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第38話 犠牲

 午後11時には、戦闘は小康状態になった。

 この時点での王国第四軍の損害は2万8千にもなる。

 第一日目の戦闘は、一時は魔王軍が西岸に橋頭堡を築いたが、最終的に第六十師団が大きな損害を出しながらも駆逐し、王国の勝利に終わった。




「王国軍が魔王軍を前に全滅しようと、王国が全滅するのに比べれば、はるかに軽微な損害だ」


 第四軍隷下の第二十軍団の参謀長に対しての発言であった。第二十軍団は9千以上の死傷者を出していた。参謀長は、頭の切れる男で獣人種であり、長毛の大型犬のような顔つきをしていた。


「ですが、ロンサン卿……この防衛線が崩壊すれば、王国は脇腹を無防備に晒すようなものになります」


 脇腹というのは、王都と西方に広がる広大な農村地帯を指す。


「大勢は見ている。この戦線に予備軍団は必要ない」


「ならばせめて、第四軍の予備を我々に……」


「必要ない! 君は自分の司令部に帰りたまえ」


「はっ……」


 男は亜麻色の毛色をしている。


「国王陛下は第二十軍団の健闘を期待しておられる」


「全ては国王陛下の御為に……」


 男は目的を達成する事なく、部屋を出て行った。

 第四軍の司令部は前線と王都外縁要塞のちょうど中間に位置していた。

 第二十軍団の司令部とは1ディスタと離れていない。しかし、彼はすぐには自分の司令部には戻らなかった。






 私は親衛隊の総司令官としての仕事を終えて、いつもの酒場で飲んでいた。侍従ションボもいた。

 一杯目を頼んだところで、侍従ションボが気付いた。


「あそこにいるの、士官ではないですか?」


「獣人種の士官だって酒場で飲むこともあるだろう」


「あの肩章とモール、参謀のものかな……と」


「参謀だって休暇はある」


「徽章が第二十軍団である事を示してます」


 確かに、その士官は参謀の格好をしているし、徽章は第二十軍団のものだ。つまり、彼は最前線の部隊の参謀である。

 そんな男が前線で戦闘が行われる中で、なぜ酒場で飲んでいるのか。

 席を立ってテーブルを挟み、その男の目の前の席に座った。


「ん? なんだ……勇者様ですか」


「前線の様子はどんなものかな」


「そりゃあ、我ら王国軍の大勝利ですよ……」


「ほう、勝利の美酒を味わっているというわけですな」


「ハハッ、そんな所です」


 襟章を見ると、大佐である事がわかる。

 しばらくは、酒を飲み交わした。




「勇者様、王城司令部より連絡です」


 若いドワーフの親衛隊少尉である。


「うん、ありがとう」


 内容は第二十軍団参謀長が前線から逃亡、場合によっては義務からの逃亡ならびに抗命の罪で銃殺される、とあった。また、年齢、種族、特徴まで全て記されていた。

 明らかに、目の前にいるこの男である。少尉には目で合図をして立ち去るように指示した。


「大佐、そろそろ戻った方が良いですよ。今ならまだ……」


「貴方はわかってないんだ」


 杯に残っていた酒を全て飲み干して、大きな音を立てて机に置いた。


「あんなに来るとは思ってなかった……あんなに死ぬなんて……」


 侍従ションボの表現を借りるならば、この時の彼は精神的に衰弱し、軍務に耐えられる状態ではなかったという。私にはそうは見えなかったが。


「司令部に行く前に野戦病院に行った……行ってしまった……嗅覚を麻痺させる血と酒の臭い、兵たちの苦痛に歪んだ表情、集団で埋葬される死体…………あんなもの見た事がない……」


 彼は、いわば責任感によって押しつぶされようとしていた。理想と現実の著しい剥離が、彼の精神から正気を奪いさろうとしている。

 酒はどうやら傷の消毒のために使われているらしい。


「もっとやれると思ってた、のに……死んでしまった、みんな」


 労いの言葉をかけてやれば良いのだろうが、生憎そのような教育は受けていない。


「大佐、職務にお戻り下さい」


「あんなところに戻れって? 司令部の奴らは正気じゃない……人があんなに死んでいるのに!」


「大佐、貴方は……」


「冷酷な連中だ……あんなところ俺がいなくても」


 私は親衛隊の総司令官として、彼よりも階級が上の軍人として、彼を再び戦場に向き合わせる必要がある。


「大佐!」


 語気を強めて言った。


「貴方は正気だ、他人ひとの苦痛がわかる人だ。だから命の浪費に、血の犠牲に耐えられない」


 参謀の男は言葉に詰まっている様子だ。


「だからこそ、自分の価値もわかるはずだ……貴方がするはずだった仕事は、他人が兼任しなくては。曰く、『正気じゃない』人間が的確な判断を下せるでしょうか」


「今は正気じゃない人間が必要なんだ。俺みたいな弱虫は邪魔になるだけだ」


「……貴方の健全な精神はきっと必要になる時が来る。非人間的な闘争が終わるその時、貴方は必ず必要になる」


 相変わらず、客たちはくだらない世間話をして、酒を飲むことを楽しんでいた。


「……それに、軍務を離れても安息は手に入らない」


「ああ、わかってるさ、わかってる」


 男はポケットから硬貨を取り出して机に置いた。目頭を押さえて、俯いた後、席を立った。

 親衛隊少尉が私の元に近づいてきたが、まだ拘束しないように命じた。


 侍従に支払いを任せて私も店を出た。


 店を出てしばらく歩いて、彼の肩に手を置いたその時である。

 その場にいた人々は皆立ち止まっていた。むしろ王都のほぼ全域で人々は立ち止まり、空を見上げていた。

 彼らが立ち止まった原因は音である。環境音でないことは明らかで、轟々と東方から聞こえていた。


 だが、私には聞き覚えがあった。いわば前世の記憶、元の世界での経験である。


 徐々に近づき、大きくなる轟音。


 謎の轟音によってあまりに鼓膜が振動し、耳を押さえたくなるほどになった。その時、稲光のような現象が起きた。

 あたりが一瞬明るくなり、眩しさのあまり思わず瞬きをした。一部からは「うわっ」という声も聞こえた。


「勇者様、今のは」


 参謀の男が振り返った次の瞬間、巨大な爆発音が響き渡った。同時に立っているのも難しいほどの揺れが辺りを襲った。

 人々は狼狽したが、さらなる現象が彼らの視界に入った。爆炎が我々から見て、王城の右側に立ち上っていた。


 謎の轟音が巨大な砲弾の飛翔音である事は、明確な事実であった。





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