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第30話 沈みゆく太陽

 湖の上、水面ギリギリの高さで魔導兵達が飛行している。リーズの指示で銃は浮遊させて、いつでも射撃できるようにしていた。


「回廊まで残り千五百!」


「……上昇」


 彼等は三十レヒほどまで上り、さらに進んだ。


 隊列を組んで攻撃を行う諸侯軍の姿が見えていた。回廊いっぱいに兵士の姿がある。

 さらに上空から一人の魔導兵が降下してきた。彼女は敵の位置や数を攻撃前に偵察していた。

 リーズに並走しながら、情報が書かれた紙をわたす。


「ありがとう……ベルトワーズさん」


「いえ」


 リーズは一通り目を通すと、ポケットにしまい込んだ。


「三つに隊を分けます。第三小隊は敵前線の将校をお願いします。残りは私についてきてください」


「了解……聞こえたな! 十人だ! 十人俺について来い!」


 第三小隊をまとめるのはピフェトー少佐である。彼は魔導兵候補生の中での成績は首席であった。

 第三小隊はひとまず別れて敵前線へと向かった。

 残りは直進する。

 これは両軍に言えることだが、将校はサーベルを持っており判別が容易であった。

 そして、陽の光をギラギラと反射するサーベルを目印に、撃ちに撃った。また、伝令の騎兵や軍楽隊に対しても撃った。

 突撃大隊が目指したのは、最低限の攻撃を短時間に行い、決着をつけることである。そのために指揮系統を寸断しようとした。

 何よりも、アンブールがそれを望んだ。



 諸侯軍にも、魔導兵の噂は聞こえていた。

 だが、それは魔女リーズについてのみであり、参謀のテントに迷い込んだのも、兵士達の間ではリーズだと思われていた。

 彼等の頭上には魔導兵が三十人いた。想像をはるかに超えた脅威であった。

 諸侯軍の将校達、特に最前線より少し後方の隊を指揮していた連中は、歩兵に密集する事を指示した。必ずしも整った形ではないが、密集した彼等は、おそらく史上初の対空射撃を行った。

 セダンでの魔王軍はリーズによって、ほとんどが失明していたため射撃は行われていない。


 魔導兵は全員が魔法刻印による防御を行う事ができた。そのため、諸侯軍による対空射撃は完全に無効化されてしまった。

 彼等の頭上を魔導兵の一隊が通過すると、将校は無残な死体になり、サーベルは砕け、軍楽隊の音色は悲鳴のようになり、伝令は道半ばで生き絶えた。


 全てが終わるのに、否、諸侯軍の精神が崩壊するには、十分とかからなかった。

 そして魔導兵に呼応して、王国軍の攻撃が開始された。


「この機を逃すな! 前進!」


 軍楽隊は音色を変え、短調になり、兵士の士気を鼓舞した。王国兵達は叫び、塹壕から立ち上がり、魔導兵に蹂躙される諸侯軍に向かっていった。

 これまで防御のために塹壕にいた八万の将兵は、整然と回廊を西進した。

 この時、第一から第三魔導大隊も攻撃を開始した。



 諸侯軍はもはや統制を失っていた。

 指揮官を失った兵士は散り散りになって逃げ、その潰乱は隣の隊に波及し、その群れは西へと向かう波になった。

 反対に、諸侯軍の西側で戦闘している第十一軍団正面の敵は東に逃げた。

 波は向かい合い、ぶつかり合い、統制のとれた軍ではなくなった。金で雇われた兵士も召集された平民も農民も、烏合の衆と化した。逃げ惑う群れとなった。


 程なくして、リーズは自らの隊に射撃を控えるように命令した。これは諸侯軍の惨状によるものではなく、魔導兵達の集中力や体力を気遣ったからである。





 諸侯軍の槍騎兵。彼等は貴族の私兵のようなもので、王国近衛兵よりも豪勢な衣服を纏っていた。真紅に染められた絹に金と銀の刺繍が施された肋骨服に、王国の鉄十字勲章を胸につけていた。その荘厳な彼等は今、槍の先に真白な布を結びつけ、街道に沿って東に向かってきていた。

 降伏の使者達である。


 ちょうど街道を前進していた王国兵達は彼等に銃を向けた。射程距離に入るより前に、様子が違う事に気付いた。その槍騎兵は並み足で街道を進んでいた。また、彼等が持つ槍の先には白い旗が翻っていた。

 焦燥に駆られて逃げ惑う諸侯兵の中を、整然と進む彼等の姿は美しくもあった。


 彼等は武器を全て捨て、身体検査を受けたのち、第七軍団軍団長ジョゼフ=フランソワと面会した。

 降伏の旨を伝えると、ジョゼフ=フランソワはアンブールの司令部と第三十四軍団、第十一軍団に伝令を出し、自らの軍団に戦闘停止命令を出した。

 程なくして、馬に乗ってアンブールが第七軍団司令部に到着し、使者と面会した。



 前線では、王国軍の努力でなんとか諸侯軍の平静が戻り始めていた。

 武器を背に背負い、王国軍は前進した。

 両手を大きく使い、馬や牛をなだめるような手振りで、諸侯兵に降伏を勧めた。大半の諸侯兵は正気を取り戻し、降伏した。

 しかし、中には錯乱したまま、王国兵に向かう者もいた。そういう場合は中隊の中でも腕っ節に自信のあるものが、銃床でもって一撃を加えて無力化させた。


 日が暮れるまでに、停戦協定が結ばれたが、全ての処理が終わるまでには二日を要した。

 王国軍は点呼を取り、損害を確認し、捕虜となった諸侯軍も点呼を行った。死者を埋葬し、装備を点検し、補給を受けて、休養した。二つの軍は先ほどまで壮絶な闘争をしていたとは思えないほどに互いに友好的であり、文化的であった。諸侯軍の損害の内約は、捕虜十三万二千人、死者は五万八千人に及ぶと考えられた。残りは、行方不明であったが、西へ逃亡したものと考えられた。

 即ち、九月三十日。アンブールは王都の司令部に伝令を出した。勝利の報を伝えるためである。






 アンブールが後に高い評価を受けるに至るのは、この戦いのみによるものではない。

 捕虜は、第二魔導大隊と第三十四軍団の一部に託して、第九軍本隊はコンティノン橋を渡った。諸侯領地の占領に向けて動き出したのである。


 その日程は強行軍そのものであった。


 わずかに一週間で、最も遠い諸侯領地にまで進出するというものだった。距離はコンティノン橋を西に、およそ二百四十ディスタである。一日につき三十五ディスタ前進する事が全ての部隊に課せられた。

 歩兵は毎日、速歩きになる事はなかったが、一日の三分の二、つまり十六時間は歩いた。

 また、騎兵隊の馬達は歩兵を運ぶための馬車を引いた。徴用された馬達は、ほとんどが馬車は農具を引いていた馬であった。そのため、競走用のものを除けば馬達は素直に馬具を受け入れた。

 馬車には四人が乗ることができ、疲労が溜まったものや、十六時間歩き通した兵士を運んだ。馬車をつけていない騎兵は、進出路を偵察して歩兵達が安全に休める場所を確保した。

 魔導兵は、騎兵より先に進出する任務を帯びていた。


 十月四日、アンブールは工程が予定通りである事を各軍団に通達した。

 街道は第七軍団、その左斜め後ろを第三十四軍団、そして、最後尾を第十一軍団が進んでいた。

 この日の午後、第三十四軍団は十字路を右に曲がり、北へと向かった。


 十月五日、第十一軍団は南のピレネー方面にある諸侯領地に変針するように命令された。

 王国兵には、鋭気が感じられなくなっていた。どの兵士も目は落ち窪み、陽によって肌が黒く焼けた。目の下には隈ができ、シワが増えて、まだ二十歳にもならない兵士がまるで歴戦の軍曹のように老け込み、活力は感じられなかった。

 靴は破れ、疲労でまともに歩けなくなり脱落する者が増えた。

 また、この強行軍は補給をほとんど無視していた。そのため、食料は二日に一度届けば良い方で、背嚢に入れた硬い黒パンをかじって空腹を凌ぐしかなかった。

 何より、臭いが彼等を苦しめた。水も浴びる事ができず、まともに汗もふけないため、街道は男達の不快な臭いで溢れた。

 時折降る雨も、むしろ不快感を増した。尋常でないほどに気温が高く、火で炙られているように感じられたほどである。


 彼等に地獄の業火に焼かれるがごとき苦痛を与えた太陽が、地平線に沈んでいく様はなんとも爽快に感じられたという。


 兵士達はよく耐えた。普段、彼等はこのように長期にわたる行軍の訓練は受けていなかった。セダンを経験した王国兵達は、召集された農民達がこの強行軍に耐えきれるとは思えなかった。だが、予想以上に彼等は耐え、セダン以前よりいた王国兵にも脱落者が出るほどの事を、耐えた。


 第九軍の生き残り十三万二千人のうち、十月六日に最終集結地に到着できたのは十一万八千人である。

 第九軍の前方に対抗する勢力はほとんどおらず、シャトーに立て篭もった敵も、十月十日までには全て降伏した。完全に戦闘が集結したのはこの日の午後三時ごろである。

 最後まで抵抗したフィニステール県の領主アンビギュート公爵とその私兵二百人が降伏した事で、いわゆる対諸侯戦役は終わった。


 だが、はるかに東では、王国軍と魔王軍による死闘が繰り広げられていた。






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