第18話 人格破綻者
ゴブリンという種属は通常の人間と違い、肌に色が付いている。緑であったり、紫であったり、さらには小さなツノが頭部に一つ、もしくは二つ生えていた。別の国では「鬼」とも呼ばれているらしい。
そんな彼等だが、発想の豊かさと独創性にかけては人間のそれを超えていた。だが、次元が違うほどではない。平均的な知能は人間とそれほど変わらない為、ゴブリンの文明と人の文明に明確な優劣がある、という事にならないのである。
だが、このビザールという緑のゴブリンは、天才と呼ばれるに相応しかった。
「で、所長? 彼等は何をしにここへ?」
「ああ、魔法について聞こうと思ってな」
「魔法? 魔法……! なるほど、それは気になりますね!」
予想外であった。魔法が使用されて三日と経過していないにも関わらず、既に彼等に情報が回っている。
ビザールは片眼鏡を外し、ポケットから布を取り出し、拭き始めた。
「待てそんな話は……」
条件反射的に断りそうになるが、魔術革命という文字が頭をよぎる。これは好機だ。
「せっかくですから、中に入ってください」
「……そ、そうだな」
私とリーズは二人のゴブリンに連れられて、煩雑とした部屋に来た。
「Drビザールの研究室です。ここならば他の者に話を聞かれる心配はありません」
「どうぞ、座って」
随分と強引に、話を聞くことになった。いや、むしろ私が話さなければならんのか?
ビザールは拭き終えた片眼鏡を再びかけて、皮の帽子を取った。
リーズの右側に私は座った。応接用の長椅子のようだ。所長とビザールは、木製の背もたれのない椅子に座った。部屋には窓がない。つまり自然光は届かず、ガス灯と蝋燭の灯りのみである。
「いやー、当方の研究員がー、たまたま、偶々ですよ? 勇者軍のテントにお邪魔する機会がありまして、そこで魔術に関しての説明がちょっ……と聴こえていまして」
「……」
「私のせいで……」
リーズが呟いた。私は腕を組んで頭を横に振った。
「そこでですね、我が研究所で本格的な研究を行おうということになりまして」
「随分と勝手に決めてしまうのだな?」
少し、苛ついている。
「いやー、申し訳ないですー」
「そちらのお嬢さんが、魔女?」
「ああ」
皆の視線がリーズに集まる。
「えっ……リーズと云います。よろしくお願いします」
魔女は形式的な挨拶をした。
「魔法というのは、およそ三百年前の資料に登場してましたけど、これと相違点はあるのかい? ん?」
そういうと、カビだらけの本を机の上に置いた。埃が舞い、リーズが咳き込んだ。私は更に苛ついた。
「勇者様、少しよろしいですか?」
リーズと私は一旦、退室して、小声で会話をした。少女は不安を打ち明けてくれた。彼女が育った村、群ともいう遊牧民は魔法を代々伝え、研究し、魔法をより洗練されたものにしてきたが、それらを全て伝えてしまうのは気がひけるという。
何より、彼等の態度がリーズを不安にさせているという。
だが、完全に拒否してしまうつもりではないようだった。彼女も、魔法の有効性とそれをより一般的なレベルで広げる事の意義がわかっていた。そこで、「刻印と物体を操ること」に関しての情報を伝える事にした。彼女には何やら考えがあるようだった。
「お話は済みましたかな?」
「はい……」
「早く教えてくれますか?」
このビザールという男は、態度がとことん悪かった。人格破綻者めが。
「急かすんじゃない」
所長はビザールを制止した。
「教えてあげましょう……しかし、条件があります」
リーズはしっかりと前を向いていた。
“王都”と一般的な王国民から呼ばれるこの大都市は、別名がいくつかある。その一つが“要塞都市”である。
この都市は外敵からの防御も考慮されて作られていた。
およそ千二百年前、この都市が作られた始めの頃は木製の柵と壁に外周に空堀があり、人口も千人程度で大きい街では無かったが、時代を経るに連れて徐々に改良され、石造りの星形要塞になり、そしておよそ五十年前の改修で、セメントをふんだんに使った構造になった。
要塞の外縁部には三角、もしくは五角形の堡塁を多数配置し、死角のないように作られている。堡塁の外面には銃眼が多数あり、敵からの銃撃が届かない堡塁の内側には、臼砲や野戦砲などの砲台が並んでいる。
東西十六ディスタ、南北におよそ二十二ディスタの要塞都市は楕円形をしている。
ここで、思い出した事がある。
ミレイユ姫の事だ。あの美しい姫君を忘れていたとは、記憶力が著しく下がっているのだろうか。
「どうです? 素晴らしい試験場でしょう?」
所長が叫んだ。要塞都市の西側は広い丘陵地となっており、そこに王立兵器研究所の試験場がある。
私達が来てから、既に約五十発の砲撃試験が行われていた。
「今発射したのは先端部を絞り込んで空気抵抗を減らしたものです! 仰角は最大でしたがこれまでのものより……」
ビザールの説明が頭に入らない。
ミレイユ姫のあの一瞬の表情が、私の思考力を著しく落とした。
「続いて新式カノン砲です! これは前装式でなく、ネジを利用した後装式のもので……」
ビザールは片眼鏡と帽子を抑えて言った。
「ただ、やはりガス漏れがかなり多くてですね!」
新式カノン砲とやらが発射されたが、砲弾を打ち出した途端、砲身が凄まじい勢いで後退し、後尾から漏れたガスで砲手の一人が吹っ飛んだ。
「後退要員持ってこーい……続いては金属薬莢の試験です! 新式カノン砲にこの金属薬莢を使用する事でガス漏れを防ぐ事ができると……」
随分とうるさい男だ。
相変わらず思考力は回復しない。
今度は発射された途端に尾部の閉鎖機が吹き飛び、砲を操っていた砲兵が数名吹き飛んだ。
「あーあー、やっちゃったよ。やっぱ強度足りんのかー! 次持ってこーい!」
彼にとって人命とは綿飴のように軽いものだった。
人格破綻者と私との出会いは最悪なものだった。