第15話 魔王軍の砲火
前回投稿から、二週間ほど開いてしまいました。申し訳ありません。
牢に数名の男女が捕らえられている。四騎の騾馬で引ける大きさで、それほど広くはない。
東からは砲声が聴こえてくる。
周辺を三人の兵士が見張っていた。
「ペルダンさん、一体どういう事なんでしょうか」
カリーネは自らが置かれた状況に疑問を抱いた。魔王軍の包囲環から脱出した自分達が、なぜ王国軍に捕らえられなければならないのか。
ペルダンはカリーネの目を見たが、すぐに外を向いた。
「おい、そこのお前」
見張りの兵士にペルダンが話しかけた。
「おい! こっちを見ろ!」
「……くそ、なんだよ」
「私は王国軍のペルダンだ。お前らはどこの部隊だ」
「諸侯軍だよ。ピレネーの隊だ」
見張りは意外にも正直に答えてくれた。
ピレネーというのは、王国の南に連なる山脈の西の地名だ。
「何話してるんだ。見つかったら罰食らうぞ」
別の兵士が注意する。
「ここから出してくれないか? 味方同士だろう」
「ダメだ! バレたら家族が……」
そこまで言ったところで、物音がした。
草むらを掻き分けて何かがやってくる。これも、どうやら兵士である。
「いやはや、王国軍と名乗るものはここかな?」
戦場には不釣り合いな。装飾を施した服を着た男が、ペルダンを見下すように言った。
目は釣り上がっているが、魔物ではないようだ。
先頭の兵士の後ろに、貴族がいた。この貴族は、諸侯に援助資金を提供しており、王国貴族の中でもそれなりに地位が高いらしい。
「私は王国軍のペルダンです。ここを出していただけませんか?」
「魔王の俗衆のくせに、生意気に王国の言葉を話しよる」
彼は快活に笑った。糸のように目が細くなる。
「王国軍? その服装で?」
たしかに、ペルダン達は軍人の服装ではない。平民以下の服装だ。しかし、彼の顔はある程度は知れ渡っていた。何せ重装歩兵隊の隊長格である。この貴族がペルダンの事を知らないのか、それとも故意にやっているのかはわからない。
「貴様らはしばらく檻の中で過ごすのだよ」
ペルダンは牢の鉄格子を殴りつけた。
「おや、そこの女は……?」
カリーネに目をつけたようである。
「エルフじゃないのか?」
この世界には、様々な種族がいる。人間、獣人、鳥人、エルフ、ドワーフ、ゴブリン等々、王国軍の場合はその半数が人間で、それ以外の種族が半数を占めていた。
ペルダン達、護衛の重装歩兵は彼女がエルフであるという事に、全く気が付かなかった。それはカリーネ自身がその事実を隠す為に、肩まで伸びた髪で特徴的な尖った耳を隠していたからだった。
しかし、どういうわけなのか、この貴族にはそれがわかった。耳以外でエルフと人間の相違点というのは、外見上では全くない。
それに、一緒に脱出した少年はエルフではなかった。
「エルフなら話は別だ。私が雇ってやろう」
その時、伝令の騎兵が草むらから飛び出て来た。全員の視線が騎兵に集まる。
「伝令! アンブール卿より伝令!」
貴族は明らかに機嫌を悪くした様子である。
「なんだ? こんな時に」
「アンブール卿より、『撤退を行う。ピレネーの隊は殿軍』だそうです! 」
この伝令は貴族の私兵であるらしく、アンブール軍の司令部に報告した帰りに、伝令を任された。
「糞! こいつらを連れてこい。私は少し出かける」
貴族は草むらを掻き分けてどこかへ行ってしまったようだ。
前線において、兵士達にとって最も驚異だったのは魔王軍の砲撃である。
王国軍は、撤退する魔王軍を追撃したが、その度に猛砲撃を受けて立ち往生した。そうしてほぼ全ての軍が停止したところで、魔王軍が撤退をやめ反転し、一挙に攻勢に出た。
王国野戦軍総司令ジョフルの性格として、不必要な損害は避けるところがあった。そのため、各軍にそのまま撤退し、宿営地周辺まで前線を下げる事にした。
しかし、魔王軍の追撃は執拗を極めた。
王国は徒歩で撤退する部隊が大半だったが、それらに対して魔王軍は、十八番の砲撃と騎兵隊の突撃を行い、王国軍は潰乱を起こした。
包囲環突破のための“釘”の背後に、包囲されていた四万が連なったが、彼らは突出部になってしまっていたため敵砲火が集中し、損害が激増した。私の隊を除いて、である。
魔女リーズによって我が勇者軍正面の敵部隊は、完全に動きを止めていた。
数時間の戦闘で、敵も疲弊し、魔女に恐怖し、積極的な攻勢には出なくなった。しかし、撤退の命令が届いた為、一度、前進をやめさせた。
すると、王国軍の動きが変化した為か、私の元に魔女が戻ってきた。
「勇者さま、王国軍は撤退するのですか?」
「そのようだ……リーズ、よく頑張ってくれた。ありがとう」
「い、いえ……」
少し頬を赤らめているようだ。
侍従は私の馬を引いて、三歩下がった位置にいる。
魔女の服は少しも汚れておらず、疲れもそれほどではないようだ。
「これから丘に行こうと思うが、付いてきてくれるか?」
「何をしに行かれるのです?」
侍従が聞いてくれた。
「偵察だよ」
「それでしたら、私が空に上げましょうか?」
「空に……?」
人生で初めて、生身で空を飛んだ。魔女に空を飛ばせてもらった、というのが正しいかもしれない。
上空三百レヒまで上がると、戦場を一望することができた。
上空で地図を広げ、友軍と敵の位置を書き留めた。
その後は、各隊長を集め、今後の方針を伝えた。
一通り話したところで、我が隊に付いている騎兵隊の隊長が言った。
「勇者殿、提案があります」
「なんだ?」
「現在、敵後方で撹乱行動をしているアリスプの騎兵隊でもって、敵に圧力をかけてはいかがでしょう」
アリスプという名の大佐に騎兵一万を任せてあり、彼に与えられた任務は敵兵站の破壊と、戦闘行動の妨害である。
王国軍の中で、唯一自由に動ける部隊でもあった。
「なるほど、いい案だ。しかし、ちょっかいを出すにしても敵の堅くない場所を当てなければな」
このアリスプ騎兵団は一万という規模だが、魔王軍の防御が堅牢な箇所に攻撃すれば、ともすれば、一瞬で消滅してしまえる。
「アリスプは慎重で冷静な奴です。入念に偵察をするでしょう」
「現在位置の予測は出来るか?」
「おそらくですが……ここ」
我が勇者軍の右にいるバルション軍から、東に二十ディスタほどの位置を指差した。
ちらりと魔女の方を見る。
「飛んで行ってくれるか?」
「はい、勿論です」
献身的な魔女のお陰で、王国軍の窮地を救えるかもしれない。