官を班長とし、王国、諸侯兵それぞれ五人ずつを一つの班に入れた。この班がおよそ三百出来上がった。

 彼等は周辺の村々に向かい、住民の避難と家や倉庫、水路や畑など使用可能な設備、全ての破壊を行う。

 残りの三千人の兵士は、街道の警備などの任に就かせた。







 昼下がりの農村に騎兵が十騎、整然と侵入してきた。軍服を着ており、何人かの村民はそれを見たことがあった。


「王国兵か……」


 農作業をしていた農民の一人が囁いた。


 騎兵隊は村の中心、教会前の広場に来ると、大きな声で布告した。


「魔王軍の脅威が東から迫っている。貴殿らには王国に協力してもらいたい」


 広場に面した建物から、村民たちは物珍しそうに騎兵隊を見ていた。


「まず責任者と話がしたい! 村長は居られるか!」


「はいはい、こちらにおりますよ」


 腰の曲がった老人が教会の裏手から出てきた。神父のような人物もいる。


「王国野戦軍司令部司令官国王代理ジョフル閣下による命令を授かる勇者殿からの命令を受けて参った、騎兵第八十四班隊長、アリスプだ」


「はいはい、なんでしょうね」


「老翁、ちゃんと対応してください」


 騎兵隊の先頭で口上を述べた隊長、アリスプは馬上では非礼にあたると考えて馬を降りた。


「魔王軍が迫っている、貴殿らの為にもここから逃げて欲しい」


「ん? それは国王からの命令というわけですかや?」


「そうなります」


「あやや、こりゃあ頭が上がりませんなあ」


 アリスプは、少し困った。このような老人と対面した事などなかった。また、この男は捨てられていたところを王国軍の士官に拾われたという。それほど人と話をする事が多いわけではない。

 彼自身も、部下もまだ若い。


「私達がこの村を出て行った後はどうなるのです? まだ畑の半分の収穫も終わっていないのです。どこまで逃げるのかはわからないですが、老人も妊婦もいますよ?」


 神父は現実的なことを話した。


「全て、魔王軍の手に渡らぬようにする」


 出立前、勇者から聞いた焦土作戦の説明をした。そして最後に、


「貴殿らの安全が確認された後、家と畑に火を放つ。場合によっては水路も破壊する」


 と言った。


 セダンの戦いから三日後、焦土作戦が開始され最初の村が焼き払われた。







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