表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/43

第1話 勇者復活

全身が痛む。かなりの速さでぶつかったのだし、無理もない。誰かが介抱しているようだが、眩しくて目が開けづらい。


「おい、しっかりしろ!」


「生き返った! よかった!」


生き返ったって、私が事故にあったくらいで死ぬものか。死に場所は戦場と決めているのだ。でなければ大往生を遂げてやる。私を陥れた誰よりも長く生きて奴らに目にもの見せてやる。ここから私の反撃が始まるのだ!


「戦場のど真ん中で寝っ転がってんじゃねえ!」


戦場だと?

私は目を開けて確認した。

女が私の腹のあたりを押さえている。介抱してくれたのは彼女だろう。鎧を着込んだ男が剣を持って兵を切り捨てている。友軍と思わしき兵士も剣や槍を持っている。

お? 銃を誰ももっていないとは、随分とロートルな連中だな。

いやしかし、戦場とはどういう事だ? 私はモスクワで死んだはずだ。


「敵が退くぞー!」


「今のうちだ、早く立て勇者!」


私はふらつきながらも急いで立ち上がった。私も鎧を着ているようだ。


「一旦、王都に戻りましょう」


「そうだな」


一行は列を作って歩き出した。五十人ほどいるが、全員が鎧を身につけている。鉄帽は単純な作りで丸く、鼻のあたりまで金具が伸びている。鎧は汚れてはいたがその奥には丁寧な装飾が伺えた。首や肘、膝など鉄板で覆えないところは鎖帷子である。



おい、モスクワじゃないだろう、これ。


道中、介抱してくれた女と会話したくらいで、それ以外は全く話さず歩いた。五時間ほど歩いたところで、“王都”と呼ばれる都市に到着した。人々は私達を歓迎してくれた。花束を貰っている兵もいたし、ハンカチを受け取るものもいた。あと私は握手を求められた。

こいつら衣装が微妙にロシアと違うな。


いや、おいおいおい。なんだここは。ロシアじゃない。むしろフランスなどを彷彿とさせる街並みだな。冷静になっている場合か。とりあえずこの男に聞いてみよう。


「おい! ここはどこなんだ!」


「今回の戦果を王に伝えるからお前も来るんだぞ」


こいつはなんなんだ。話が通じていない。


「答えろ! 貴様の名前はなんだ!」


「なにバカな事いってやがる。いっぺん死んで頭がいかれたか?」


口が悪いな。いや、そんな事よりも、辻褄が合わんじゃないか。



あれこれ考えているうちに大きな城の目の前に来た。

それはそれは大きい。薄灰色のレンガの壁に濃灰色の屋根。所々、銃眼のような穴もあるな。

兵士達とは別れ、我々三人で城内を歩いた。


「あの……」


女が何か言おうとしている。

女の名はリーズと言うらしい。いい響きだ。リーズは黒いマントを自らを隠すようにして着ている。大きな黒い帽子には紫のリボンがついていてなんとも可愛らしい。まあ、その帽子のせいで顔がよく見えんのが残念だが。


「ああ、心配なさらないでください。今回の戦いの功労者はあなたですから」


「はい……」


なんだこの男はろくに話を聞きもしないで。いや、私もぐちぐち言うのはいけないな。


「おい、本当にここはどこなんだ……答えろ」


「勇者……いい加減にしろ、これから謁見なんだぞ」


おお、気づけば扉の前に着いた。どれだけ考え込んでいたんだ私は。

この城は大きい割にはそれほど豪華な内装ではない。赤のカーペットが美しいところくらいか。

城内の兵士は鎧はつけておらず、真っ赤なズボンに青い上着を着ていた。おそらく礼装だ。

ロングソードを腰に下げ、直立して扉を守っている。


扉がゆっくりと開かれ、王座のある大きな部屋に出た。天井は特別高く、美しいモザイク画が描かれていた。

私達三人は王座の前まで歩き、跪いた。


「頭をあげよ」


老人の侍従が言った。


「今回、王都周辺にまでやってきた魔王軍を撃退なされた騎士と勇者、そしてそれを助けたものです」


王へ説明しているようだ。

王制は共産主義国家にあってはならない。革命によって彼らは弾劾しなければならない。が、今はその時ではない。

私は狼狽していた。

夢であるならばすぐに目を覚ましたい。しかし、そういうわけにはいかないらしい。


「僭越ながら、ご報告させていただきます」


男は王に事の起こりから、勇者が倒れ、通りがかりの女、つまりリーズが勇者を蘇生し、ここに帰還するまでを話した。

私の記憶にそんなものはないのだが。


「なるほど、大変だったようだな」


「はっーー」


「勇者よ、傷を癒し今後も励んでくれ」


うーん、なにやら怒りがこみ上げてきた。なぜ私が王の下にいなければならんのだ。人は皆平等ではないのか。王制なぞ革命の徒の前に崩れ去ることだろうが。

ここはしっかりと今の状況を報告しよう。


「僭越至極にございます、が私は困惑しております……何せ私は勇者でないのですから」


男が睨みつけるのが横目でわかった。

しかし、私は続けた。


「私は本来、この国の勇者ではなくロシアの軍人です」


「ん? 何が……?」


愚かなる王は理解できていないようだ。


「どういうわけかこの世界で目覚めたので、それ以前の記憶はございません」


「あの……」


リーズが私の話をさえぎろうとしているが、それは無視した。


「ですから、この世界における私の名前も存じませんし、この世界の常識も存じません」


「クソ野郎……王の前で何を……」


空気が張り詰めるのがわかった。

男はおそらく怒っている。王は理解できていない様子だが、侍従の数名は理解し、事の重大さに気がついたようだ。

私は開き直って助けを求めることにした。が、その前にリーズが説明した。


「あの!」


全員の視線がリーズに集まる。


「勇者様の蘇生……失敗したかもしれません」


リーズが語り始めた内容は驚愕すべきものであった。

まず、勇者を蘇生させる際に使用したのが、魔法だというのだ。彼女自身、魔女だと言う。


「人が死ぬと、魂が離れていきます……私が使ったのはその魂を元の体に戻す魔法です」


「ほほう、続けてくれ」


王は感心しているが、不安そうな顔つきである。


「そして今回、私はその魂を間違えてしまったようなのです」


私は狼狽した。私は魂という存在になっていたという事はつまり、私は死んだと考えていいだろう。

念の為、聞いてみる。


「いや、まて、つまり私は死んだと言う事じゃないか」


「そうなりますね……」


話はそれ以降も続いた。私は平静を装っていたが、心中は狼狽しっぱなしであった。

結論としては、真の勇者の魂はどこかへ消えてしまい、この身体に私の魂が入ったのである。


王があまりにも混乱したため、侍従の取り計らいで話は別の機会にする事になった。


「王との謁見は一旦取りやめである……退室し給へ」


「はっーー」


「今日はご無礼致しました」


ひとしきり挨拶をして礼をし、部屋を出ようと歩き出そうとすると、扉がおもむろに開けられた。


「敵襲!」


真っ赤なズボンに青の上着、そして背嚢を背負い土埃にまみれた兵士が叫びながら入って来た。


「何があったのだ」


侍従は取り乱さず問う。


「魔王軍です! 魔王軍20万が国境を超え王都に向けて進軍中!」


この世界に来てから最初の仕事が始まろうとしていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ