第17話 王立兵器研究所
「やあ」
神はコーヒーを飲んでいた。
いつも書類にサインしていたから、少し珍しい光景である。
「いやあ、一息つこうと思ってねー。疲れるねえ」
「そうだな」
何のためにこの空間に再び呼び出されたのか、少し疑問だ。
「呼び出した理由はね、君があんまり働いていないからだよ」
「なに?」
「だって、焦土作戦をするのは納得できる」
主題に移ったようだが、急である。
話を聞いてみない事にはわからないな。
「だけれど、焦土作戦っていうのは主戦力の保持が必要なはずだ。その後の決戦で必要になるからね?」
「その点は……大丈夫だ」
「説明してくれるかな?」
「まず一つに、戦術というのは兵器の変遷によって頻繁に変わる。そして、王国軍が魔王軍に勝つには、新兵器が必要になる」
話の主題から、少し逸れてしまった。
「まって、考えさせて」
「……」
なんなんだこの神は。
「わかった! 君はスターリンの粛清を敵に肩代わりして貰っているんだね」
「違う」
いや、そうかもしれないが、違うと言いたい。
「あまりに技術の飛躍があると、軍人であってもそれについていけない時があるのだ。だが、素人は違う。教えられた技術が最新のものであっても、それまでの軍事常識にとらわれない」
「今度の徴兵だね」
「ああ。王国の徴兵は我がソビエトと同じように大規模なものらしいからな。兵力の点では心配していない」
兵器の更新の際、既存の物を回収し、処分してから新兵器を導入するのだが、戦闘で既存の兵器を消耗しきれば、手間を省く事ができる。
それは頭の固い士官達も同じだ。なまじ階級が上であるために、処分する事が難しい場合がある。が、戦死すれば話は別だ。
名誉の戦死を遂げた本人は、その後尊敬の念を持って敬われ、生き残ったものは自らの無能に溺れて死んでいった者の代わりに、優秀な人材を任命すれば良い。
なるほど、私がスパイ容疑をかけられた理由はこれだったのか。ナチどもと大戦争になってからでは遅いからな。スターリンというのも曲者だ。
「ふふふっ、随分面白い考えだね。戦力は後方で準備中で、頭の固い無能どもは前線で血と肉を賭けた時間稼ぎ……」
「そういえば、私は何故この国の言語を話せるんだ?」
「そりゃあ、身体が勇者だからね」
神が言うには、この世界にやってきたのは私の魂のみで、そこに含まれた情報以外は上書きされず、勇者の身体に残るらしい。
謁見の際の所作など、この身体が覚えていた事もある程度は理解できた。
「なるほど」
神は書類の山から、一枚手に取った。
しばらく眺める。私は特に話す事もなく、ウロウロと歩き回った。
そして、神は言った。
「魔術革命だけれど、早く王都に戻った方がいい。時間は限られているのだから」
気づけば朝になっている。馬上である。
アリスプ騎兵団と、私の手持ちの騎兵隊には焦土作戦の本格的な実行を支持した。セダンの戦い終了直後の焦土作戦は、平原から段階的に行うものだったが、今回は東部国境から王都まで全ての村や街、畑と、そしてインフラの完全な破壊である。
神の助言の為、私は王都に戻る事にした。戻る、という表現であっているのかわからない。
一軍の将が、なんの通告もなしに後方に帰るというのは、将兵の士気と、指揮系統の面からいって良い事ではない。あくまで野戦軍総司令官ジョフルの命令で、王都に戦場の様子を伝えに行く……この程度の言い訳は欲しいところだ。
ジョフルに“相談”してみたところ、良い返事が貰えた。
だが、時間はない。王国軍は前線を“エルヌ川”としたが、平原から徒歩行軍で三日とかからない距離だ。その上、多くの王国軍兵士は武器を捨てて逃げ帰っており、到底戦闘が行える状況ではない。
次の戦いも、これまで通り容易ならざるものになるのは、明白であった。
ここでも魔女は便利である。
「王都までなら、二時間ほどで着きますよ」
時間距離が彼女のみ、この時代の水準から超越していた。私と侍従とを、魔力によって浮遊させ、高速で空中を移動し、きっちり二時間で王都に到着した。
王はまだ宿営地から街道を向かってきている途中であり、この時の王城の主は女王だった。
「先の戦闘で、十万の王国軍のうち、およそ二万が……」
私は女王陛下に、戦闘の大まかな流れを説明し、今後の方策を伝え、彼女の不安感を拭い去る努力をした。
女王陛下への謁見が終わった。しかし、神から言われて来てみたものの、なにをすれば良いのかいまいちわからない。時期尚早だったか。
「勇者殿」
呼び止めたのは、ゴブリンの男だった。
「私は王立兵器研究所にて所長を務める者です」
「兵器研究所?」
「はい。少しお話ししたい事がありまして……」
私と魔女の二人で彼はついて行った。侍従は、親族と食事をとりに行った為、この時はいない。
王立兵器研究所というのは、王都の西の丘陵地にある。兵器試験場も備えてあり、敷地面積は王城を超える大規模なものだった。
移動は徒歩だったが、一時間もかからないうちに、赤い煉瓦造りの建物までやって来た。
三階建てで、屋根は黒い。窓は必要最低限の日差しと外の空気を取り込む以外の機能はなく、装飾も目立ったものはない。
中に入ると、男が立っていた。緑のゴブリンである。片眼鏡をしており、革製の帽子を被っていた。
「ひひひひひっ、こんにちは勇者。新兵器の威力はどうだい?」
独特な引き笑いは、不気味であった。緑の肌は何故か煤で汚れている。それに新兵器、というのも私はまだ見ていない。
「名を名乗っていただけるかな?」
「え? おれ? あー。おれの名はビザール、Drビザールと皆は読んでるよ、ひひっ」
彼は、兵器開発において「神に憑かれていた」と呼ばれるほどの成果を出す事になる。そして、魔術兵器においても、彼の才能は遺憾無く発揮された。