第1話 勇者復活
全身が痛む。かなりの速さでぶつかったのだし、無理もない。誰かが介抱しているようだが、眩しくて目が開けづらい。
「おい、しっかりしろ!」
「生き返った! よかった!」
生き返ったって、私が事故にあったくらいで死ぬものか。死に場所は戦場と決めているのだ。でなければ大往生を遂げてやる。私を陥れた誰よりも長く生きて奴らに目にもの見せてやる。ここから私の反撃が始まるのだ!
「戦場のど真ん中で寝っ転がってんじゃねえ!」
戦場だと?
私は目を開けて確認した。
女が私の腹のあたりを押さえている。介抱してくれたのは彼女だろう。鎧を着込んだ男が剣を持って兵を切り捨てている。友軍と思わしき兵士も剣や槍を持っている。
お? 銃を誰ももっていないとは、随分とロートルな連中だな。
いやしかし、戦場とはどういう事だ? 私はモスクワで死んだはずだ。
「敵が退くぞー!」
「今のうちだ、早く立て勇者!」
私はふらつきながらも急いで立ち上がった。私も鎧を着ているようだ。
「一旦、王都に戻りましょう」
「そうだな」
一行は列を作って歩き出した。五十人ほどいるが、全員が鎧を身につけている。鉄帽は単純な作りで丸く、鼻のあたりまで金具が伸びている。鎧は汚れてはいたがその奥には丁寧な装飾が伺えた。首や肘、膝など鉄板で覆えないところは鎖帷子である。
おい、モスクワじゃないだろう、これ。
道中、介抱してくれた女と会話したくらいで、それ以外は全く話さず歩いた。五時間ほど歩いたところで、“王都”と呼ばれる都市に到着した。人々は私達を歓迎してくれた。花束を貰っている兵もいたし、ハンカチを受け取るものもいた。あと私は握手を求められた。
こいつら衣装が微妙にロシアと違うな。
いや、おいおいおい。なんだここは。ロシアじゃない。むしろフランスなどを彷彿とさせる街並みだな。冷静になっている場合か。とりあえずこの男に聞いてみよう。
「おい! ここはどこなんだ!」
「今回の戦果を王に伝えるからお前も来るんだぞ」
こいつはなんなんだ。話が通じていない。
「答えろ! 貴様の名前はなんだ!」
「なにバカな事いってやがる。いっぺん死んで頭がいかれたか?」
口が悪いな。いや、そんな事よりも、辻褄が合わんじゃないか。
あれこれ考えているうちに大きな城の目の前に来た。
それはそれは大きい。薄灰色のレンガの壁に濃灰色の屋根。所々、銃眼のような穴もあるな。
兵士達とは別れ、我々三人で城内を歩いた。
「あの……」
女が何か言おうとしている。
女の名はリーズと言うらしい。いい響きだ。リーズは黒いマントを自らを隠すようにして着ている。大きな黒い帽子には紫のリボンがついていてなんとも可愛らしい。まあ、その帽子のせいで顔がよく見えんのが残念だが。
「ああ、心配なさらないでください。今回の戦いの功労者はあなたですから」
「はい……」
なんだこの男はろくに話を聞きもしないで。いや、私もぐちぐち言うのはいけないな。
「おい、本当にここはどこなんだ……答えろ」
「勇者……いい加減にしろ、これから謁見なんだぞ」
おお、気づけば扉の前に着いた。どれだけ考え込んでいたんだ私は。
この城は大きい割にはそれほど豪華な内装ではない。赤のカーペットが美しいところくらいか。
城内の兵士は鎧はつけておらず、真っ赤なズボンに青い上着を着ていた。おそらく礼装だ。
ロングソードを腰に下げ、直立して扉を守っている。
扉がゆっくりと開かれ、王座のある大きな部屋に出た。天井は特別高く、美しいモザイク画が描かれていた。
私達三人は王座の前まで歩き、跪いた。
「頭をあげよ」
老人の侍従が言った。
「今回、王都周辺にまでやってきた魔王軍を撃退なされた騎士と勇者、そしてそれを助けたものです」
王へ説明しているようだ。
王制は共産主義国家にあってはならない。革命によって彼らは弾劾しなければならない。が、今はその時ではない。
私は狼狽していた。
夢であるならばすぐに目を覚ましたい。しかし、そういうわけにはいかないらしい。
「僭越ながら、ご報告させていただきます」
男は王に事の起こりから、勇者が倒れ、通りがかりの女、つまりリーズが勇者を蘇生し、ここに帰還するまでを話した。
私の記憶にそんなものはないのだが。
「なるほど、大変だったようだな」
「はっーー」
「勇者よ、傷を癒し今後も励んでくれ」
うーん、なにやら怒りがこみ上げてきた。なぜ私が王の下にいなければならんのだ。人は皆平等ではないのか。王制なぞ革命の徒の前に崩れ去ることだろうが。
ここはしっかりと今の状況を報告しよう。
「僭越至極にございます、が私は困惑しております……何せ私は勇者でないのですから」
男が睨みつけるのが横目でわかった。
しかし、私は続けた。
「私は本来、この国の勇者ではなくロシアの軍人です」
「ん? 何が……?」
愚かなる王は理解できていないようだ。
「どういうわけかこの世界で目覚めたので、それ以前の記憶はございません」
「あの……」
リーズが私の話をさえぎろうとしているが、それは無視した。
「ですから、この世界における私の名前も存じませんし、この世界の常識も存じません」
「クソ野郎……王の前で何を……」
空気が張り詰めるのがわかった。
男はおそらく怒っている。王は理解できていない様子だが、侍従の数名は理解し、事の重大さに気がついたようだ。
私は開き直って助けを求めることにした。が、その前にリーズが説明した。
「あの!」
全員の視線がリーズに集まる。
「勇者様の蘇生……失敗したかもしれません」
リーズが語り始めた内容は驚愕すべきものであった。
まず、勇者を蘇生させる際に使用したのが、魔法だというのだ。彼女自身、魔女だと言う。
「人が死ぬと、魂が離れていきます……私が使ったのはその魂を元の体に戻す魔法です」
「ほほう、続けてくれ」
王は感心しているが、不安そうな顔つきである。
「そして今回、私はその魂を間違えてしまったようなのです」
私は狼狽した。私は魂という存在になっていたという事はつまり、私は死んだと考えていいだろう。
念の為、聞いてみる。
「いや、まて、つまり私は死んだと言う事じゃないか」
「そうなりますね……」
話はそれ以降も続いた。私は平静を装っていたが、心中は狼狽しっぱなしであった。
結論としては、真の勇者の魂はどこかへ消えてしまい、この身体に私の魂が入ったのである。
王があまりにも混乱したため、侍従の取り計らいで話は別の機会にする事になった。
「王との謁見は一旦取りやめである……退室し給へ」
「はっーー」
「今日はご無礼致しました」
ひとしきり挨拶をして礼をし、部屋を出ようと歩き出そうとすると、扉がおもむろに開けられた。
「敵襲!」
真っ赤なズボンに青の上着、そして背嚢を背負い土埃にまみれた兵士が叫びながら入って来た。
「何があったのだ」
侍従は取り乱さず問う。
「魔王軍です! 魔王軍20万が国境を超え王都に向けて進軍中!」
この世界に来てから最初の仕事が始まろうとしていた。