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第24話 諸侯の反乱

 王と謁見しているこの男は、公国からの使者である。名をパキト・ルシエンテスと言った。


「陛下、どうか私の母国をお救いください」


「それは……」


「それはできない」


 その場にいたアンブールが王の言葉を遮り、言った。侍従が彼を睨む。


「私は陛下に問うているのです」


 ルシエンテスは王のみを見つめていた。彼の茶色の髪と口髭は公国の政界人の多くがそうであるように、長く伸ばし、カールがかけられていた。


「我が国も危険な状態なのです。今すぐに応えることは出来ませんが、検討は致しましょう」


 まずい、と誰かが囁いた。地獄耳の侍従は聞き逃さずに、囁いた人物を睨んだ。謁見の間にいた中で気付いたのは、侍従ただ一人であるようだった。


「有難きお言葉、両国と国王陛下に栄光のあらん事を……」


 その後は詩的な言葉をいくつか述べただけで、ルシエンテスは退室していった。

 公国、というのは王国の人間にとっては身近な国である。元々交易が盛んで文化的に近い事もあり、“王国の親友”とも呼ばれていた。

 この公国の大使が言うには、公国にも魔王軍がやってきたのだとか。数は彼が国にいた際には三十万、公国軍も懸命に戦ったが、わずか一ヶ月で首都マリアーゼまで追い詰められた。陸路は既に遮断されていた為、海路で王国までやってきたという。

 これらの情報を信じない者も多かった。


 ルシエンテスは王国政界のありとあらゆる人物と話をして、公国に救援の軍を送る事を懇願した。

 だが、王都からマリアーゼまでは三百ディスタ以上もある上に、その途上には魔王軍八十万がいる。やはり現状では不可能である。


 公国からの使節が退室し、次の人間が王の前に歩み出た。


「国王陛下、第一憲兵連隊連隊長です」


 侍従が謁見してきた軍人を紹介した。

 彼は王の前にひざまずく。


「勇者を捕えました」


「そうか、それは良かった」


 王の表情は決して明るくはない。


 私は憲兵の連中に連れられて、貴族の住居が並ぶ旧市街にやってきていた。

 その中にある、診療所の扉を憲兵が叩いた。

 扉が開き、女が出てきた。白衣を着、白い手袋をしていた。


「本日より、勇者を監視してもらう」


「はい、仰せの通りに」


 女は深々と頭を下げて、了承した。

 ここに至るまで、憲兵達の動作は周到そのものであった。おそらく何週間も前から準備されていたのだろう。私に逃げる隙を与えず、一般市民に一連の光景を見せないような配慮がなされていた。

 女は青みがかった髪をしていた。編み込んだものを頭の後ろでまとめている。

 不思議と瞳に映る光が少ない。吸い込まれそうな黒い瞳、というありがちな表現だが、それ以外に形容し難い。唇の色も鮮やかなわけではない。それでも彼女の顔は美しかった。最初の印象は「病的で美しい女」である。肌がとても白かった事も理由の一つだ。身体は決して華奢というわけではない。

 私はおよそひと月の間、この診療所、もとい療養所に軟禁されていた。


 旧市街は殆どが貴族の邸宅で、この診療所も貴族専門のものだった。医者は三人おり、看護婦は八人いた。

 女は医者であった。


「はじめまして、勇者様……私は……」






「こんにちは勇者」


 神が目の前にいた。

 なんとも空気の読めない神だ。美しい女性が自己紹介しようとしているというのに、これほど不愉快な事はない。


「まあ、そうカッカするな。私も一応は女なのだから」


「一応……とは?」


「そんな事は、どうでもいいんだ」


 神は歩いていた。なにやらよくわからない機械の上で歩いている。


「この機械はね、ランニングマシーンって言うんだよ」


「はあ……」


「いや、これは運動不足解消のためだからどうでもいいんだよ」


 相変わらず、私はこの神を理解できない。神でも運動不足というのになるのか。古代ギリシアを思わせる麻布を着こなしていた。確か、キトンといったか。


「とにかく、君は自分の身を案じた方がいい」


「確かにそうだが、少々考える時間をくれないか」


 神は一定の速さで歩いていたが、機械をなにやら操作して今度は軽く走り出した。


「助力をしようと思ってね」


 裾の長い格好であるから、走りづらそうだ。


「このままでは、ろくに動けないだろうから」


「それを伝えるためだけに呼んだのか? 私を」


「うん」


 神について私は何度も考えたが、ここに来ると不思議とそれらを忘れてしまう。神への疑問も、無意識のうちに忘れ去られてしまう。

 ただし、この場で起きた疑問は神が勝手に答えてくれた。

 わざわざ、「助力してやる」というだけの為に呼ばれた事に、少し不満を持った。助力など勝手にすれば良いではないか。

 すると神は走るのをやめて、言った。


「助力と言ったが、どういう事をするのかわかっているのか?」


 その後は延々と、説教が続いた。次第に意識が遠のいていくのがわかったが、どうにも逆らいようがなかった。




 意識として、神と対面した空間から元の空間に戻ったような気がした。

 まぶたをゆっくりと開くと、例の女が顔を覗き込んでいた。


「ようやく目覚められましたね。勇者様」


 今回はいつも呼び出される時とは様子が違った。


「急に倒れられるものですから、驚きました。とても疲れていらっしゃるようなので、今はお休み下さい」


 私はベッドの上にいた。女は三歩ほど下がり、改めて深々と頭を下げ、言った。


「はじめまして、勇者様。私は医師のマルトーと申します」





 私が憲兵に連れられ、マルトーと初対面してからおよそ一週間後のその日、王国と諸侯が戦争を回避することは不可能になった。

 王国は可能な限り、外交によって戦争を避けようとしていたが、あくまで諸侯は王国の味方にはならないつもりのようであった。

 諸侯の意思は必ずしも一致したものでない事は明らかだった。しかし、だからといってそのような曖昧な状況で魔王軍と決戦する事は、精神的にも軍事面でも耐えられない事だった。


 さらに、諸侯はすでに軍を出していた。およそ二十万である。

 これがもし、敵として本格的に戦う事になれば、魔王軍と含めて百万に達する。

 そして、王国軍の方針は一貫していた。諸侯軍を一週から四週間のうちに打倒、諸侯領地の様々な資源を確保し魔王軍との戦争を有利に進めるというのものだ。


 王国暦一二〇六年九月十二日、諸侯からの最後の使者が王城に到着し王と対面した。

 使者が渡した書状は、王国からの独立を求めるものであり、到底受け入れられる内容でなかった。使者は西へ帰還した。アンブールはこれを機に諸侯軍が行動を開始するものと見た。

 すぐさま魔王軍側に展開していた第一から第八軍の中から、いくつかの師団を引き抜き、第九軍を組織した。軍司令官はアンブールである。

 その兵力は制限された。

多くの女性達が徴兵の基準から逃れる為に結婚した。さらに、年齢の基準が通常の人種であった為、エルフなどの長命種やその他の短命種は十分に兵役に耐えうる年齢でも令状が届いていない場合が多かった。その為、予定数の二百万人には遠く及ばず、百五十万前後しか徴兵されなかった。


 そして、九月十三日の時点では東部方面に展開していた軍の兵力は百四十二万であった。

 ここから引き抜いた諸侯征伐隊すなわち第九軍の兵力は十五万に限られた。内約は六個歩兵師団と、四個騎兵師団である。

 アンブールは、王の側近達に「速さが肝要であるラ・ヴィテーセ・ヴィタール」と常々語っていた。

 準備期間はわずかに三週間もないほどだったが、彼の思想が正しい事はすぐに証明される事になる。

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