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第12話 初陣の時

 王国軍は戦術も、戦略も、兵器も、何もかも前回と変わりはない。唯一違っているのは、前回のセダンの戦いよりも兵数が減っている点だ。


 既に全軍が接敵し、戦闘が始まっていた。

 私の手持ちの軍のほとんどは、騎兵偵察もしくは敵の後方撹乱に使っている。

 正面の敵は四万、こちらは十二万であり、すぐに中央を突破する事が出来た。だが、この数時間の戦闘で既に二万の死傷者を出していた。敵の被害はわからない。

 包囲されている味方も気づいたようで、銃声が包囲環の内側からも鳴り響いてくる。

 四万の敵を突破すれば、包囲している十八万のうち、西側のおよそ五万の背後に出るはずである。この程度ならば、突破出来ないわけではない。


「我が隊の正面敵兵力はおよそ二万! 敗走する歩兵が多数!」


 騎兵が私に報告してくれた。こちらの血も大量に流れたが、それに見合う結果が出そうだ。

 二千の騎兵と八千の歩兵しかいないが、敵が退いているのならば、友軍に合わせて前進して良いだろう。

 前線を突破された敵四万は、左右に分かれて逃げ散った。そのうちの半分が我が隊の前方にいる。

 そして、敵が敗走している今こそが、容易に魔女の威力を試せるチャンスだと考えた。


「リーズ、行けるか?」


「はい」


 魔女は私と共に馬に乗っていた。

 彼女は手を東の空に向けた。その方角を見てみると、何かが飛んできていた。

 馬がいななき、前足を蹴り上げた。

 飛んで来ていたのは、杖である。彼女は、飛び込むようにしてやってきた杖を掴み、馬を降りた。


「第三歩兵大隊を引き抜く。すぐに伝えろ」


 部隊の最左翼の隊をリーズの護衛につけた。


「リーズ、目標は敵の撃退だ。判断は歩兵隊の隊長に仰げ」


「わかりました!」


「馬はいらんのか?」


 そもそも馬に乗れるのか、という話である。


「杖があります!」


 そう言って、杖にまたがった。杖は彼女の背丈より少し短いほどで、上部には深い青色で拳大の鉱石がはめ込まれていた。

 ふわりと舞い上がった。周りの兵士から歓声が上がる。

 高度はどれくらいか、目視での測定は難しい。ともかく彼女は空に上がり、北東に向かった。

 魔女の初陣である。


 過去の資料を調べてみると、およそ千二百年前に同じように魔女が戦争に加担した事があったようだ。が、その規模は今回とは比べ物にならないほど、小さい。それに、その時の任務の性質は、むしろ害獣駆除に近いものだったようだ。






「大隊長、勇者殿からです」


 伝令が持ってきた紙を、大隊長に渡した。


「なに? 『北東の敵残兵を撃退せよ。頃合いをみてもどれ。』……まさか俺らだけで?」


「いえ、魔女を寄越す、との事であります」


「魔女……?」


 彼らの眼前に敵はいない。既に敵は退いてしまって、一安心したところだった。

 この時、四万の敵を突破した王国軍は、エヴェネー、アンブール軍の兵を密集させて、“釘”を形成していた。この“釘”は、五十三門の砲と、二万六千の歩兵と一万の騎兵で形成されている。

 彼らに求められるのはいかなる犠牲も顧みず、ただ敵を突破する事のみである。


 南の方で兵が騒ぎだした。


「なにやってるんだ、馬鹿共が」


「大隊長ー! 女が空を飛んでます!」


 厚い毛皮の帽子はこの炎天下には暑すぎるほどである。雨上がりで湿気も多く、服は汗で湿っていた。


「撃て! 撃て! 」


 緊張のあまり、錯乱した将校が部隊に射撃を命じた。だが、頭上を飛ぶ魔女に気付いたのは彼を含めて数名で、殆どの兵士が射撃体勢を取ったはいいが、目標を捉える事が出来ていない。


「あいつは撃つな!」


 大隊長が大声を張り上げて、制止した。


「あれが魔女でしょうか」


「でなければ困る」


 魔女は、大隊長の前に降り立った。


「あんたが魔女か」


「はい、リーズと申します。遅れてすみません」


 少女は、無精髭を生やした大隊長と目を合わせようとはしない。広い戦場で、第三歩兵大隊を発見するのに少々手間取ったようである。


「まあいい、ここから北東に向かう。急いで行けば数十分で接敵だ」


「本当に魔女なのかい?」


 大隊本部付きの若い将校が聞いたが、少女は俯いたまま答えない。


「そ、それでは」


 少女は申し訳なさそうに、頭を下げた。そして、杖にまたがると再び空を飛んで、北東に向かった。


「大隊! 方向転換! 北東へ前進!」


 大隊長直属の軍楽隊が、音によって大隊のほかの兵に伝えた。

 大隊の軍楽隊は同じメロディーを奏でた。彼等が演奏している内容は『第三大隊全員、北東へ前進』である。中小規模の部隊内での命令は、軍楽隊の音によって伝えられた。また、隣の隊に、自隊がどう動くかを知らせる時にも使われた。


「本当に彼女が魔女なんですかね?」


「空を飛んでいたんだぞ」


「たしかに。しかし、魔女というのがどれほどの攻撃力を持つのか……」


「勇者が命じたのだから、それなりには強いだろうな」


「信じてみるしかないですね」


 大隊は北東へ進んだ。







「あれが……」


 魔女は大地を見下げていた。上空は風が強く、帽子が飛ばされそうになる。右手で杖を掴みバランスをとり、左手は帽子を抑えるのに使っていた。

 眼下にいる魔王軍二万は、既に隊列を整え始めていた。上空二千レヒ(およそ三千メートル)にいて、周辺を観察していた。と言っても目視でその距離を見るのは難しく、人間などごま粒程度にしか見えなかったようだ。

 後ろを振り返ると、横一線に並んだ王国の歩兵大隊が迫って来ている。


 私は少し思い直した。リーズは魔女とはいえ、まだ少女であり、一般人だ。戦闘の経験もなければ、人を殺した事もないだろう。

 流石に過大評価が過ぎたか、と思った。

 それに、魔術革命の糸口となる少女を危険な前線に向かわせるのは、今から思えば愚策だ。

 が、この想いとは裏腹に魔女リーズは、躊躇いもなく、正面の魔王軍を地獄に導いた。









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