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第32話 広場での演説

 事態は、もはや憲兵のみでは抑えきれなくなった。

 広場中央の王国兵は、射撃してはいなかったが円陣を敷き、銃剣を外に向けて真っ直ぐ構えていた。撃鉄が起こしてあり、いつでも射撃ができる状態にあった。

 民衆は憲兵を煽り、蔑むような言葉を叫ぶ。憲兵は額に汗をかいて、叫んだ。憲兵隊はほとんど本能的に、動物のように威嚇した。

 広場にいたほぼ全員が動揺し、怒り込み上げ、目は血走り、感情を物理的に開放したがった。怒号が飛び交うなか、暫く、睨み合いが続いていた。


 程なくして警鐘が鳴り響き、近衛の騎兵隊が到着した。王城方向に伸びる通りに戦列を敷き、サーベルを抜いた。


「抜刀! 突撃に備え!」


 広場の民衆もそれに気づき、広場中央に向いていたエネルギーは騎兵隊の方に向かって行く。


 この激情的で熱狂的な光景にあって、私はもはや傍観者ではいられなくなった。この事件に、どちら側でも良いから参加したかった。

 だが、一人の憲兵が私を監視している。

 私は窓から身を乗り出して広場を見ていた。憲兵は銃を持ってはいたが、構えるような仕草はしていない。


「何もしなくても大丈夫なのか?」


「与えられた命令は勇者様の監視ですので」


「仲間があそこで囲まれているぞ、助けに行かないのか」


「我らは近衛であり、憲兵です。入隊の時から覚悟は出来ています」


 あまりにも冷徹ではないか。このような人間が、この世界にも存在するのか。


「ならば私が行こう」


「容認できません……今はここで騒ぎが治まるのを待つべきです」


「騒ぎが治まる? 治まるとは? 彼らが民衆に暴行を受け、身包みを剥がされ、名誉も栄光もない死を遂げるのが?」


「結果はどうあれ、彼らは命令を全うします」


「騎兵隊が突撃すれば、双方に流血は避けられない。人々は押し合い、サーベルに刺され、積み重なった死体の下敷きになり死んで行く……それは騒ぎが治まったと言えるのか?」


「……」


「この広場での光景がこのまま流れて行けば、そこに勝者はいない。ただ死体と虚無感と憎悪しかない……私はそれを止める事ができるんだ」


「……」


 彼の顎のあたりの筋肉が動き、歯ぎしりをするのがわかった。

 どんな事があろうと、私はあの広場に行かなければならない。残された選択肢は、腕力による強行突破しかない。


 私は彼が保持していた銃にむけて蹴り上げた。が、彼は寸前で避けた。銃床で私の頭を右上から降り下げて殴りつけた。

 血は出なかったが、一瞬、意識を失ったような気がした。すぐに上体を起こして、彼に飛びかかる。右の拳で思い切り頬を殴った。


 いわゆる白兵戦を私達は行なっていたが、勇者の身体と私が過去に経験した実戦は、この憲兵の前には無意味なようだった。いや、むしろ、私の意識が勇者の身体に馴染んでいないのかもしれない。

 自らの拳の硬さを、速さを把握しきれていなかった。


 私は間髪入れずに膝で腹部を蹴ろうとした。彼は寸前で銃を盾にしてそれを防いだ。

 銃の木製の部分にヒビが入るほどの威力だったが、それは私の身体にとっても負荷がかかった。足に激痛が走る。

 彼は銃を落とした。背中を丸めたまま、彼は右手を腰の左に下げたサーベルに伸ばした。

 切られる。

 と、思ったが、私は足に力が入らない上に、目眩がして立つのがやっとであり、何も出来なかった。

 彼は姿勢を低くして、右肩から私の腹部に対して突進してきた。そのまま私は突き飛ばされ、尻餅をつき、仰向けに倒れた。

 途端、金属が擦れる音がした。

 憲兵がサーベルを抜いたのである。


 剣先が喉に当たるのがわかった。


 我々は全力を尽くして戦った。そして、私が敗れたのである。この敗北は恥ずべきものではない。


 憲兵の方が先に言葉を発した。


「私は憲兵です、命令は絶対だし、規律は守らなければならないのです……」


「…………殺すか?」


「いいえ、私は貴方との戦いに敗れました」


 憲兵はサーベルを私の喉から離し、器用に一回転させると、刀身を真っ直ぐ顔の前に立てて直立した。


「どうかこの剣をお使いください。職人の特注品でございます。憲兵のサーベルとは思われません」


 私はゆっくりと身体を起こして立ち上がる。

 憲兵は片膝をついてサーベルを差し出した。


「やはり貴方は勇者様です……どうか我々をお救いください」


「憲兵としては、職務怠慢だな」


 私はサーベルを受け取った。

 彼が何を思ったのか真意はわからないが、見逃してくれるのは確かであった。

 確かに、私をただ通したのでは職務怠慢である。だが、私が強行突破しようとして、憲兵が倒されれば彼に非は少ない。

 わからないのは、彼が全力で私を倒そうとしたところである。事実、私は一度敗北したのだ。

 わざと負けてくれても良いものを。


「だが、感謝する」


「はっ──」


 兎に角、私は行かなければならない。



 二階を降りて、部屋を貸してくれた民家の家主に礼を言い、外に出た。

 民衆によって身動きが取れなくなった馬車の主人や、商売などできない状態になった商店の店主たちは、狂乱の中でも比較的落ち着いていた。

 そこにあった、特に荷物が多く積まれた馬車に向けて、全力で走った。どうにかして人混みをくぐりぬけ、荷車を引く馬の頭を優しく叩き、二レヒはあろう荷物の頂上に登り立った。

 馬車の近くにいた民衆の一部は私に気付き、目を丸くしている。


 一通り、周りを眺めた。誰も彼もが興奮しきっていた。

 思い切り息を吸い、この身体で、これまでに出したことの無い大声を出した。


「聴けっ!!!」


 まず、憲兵隊が気づいた。彼らの目は充血し、顔から汗が吹き出ていた。彼らの視線を見て、周辺の民衆も私に注目した。

 エネルギーの中心に近く、なおかつ彼らの視線より高い位置に来た事で、早い速度で注目が集まった。騎兵隊の方に向いていた者も、すぐに注目してくれた。


「落ち着きたまえ! 諸君」


 すぐに民衆の目線は伝播して行き、あたりはかなり静かになった。

 私はサーベルを抜いて、高く掲げた。

 遠くのものは私を認識できなかったようだが、広場中心の異様な雰囲気が伝わり、彼らも緊張して黙った。


 静寂が訪れた事で、ようやく意思を伝える事ができる。


「私は、勇者である! 諸君らの、味方である!」


 事態を収拾する事が最優先であった。


「諸君らは、なぜ怒り狂うのだ?」


 答えるものはいない。


「悪いのはどいつだ? 言ってみろ!」


 憲兵達は隣の同僚をちらりと見た。

 すると、一人の男が。


「盗賊が悪い!」


 と言った。発言者はどうやら、例の、財布を盗まれた男のようである。


「憲兵は盗賊を捕らえ、処分しようとしたのだな……何が悪い?」


「差別的な貴族!」


 誰かが叫んだ。女の声であった。

 このやり取りの辻褄が必ずしも合っていないところが、この広場で起きた事象の違和感を表していた。


「貴族! 貴族か……ではなぜ、怒りを憲兵にぶつけるのだ?」


 広場の隅から隅まで、私は見渡した。


「……貴族の犬だからだ!」


 また同じ、女の声である。


「我々は王の直属! 近衛兵だ! 近衛の憲兵だ! 貴族の命令など聞きはしない!」


 憲兵隊少尉が叫ぶ。


「貴族に不満があるならば、王に求めようぞ!」


「……そりゃダメだぜ、勇者様」


 荷馬車の主人らしき、無精髭を生やした男は言う。


「俺たちの意見は憲兵が聞くんだ。奴等揉み消してやがるから、王様に届きやしねえ」


「我らは民衆の意見を集計し、王城内務長に伝えている!」


 憲兵から反論の声が上がる。


「その何とかとやらは、貴族が担当しているじゃないか!」


「「「貴族が悪い!」」」


 広場の一角から声が上がる。


「諸君らに何か不満があるのならば、諸君らの言葉は私が王に届けよう! 勇者の声だ! 王も聞き逃しはすまい!」


「いいぞ!」


「私が諸君らの不満を解決する……だから、今は、憲兵達は見逃してやってくれないだろうか?」


「勇者様がそこまで言うんなら、な」


「そうだな」


 民衆の意志は、この場にいない貴族達に敵意を燃やしている。これで憲兵達が被害を受けることも、民衆に血が流れる事もないだろう。と、安堵した。

 広場から静寂が、次第になくなっていく。

 しかしこの時、王城と南からくる集団に民衆は誰も気がつかなかった。意識は私に向いていたのである。



 戦列を敷いた騎兵隊は、正面の民衆達とは一定の距離を保って睨み合っていた。広場での騒ぎが治まり、私の声が聞こえたため、突撃せずに待機していたようだ。しばらくすると、後方から別の歩兵隊が来るのに気がついた。


 歩兵隊の先頭には、赤色の布に金色の斜線と刺繍が入り、外縁に金色のモールが施された旗が翻っている。兵の服は旗と同じように、赤地に金のボタンとモールのついた上着と、横に赤い線の入った黒いズボンである。

 王国において赤色と金色が表すのは、貴族であった。

 彼らはいわば貴族の私兵。

 王国貴族エスコート・コーア・ル・ノー護衛隊ブル・ドゥ・ロワイヨーム、一部の軍人からは“EN”と呼ばれる、気が触れた兵隊達である。この略称は平民達の間で使われる、様々な蔑称を表す言葉でもあった。

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