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第41話 西の地

 王国の西の大部分は600年以上も前から諸侯の領地になっている。当時の王国が経済難に陥り、南方の裕福な貴族に西の土地を売り払ったのがその始まりである。当時は西、西の土地から見れば南からの脅威に対しての緩衝地帯としか考えられておらず、砦がいくつかある程度で積極的な開墾はなされていない。その、当時の王国政府から見れば不毛な土地は、西方諸国が求めるだけの実りがあった。

 冬の到来は王国中央よりも遅い上、ロアール川以東に比べて沼地も遥かに少ない。大河も多く流れており、水源も確保する事が出来た。野生動物も多くいて、毛皮の採集にも事欠かない。実際、王国建国時にはこの西の大地にも国があったとされ、初代国王はその国の生まれだと言われている。

 この地を受け取った貴族は領民を引き連れて開墾し、北上してくる脅威があれば、領民共々武器を取り戦った。いわば屯田兵である。


 アンブールはこの貴族に売り払われた領土を全て掌握しようとしたが、上手くいかない。この土地の国境警備隊は諸侯が反乱を決断した以降も、その事を知らずに任務に従事していた。この時期、彼等も第九軍に編入されている。

 アンブールはペルダンに第九軍の状況を教えた。

 師団ごとに分かれて占領地域の統治をしている事。損害を埋める為の物資以外の徴収はしていない事。旧諸侯兵、又は貴族の私兵は各師団に然るべき訓練を行った後に補充兵として編入した事。そして、西に空白地域がある事である。

 そしてアンブールはペルダンの用事を聞いた。


「戦場の視察と、手紙を届けに」


「手紙、誰か?」


「はい、勇者よりです」


 ペルダンは手紙を手渡した。


「後で読んでおく」


「それでなぜ状況が良くないのです?」


「それは……直接現地を見てくれればわかる筈だ。案内には先ほどのポール・オーバン大尉をつけよう」


「わかりました……それでは失礼します」


 ペルダンは部屋を出てオーバン大尉と共に、第九軍最西端に位置する第46師団司令部へ向かった。





 第46師団司令部は空いた民家を利用していた。何年も管理されておらず、隙間風がかなり入ってくる。久々の住人が彼ら軍人であった。

 家屋に入ると、ペルダンの顔を見てある参謀が反応を示した。


「ペルダン卿、どうもお久しぶりです」


「おお、貴様も昇進したものだな」


 改めて敬礼をし、名を名乗った。


「第46師団司令部参謀ジュール・ブーコー少佐であります!」


 彼はペルダンが教官をしていた頃の生徒であった。重装歩兵が兵科として存在していた頃である。

 師団長も歓迎の意を示し、客人についてはブーコー少佐とオーバン大尉に任せると言った。

 司令部で暖をとった後に再び騎乗し出発した。


 道中、魔導兵の話になった。第九軍の両将校は彼女達を褒め称えた。

 魔導兵は戦闘への直接の効果よりも、部隊間の伝令をより正確に高速で行ったことが参謀達の評価の対象になった。王国軍は短期間で20倍以上の規模になったが、第九軍以外では伝令の方法はこれまでの騎兵に頼る他なく王城の王国野戦軍司令部からの命令が各軍に届くまで最長で2日をかけた。

 そのため前線の状況とは相反する命令が発せられたり、撤退や前進を前線指揮官の判断で行うと似た命令が4日後になって届いたりした。

 第九軍司令部には常に2時間以内の比較的新鮮な情報があり、参謀達はそれを元に軍団に命令を出した。

  アンブールからの推薦もあり、新たな魔導兵を育成するための準備が進められているという話もあった。


 ブーコー少佐は無限に広がるとも思えるほど広大な平原のただ中で馬を止めた。一見すると何も目印になるようなものはない。

 少佐は馬を降りた。


「これです」


 彼が足元を指差すと正方形の石があった。


「……石標か」


「ええ、ですが」


「ここにあっていいものではないな」


 石標には「バール・カンパーニュ国」と記されていた。

 その国家は西方の脅威。1,000年の長きに渡り、王国に対して軍事力による対決を挑んだ国家。王国西部の(かれらにとって)肥沃な土地を求めつづけた哀れな民族。

 12回の戦争は双方に和解し難い溝を生み、王国は財政難に苦しみ西部に貴族の土地を設ける事で、ひとまずの解決を見たはずであった。


「この土地の貴族どもは腐っていました」


「売ったのか、連中に」


「はい……領地の安全と引き換えに国王陛下から預かった神聖な地を」


 話ながら、ブーコー少佐は今にも激昂しそうなほどであったという。


 北の方角から、騎兵の一団が彼らの元に向かってきた。軍服ですぐに王国軍である事がわかった。

 彼らは第七騎兵師団が南西に派遣した斥候部隊の1つであった。

 どうやらアンブールはこの未回収の土地を諦めてはいないらしい。






 数日が過ぎた。

 リーズにも手紙を届けた為、ペルダンの任務は当地の視察以外には無い。

 彼は第九軍の司令部の一室を借りていた。部屋を出ると、明らかに未成年の兵士が立っていた。まだ軍服が新品同様に綺麗な点が、彼が新兵である事を示していた。

 少年は敬礼をした。

 ペルダンも返礼をし、そのまま歩いて行こうとすると。


「カリーネを覚えていますか?」


 と、少年が発した。

 瞬間、ペルダンは焦燥に駆られ、走った。

 これ以降のペルダンの行動は誰であっても理解しかねるものだった。ある者は軽薄だと言うし、ある者は無責任だと言った。職権濫用だ、とも言われる。

 だが、彼の事を知る一部の人間はこれを当然の事だと考えた。彼は数ヶ月の期間をおいてロンサンとの約束を果たそうとしてのである。


「リーズはどこにいる! リーズ大佐は⁉︎」


「どうしたのです、ペルダン卿」


 ペルダンは魔導連隊の伝令を追って第九軍司令部に入って叫んだ。


「ああ、リーズ大佐でしたら厩舎の方に……」


 魔導兵の言葉を最後まで聞かず、ペルダンは走った。


 厩舎に辿り着いた彼はリーズを見つけると、跪いた。

 リーズの黒髪から覗かせる瞳は、ペルダンにとっての希望である。


「君が忠誠を誓う勇者の友として、頼みがある……とある少女を、助けてほしい」


 その少女は、セダン村の数少ない生き残りの1人である村長の娘、赤髪のエルフ。貴族によって連れ去られた悲劇の少女。

 ペルダンは彼女の事を忘れていた。それが意図的な事なのか、無意識にそれを拒絶していたのかはわからない。だが、彼は九人の騎士長ヌフ・シェフ・デ・シュヴァリエのロンサンとの約束、否、命令をようやく達成する機会を得た。

 それはすなわち「彼ら民間人の身の安全の保証」である。


 ペルダンは焦燥のあまり冷静さを欠いていたが、リーズは違っていた。


「まず、その方の特徴を教えてください。ひょっとしたら司令部の名簿にあるかもしれませんよ」


「……あ、ああ」


 司令部の名簿、というのは第九軍が当地の貴族と諸侯はもちろん、使用人から小作人まで「領民」と呼ばれる者たちの素性をまとめたものである。特に不当に連行された者たちについては最新の注意を払って対処していた。貴族たちが自らの罪を隠すために殺害する事も考えられていたからだ。


 そこに、カリーネの名はあった。ただし、消息不明とされている。


「ペルダンよ、どうしたんだ?」


「アンブール卿……人探しをしていまして」


「貴族に連れ去られたのか」


「はい、そのようなところです」


 ペルダンは焦りを隠しきれていない。

 ブーコー少佐は思いついた事をすぐに言った。


「アンブール卿、ひょっとすると逃走した貴族の手がかりになるかもしれません」


「なるほど……リーズ大佐、しばらく彼を手伝ってくれるかな?」


「はい、勿論です……」


 こうして、2人は人探しを開始した。

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