第19話 雨
私は試験場を見学した後、銃砲を製作する工場に連れていかれた。
この工場は三年前に建設されたもので、設備は新しい。この国の工業力を持ってすればさらに良質で大規模なものを建てることが出来る、とビザールは言う。
工場ではドワーフの比率が多いように見られた。
「今夜にでも、魔術をこれらの機械に組み込んだものを設計してみます」
ビザールは仕事の早い男だった。
「東の小国家群では既に“蒸気機関”とやらを紡績機械に組み込んで自動化を計っているらしいですが、魔術の方がより効率的でしょうね」
ここで、少し考えた。この世界で既に産業革命が起こっている可能性についてだ。敵は二十五万という大規模な部隊に十分な兵器を与えて運用している。これほどの工業力があるとなれば、よほどの難敵なのかもしれない。
王国も二百万人に動員命令を出すほどには工業力はあるようだが、今のところはそうは思えなかった。
夜になると、宮廷の華やかな晩餐に招待を受けた。しかし、ここで私の興味を引いたのはミレイユ姫のみである。それ以外の女性は美しい人が多かったが、魅力ではミレイユ姫には敵わないだろう。
何度か話しかけようとしたが、躊躇った。
ジョフルは苦悩していた。次第に、司令官としての自らの資質を疑い始めたのである。元々、魔王軍侵攻の際の混乱で、成り行き的に決まったものだったからだ。
だが、九人の騎士長のうちの誰かが野戦軍総司令官についたとして、これまでの戦いを統率の取れたものにできるかは、怪しいものだった。
バルションとボンセルとフレマルは若すぎるし、ショーフォンテーヌとフルロンとオローニュはまだ経験が浅い、エヴェネーとロンサンは年齢的におそらく執務に耐えられない。アンブールについては、王都の大臣連中から嫌われすぎているし、諸侯との因縁もある。
つまり、全ての面で調和が取れているのが自身であると、ジョフルは考えた。
「集結は順調です」
副官が告げる。
「うむ……焦土作戦は?」
副官は地図を机に広げた。王都以東の地図だが、至る所にばつ印が書き込まれていた。
「昨日の時点でこれだけが完了しています」
焦土作戦を実施しているのは私のアリスプ騎兵団である。
しかし、この翌日、天候によって様々な計画は変更せざるを得なくなってしまった。
雨が降ったのだ。それも一週間、滝のような雨が降った。
天然の防御陣地として味方するはずだった河川は、氾濫を起こし、物資を流し去った。
薬包は湿気り、王国のライフルは使用不可となってしまった。焦土作戦も、雨によって火が回らず一時的に停止された。
第一次セダン攻防戦から四日が経過したその日、ジョフルはさらなる撤退を各軍司令官に告げた。
どの九人の騎士長も、反対はしなかった。
騎兵偵察はかなり有益な情報を王国軍将校にもたらした。
魔王軍は一週間の豪雨により、泥濘に足を取られ、思うように前進できていないという。これは朗報である。
だが、もう一つ重大な情報がある。
東の国境線付近まで進出した騎兵偵察隊がそれを見た。
「あれは……」
「なんという数だ」
彼等の目の前には草原が広がっていたが、地平線からそれを覆い尽くすほどの数で軍が前進している。魔王軍の新手らしかった。
結局、彼等はこの魔王軍の数を数え、集計し、アリスプに伝えた。
アリスプはその報告を聞いて驚愕した。
東部国境より、六十万の魔王軍が国境を進出して来ていたのである。




