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第33話 血の広場

 血の広場(ラ・プラス・デ・サン)を演出したのは憲兵ではなく、王国貴族エスコート・コーア・ル・ノー護衛隊ブル・ドゥ・ロワイヨームであった。

 彼らのうち南から接近した集団は三列縦隊で、広場から溢れて通りにいた民衆から、およそ二十レヒで停止した。

 戦列を敷き、最前列は片膝をつき、二列目以降は直立した姿勢でいた。旗手は列の左端に、サーベルを持った士官は右端にいた。

 士官は、彼らがここに来た理由を話し始めた。


「王国貴族護衛隊は、現在ラ・コリネット・スゥド広場に存在する臣民に対し、王国王都における条例、治安維持に関する第二条第三項に則り、この場からの退去を命ずる……あまりにこれを聞き入れない場合、武力をもって実行する」


 民衆のうち何人かはEウーNエーヌを見たが、彼らが何を言ったかは、聞き取れていない。


「撃鉄起こせ」


 王国貴(E)護衛(N)隊の目的は、憲兵の救出にある。警鐘が鳴らされた事で、王都の異常は直ちに周辺に伝わった。

 広場から最も近かったのは、憲兵隊の騎兵だったが、次に近いのがEN兵達であった。

 手には王国軍と同じ、白い手袋をしている。

 引き金の右上側面に撃鉄があった。彼らが使っていた銃は王国軍とは違い、フリントロック式という。撃鉄についた硝石を、引き金を引いて金属に打ち付けて火花を発生させる物だった。


「構え」


 彼らはよく訓練されていた。全ての動作は正確で、速い。


「……撃て」


 乾いた銃声が響き渡った。

 もっとも近い民衆から倒れた。一斉射で、十余名が倒れ、血煙が上がった。

 全ての人々の視線が、一箇所に集まる。


「前列下がれ、次列前へ」


 前後の兵隊が交代し、間髪いれずに射撃をしようとした。最前列にいた連中は最後方に下がり、弾薬を装填する。


「構え…………撃て」




 広場の南から、断末魔の叫びが上がる。そしてすぐに、人々は逃げた。

 南の人間はとにかく北に逃げようとした。

 私は広場にいる民衆よりも視界を確保していたので、いち早く、何が起きているのかを知る事が出来た。


「憲兵! 一人でいい、ここに来い!」


 すぐに軍曹が人混みを抜けて、荷馬車の上にきた。


「あの軍服はどこのだ?」


「……ああ、そんな」


 その瞬間、発砲炎が見えた。銃声が広場に響き渡る。


「あの軍服は、王国貴族護衛隊……EウーNエーヌです」


「憲兵ではないのだな」


「……はあ、はい」


「ではすぐに民衆の避難を……北は騎兵隊が塞いでる。東西どちらかだ」


 軍曹は直ちに憲兵少尉に伝え、迅速に実行に移した。

 だが、人々は既に、恐慌状態になっていた。



 憲兵少尉は思考を巡らせ、直ちに結論を出した。


「王城への通りは騎兵隊が塞いでる、EウーNエーヌの連中は南からだ。民衆は東へ避難させろ」


「なぜ東?」


「西はEウーNエーヌの駐屯地に近い」


 広場からは三百レヒ程度の場所に、護衛隊の兵舎があった。


「それと勇者様を連中に近づけるな。おそらく奴らの表向きの狙いは我々の安全確保だ。勇者様は貴族と仲が良いとは言えないから、どさくさに紛れて撃つかもしらん」


「聴こえたな! 取り掛かれ!」


「「「はっ」」」


 憲兵は散開し、民衆の群れを抑え、東へ導いた。既に広場の西にいた人々はそのまま西へ逃亡した。

 憲兵少尉は、この混乱の中で王城方向の通りの騎兵隊の元にたどり着いた。


「東の地区の安全を確保してくれ。道を開けるだけで良い。東に向かう群れを先導してくれ」


 少尉の頼みは、気が動転しているためか要領を得ない。


「わかった。だが、もう一本道があるほうが通りやすかろう」


 騎兵隊の大尉は少尉に笑顔を見せた。

 民衆は道を塞ぐ騎兵隊の戦列を見て、躊躇っていた。


「騎兵隊、回れ右」


 騎兵達は器用にその場で回れ右をして、背後に向き直った。

 王国貴族護衛隊の先頭の士官は突然の出来事に、言葉を詰まらせていた。


「総員、剣は収めろ。道を開く、前進せよ」


 騎兵達はあろうことか、護衛隊の列の真ん中を割って入り、彼らを道の端へと押しやった。

 目の前に馬の巨体が立ち塞がった為、EN兵も抵抗のしようがない。


 そんな中で一人のEN兵が大きく手を広げて、騎兵の前に躍り出た。


「まだ広場には憲兵がいるのだな?」


「……どいてもらおうか」


 馬はいななき、前足を高く上げて飛び上がった。護衛隊の兵士は腰を抜かし、その隙に一部の騎兵隊は通りを駆けていった。

 開かれた道は広場から逃げる民衆で、直ぐに一杯になった。だが、広場からの逃亡者達にとってはこれだけでも十分だった。


 最初の発砲から五分と経過していないが、広場からは八割以上の人間が逃げ去っていた。

 南から到来した王国貴族護衛隊は、戦列そのままに広場に前進した。私は彼らの前に進み出た。

 サーベルは納めている。

 だが、彼らは銃を降ろさなかった。


「私は勇者だ。どうか話を聞いてほしい」


「小隊停止……構え」


「待て待て待て!」


 叫びながら、私を突き飛ばしたのは憲兵少尉である。すぐに立ち上がったが、広場南側の凄惨な光景を前に動けなかった。


「危機は去った! 退いてくれ!」


「治安維持に関する第二条第三項によれば……」


「もう十分にそれは満たされている! これ以上の臣民への攻撃は……」


「臣民ではなく、彼らは既に反乱分子である」


「これ以上の流血は問題の解決にはならない! 私は憲兵隊少尉だ! 王への直訴も出来る!」


「……なるほど」


 風は吹かず、広場の血の匂いを停滞させていた。あたりからは悲鳴ではなく、負傷者の呻き声が聞こえる。


「我々の管轄はここまでだ。公衆衛生は君達に任せよう……憲兵隊の諸君?」


 護衛隊は戦列を崩し、三列縦隊を作り、西へと帰っていった。

 騎兵隊に妨害を受けていた連中も、程なくして解放された。彼らは口々に不満を述べながら、縦隊は作らずに無秩序に帰っていった。この連中は、血生臭い広場を通らずに帰っていった。


 死者三十六人、負傷者八十四人。王国貴族護衛隊は、二百発以上発砲していた。

 およそ二時間後、事件の詳細が王に伝えられた。

 この事件は王国には悲劇ではあったが、私にとっては若き日の情熱を呼び覚ます良い契機になった。


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