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第5話 劣勢

 戦火が徐々に広がっている。中央の三個軍は既に魔王軍と戦闘を行なっている。いずれも魔王軍の優勢である。


 王国軍には、総司令官がいた。王国野戦軍司令部司令官、ジョフルである。

 彼の司令部は、各軍との連絡が取りやすいように、王国軍中央のアンブール軍後方に位置していた。

 平原の一部にテントがいくつか並んでいる。時折、伝令の騎兵が駆けて行った。

 そして、前線では司令部の考えているより、遥かに凄惨な戦いが繰り広げられていた。


「閣下、中央が押されております。負担を軽減させるべきかと」


「わかった。予定を早めて左翼の隊を攻撃に移せ」


 彼の白い髭は、胸元まで伸びている。略章が飾られた胸は厚く、引き締まった体格である。

 頭は若い頃より髪が抜けてきており、綺麗に禿げ上がっている。

 王国軍の損害は既に三万を越えたが、魔王軍の攻撃は衰える気配がない。


「勇者からの報告で、敵の装備は我が軍と一世紀の差があるとかでしたが、まさかこれほどとは」


 副司令官が言った言葉を胸に留め、ジョフルはしばらく思案した。






 バルション軍とエヴェネー軍に、魔王軍攻撃の命令が届いたのは、最初の戦闘から二時間余りが経過した頃である。

 私の部隊も、両軍に呼応して動かねばならない。

 このまま前進すれば大損害は免れないので、我々の前面いっぱいに騎兵を展開させた。他の部隊の事はどうにも出来ない。

 バルション、エヴェネー両軍の軍楽隊が太鼓に喇叭に横笛など、様々な楽器を吹き鳴らした。それを聞いて、各軍、各連隊の軍楽隊も派手に演奏した。

 前進の合図である。我々は自ら地獄に進んでいったのだ。

 私は部隊の軍楽隊に演奏をやめさせた。戦場において、音の影響はかなり大きい。音によって、部隊の数、距離を知られるのだ。無論、影響が最も大きいのは視覚である。


 左の方から発砲音が聴こえる。右からは砲撃の音が。間髪入れずに騎兵が突撃する音が聴こえてきた。次第に軍楽隊の演奏も熱を帯びてくる。

 私も騎乗し、前線より少し下がったところから眺めていた。偵察に行った騎兵が一人、戻ってきた。


「これより二十五レヒで射程内!」


 “レヒ”という単位がわからない為、勘に頼るしかない。側面の騎兵には、バルション軍とエヴェネー軍との距離が開きすぎぬように、うまく動いてもらっている。歩兵については体をなるべく晒さないように、散開し、小分隊に別れさせ、地面の凹凸を使って前進させた。と言っても、普段からそのような訓練を行っているのではない為、不器用である。


「敵! 敵! 敵!」


 騎兵が叫び、駆け回った。直後に最前線で一斉射の音が聴こえてきた。


「伏せろー!」


 最前線の軽歩兵隊長が叫ぶ。撃たれたものも、無傷なものも地面に伏せた。敵も伏せっている。

 間髪入れずに竜騎兵を突撃させた。突撃は一点に絞った。一点に多数の兵力を流し込めばそれだけ突破の確率が上がるのだ。軽歩兵が援護射撃を行う。が、それでも大半が突撃の最中に倒れた。

 霧で視界が三百メートル程しかないため、前線警戒の騎兵は、側面と後方の警戒に回した。


 竜騎兵の突撃を見届けると、歩兵を前進させた。側面の両軍が前進する為、我々も進まざるを得ないのである。

 程なく上から砲弾の雨が降りそそいできた。

 前進する為に立ち上がれば銃弾に撃たれ、伏せたままでは砲弾に砕かれた。

 が、王国軍の兵士は耐えた。




 苛烈を極めたエヴェネー軍の突撃も、次第に下火になってきている、と、伝令の騎兵が伝えてくれた。エヴェネー軍の進撃速度が落ちた為、速度を落とさないバルション軍との間で隙が広がる。これを埋めるのが私の軍の仕事である。


「損害が五百を超えました。これ以上は難しいかと」


 悪い知らせだ。


「命令があるまで進み続けろ」


「はっ……」


 こうするしかない。

 二百メートル前進した。敵兵は我々が進むのに合わせて下がったらしい。


「軽歩兵の隊長が戦死」


 伝令の騎兵が私の元と前線をせわしなく往復している。


「うむ、指揮を別の者に継続させろ」


「はっ……」


 兵士の顔つきを見てみるが、案の定悲壮感が漂っている。士気が明らかに落ちた。

 が、思っていたよりも、王国軍の兵士は精強である。ソビエトの兵士には劣るが、砲弾と銃弾の恐怖に耐え、敵兵を排除しようとしている。


「諸侯軍なら逃げ出しているでしょうね」


 侍従は言う。


「反乱を起こした諸侯軍十万を王国軍はわずか三万で撃退しました」


「ほう……」


「王国軍は西南方国境での戦いで疲弊していたのにもかかわらず、です」


「それはいつのことだ」


「およそ百年前」


 この国の軍隊は大きく三つある。まず国境防衛の要、国境軍。王国の属国およびこれらの構成国から徴集された諸侯軍。そして国王直属、王都防衛を担う王国軍である。

 王国軍は常備十万の歩兵と騎兵、それに砲兵を持っていた。歩兵の中には攻城歩兵もいる。九人の騎士長ヌフ・シェフ・デ・シュヴァリエというのは、王国軍を小分割して運用する為の士官制度らしい。


「君は? 逃げ出したくはないのか?」


「ははっ、死んでも逃げ出すなどとは言いませんよ」


「なるほど、わかった」


 かなり肝の座った少年だ。だが、表情からは恐怖が伝わってきた。右の頬に汗が流れた。

 軍楽隊の演奏をやめさせたたりだとか、騎兵を積極的に使用したりしているが、その効果のほどはまだわからない。


「アンブール軍全滅! ボンセル軍は潰乱、撤退中!」


 最悪の言葉を叫び、周囲の兵士に流布しながら、騎兵は私に情報をくれた。

 攻撃開始後、わずかに三十分である。








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