第6話 村長の娘
女が歩いている。今は王国軍の野戦司令部が置かれている場所にあった村に住んでいたという。
歩いているのは女だけでは無い。他の村民も荷馬車を連れて歩いている。
「こっからどげんするだあ?」
村民が女に問いかける。
「戦いが終わるまでは山にこもるしかないよ」
女は村民に比べて比較的、整った言葉で答えた。
「カリーネちゃんは強ぇなあ……女の子なのにみんなを引っ張って」
女は名をカリーネという。村民に慕われていた村長の娘である。燃えるような赤い髪を後ろで留め、茶色の瞳をしていた。
「村長の代理で頑張ってるんだよお」
そんな言葉を背に受け、歩いた。
「待って、何か来る」
カリーネは、前から接近する集団に気づき、後方に伝えた。身を低くかがめ、草むらに入るように指示した。
見たことのない軍服の兵隊である。人は退避できたが、荷馬車と馬はそのままである為、百人ほどの兵隊がそれらを物色した。
魔王軍だが、彼女達にはその情報はない。
一人の兵士が荷馬車を引いていた馬に跨ろうとした。鞍はついてない。仲間の兵士が膝をついて支える。
馬は暴れた。手綱を握ってはいたが、それでもこの巨体を抑えることはできない。
馬は手綱を振りほどき、兵士を蹴った。兵士達は思わず銃を構え、撃った。
「うわあー!」
悲鳴が飛ぶ。
「やめろおー!」
どうやら、馬を所有していた村の少年が飛び出してしまったようだ。
あたりに隠れていた村民は狼狽した。カリーネも例外ではない。
「くそっ!」
「カリーネちゃん、待つんだ」
村民に引き止められる。
飛び出した少年は魔王軍によって取り押さえられた。兵士は訳のわからないことを叫んでいる。すると、階級がある程度上の将校がやってきた。
兵士達と話をした後、ハンドガンを構え、捕らえた村民の後頭部に押し付けた。
何かをつぶやいている。それも、隠れている村民の方に向けてである。なぜバレているのかは分からない。
「カリーネちゃん抑えて」
「くっ……」
カリーネは今にも飛び出して、村民を救出したいようである。が、他の者がそれは許さない。最大多数の最大幸福である。誰も口にはしないし、誰かが明文化したわけでもない。ただ、村の風習としてそういう気質が残っていた。
だが、カリーネは違う。
卑劣な事に、魔王軍の将校は最後に王国の言葉で叫んだ。
「出て来なければ、撃つ」
と。
カリーネは走った。すぐに間合いを詰めると、敵の
将校を思い切り殴りつけた。あまりの速さに驚き身動きできないまま、将校は気絶した。顎を殴られたのである。
「お望み通り、出てきてやった!」
カリーネは言い放った。
魔王軍の兵士は、照準をカリーネに向けたが、すでに少年とともに、草むらに飛び込んでいた。
カリーネの勇気ある行動に村民は沸き立ったが、結局のところ、これが村民が虐殺された理由でもある。
セダン村の村民、五四名がその日のうちに捕らえられ、殺され、一部の死体は木に吊り下げられた。
村の老人達によってカリーネと少年は逃げる事に成功した。
この村の生き残りは、カリーネと少年、それに野戦軍司令部のテントにいる村長と代表二人の五名のみである。
老人に言われた通り、王国軍に助けを求める事にしたカリーネは、村に走った。少年の体力も鑑みて、時折休む。
魔王軍は横に並び、平原を進んだ。草むらを動くものがあれば構わず撃った。無力化したのちは獲物に駆け寄り、戦果に喜んだ。獲物の中には人もいた。
二時間ほど走った。彼女達の視界には王国軍が見えていた。この時王国軍は、左翼の隊が攻撃を開始している。私の隊が奮戦している頃だ。
彼女達が助けを求めたのは王国最右翼を守るロンサン軍だった。
「何かくる、構え」
ロンサン軍の兵士達は、霧の壁を抜け、草むらをかき分けてやってくる二人を敵と誤認した。が、直前で様子が違う事に気付いた。
「助けてください! 灰色の軍服をきた人たちが!」
土まみれの二人をみて、王国軍の兵士は毛布を差し出した。背嚢に背負っていたものである。が、それ以降はどの兵士も遠慮していた。
「どうした」
将校が出てきた。将校といっても貴族出身で実績はない。
「はっ、女性と子供が助けを求めています」
「それなら、助けてやらねば」
「こちらに」
将校はまず、二人を安全な陣の中に移動させた。風が冷たくなってきた為、焚き火に当たらせた。
しばらく落ち着かせて、スープを差し出した。
「マドモアゼル、どうかお話を聞かせてください」
将校は貴族の晩餐会などで、人の扱いには慣れていた。
「私達は山に避難する為、西に向かっていました……」
カリーネは経緯を説明した。将校は目を見開き、
「ありがとうマドモアゼル! あなたのおかげで我々は救われる! ありがとう! ありがとう!」
と言い、伝令を呼び出した。将校は感激し、カリーネの手を握った。当のカリーネは困惑している。
伝令がそばに来ると、将校は言った。
「直ちにロンサン翁と司令部に報告しろ! 西から脅威が迫っている!」
「はっ!」
しばらく経ち、中央の軍が突破された。既に逃げ足の速い隊は野戦司令部のテントまで来ている。
「砦は?」
「落ちていません」
「ならばそこを基点に……いや、先に左翼の隊を中央に持ってこよう、バルションに直接伝令」
ジョフルはきびきびと、テントの中を歩き回った。参謀や将校を呼び出すのではなく、時短のために自ら話をしに行った。地図を眺めては、命令を紙に書き、伝令に渡した。
「前線をここにしよう」
「は……」
副司令官は豆鉄砲を食らったような顔になった。
「司令部を今から移動させるのですか?」
この規模の司令部をすぐに移すのは難しい。各隊に移動先を伝えねばならないし、物品の輸送に馬も人もいる。整然と行うには六時間は必要だ。
「いや、ここはこのままで」
「敵に取られてしまいます」
「いいや、取られん」
副司令官はしばらく黙っていたが、すぐに仕事を再開した。
私はこの考えは間違っていないと断言する。前線に指揮官が立てばそれだけで、兵士の士気が保たれるのである。無論、物量には敵わない。だが、この戦場においてはそれほどの戦力差は無い。
そして、最悪のタイミングで伝令がテントに到着した。
「閣下、伝令です」
将校は紙を渡した。王国語の筆記体で連絡事項が書いてある。
「『西方より敵大集団接近、防衛に備える』か……まずいな」
ジョフルは苦虫を噛み潰したような顔をした。伝令を渡した将校と、横でそれを聞いていた副司令官の男は顔色を悪くした。
「作戦を見直そう」
ジョフルは力なく椅子に座る。