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第10話 会議

「出身はどこかな? ……ああ、まずは私から話すのが礼儀というものだな」


 ロシア帝国の、ある県に農民の身分で生まれた事を伝えた。


「旅を行う民族で生まれたので、出身地はそれほど重要ではないです」


「重要ではない……か」


 話を広げづらいな。年の割にひねくれた言い方をする少女だ。

 若い勇者と、魔法使いの少女とテントの中で会話している。薄暗く、互いの顔をはっきりと認識できるわけではない。


「私は自分が生まれた場所、というかは国を誇りに思っていたよ」


 ソ連愛を爆発させて暫くの間、熱弁をふるった。

 少女はうつむく。


「そもそも共産主義というのはマルクス以前からあった資本……」


「ごめんなさい!」


 気付けば、少女は泣いていた。

 流石に熱くなりすぎたか。


「私の、私のせいで、勇者様は元の世界からこの世界に……」


 なるほど、と思った。どうやら、私をこの世界に転生させてしまった事を謝りに来たようだな。王都でその事を打ち明けてから、私の前では俯いていたのはそれが原因か。


「気に病む事はない。私は元の世界では死んでいたというではないか。むしろ生き返らせてくれてありがとう」


 本当はあの世界の事が酷く憎い。全てをぶち壊してやりたい。あの腐りきった古参ポリシェヴィキどもを改心させてやりたい。


「うぅ……」


 年端もいかない少女でありながら命、いや、魂を操る事が出来るというのは、魔法の神秘性と恐ろしさを物語っている。


「でもっ! 何か報いを! 報いを受けたいんです!」


「報い?」


「何かお願いを聞かせて下さい……可能な範囲で善処します」


 魔術革命、という文字が頭をよぎる。

 そうか、これが神か。仕組まれているような不自然さ、不完全さ。不完全というのは、リーズの雰囲気がそうさせているのかもしれない。

 兎も角、彼女を利用して、神からの命令を実行しなければならない。


 ふと、冷静になって考える。魔術革命を産業革命と似たものだと考えるならば、かなりの国力がなければ地方の画期的な発明程度で終わってしまう。数年で世界を変え得るほどの力をこの国は持っているのだろうか。

 それに、王国は魔王軍に勝つ事は出来るのだろうか。まず目の前の戦いに、勝たねばならん。


「報いか」


「は、はい……」


「ならば、私の元で戦え」


 戦え、とは言ったものの後方で死体を生き返らせてくれるなら、それで良い。

 そういえば最前線で戦っていたはずの魔王軍の捕虜はどうなったのだろうか。弾丸に撃たれ、倒れたか、あるいは。


「異論はあるか?」


「ありません」


 私は笑顔を見せて、彼女の手を握った。

 リーズは、元々用意されていたテントに返した。私のテントで一緒に寝るつもりだったようだが、色々と執務がある為、それは無理な話である。







 日の出直後、国王の眼下に総勢十二万の王国、諸侯軍が整列した。

 訓示が行われ、王は檄を飛ばし、士気を鼓舞した。その後、各隊、観兵式のように王の前を行進し、再び配置に付いた。


 訓示が終了し、今後の方針の為の会議が開かれた。

 ジョフルは口を開いた。


「我々は、思い直さなければならないかもしれない」


 一部の将校の表情は、彼への不信感を表している。その後は、理論立てて魔王軍と王国軍の戦力差、包囲を破る事の難度を説明した。

 ジョフルは続けて言う。


「だが、このまま我々が退けば、王都が最前線となる。それだけは避けねばならないことだ」


 私は言った。


「この際、攻撃に勝る防御はないのでは?」


 少数ながら、将校の一部は私に味方してくれた。


「勇者の言う通りだ。そして、まだこの国は本気を出していない」


 ジョフルは席を立ち、後ろを振り返る。そこには王がいた。


「今ここで、王国臣民の徴兵の承認を求めます」


 跪くジョフルを王は暫くの間、見つめていた。控えていた閣僚の側近が、王の侍従に紙で伝えた。侍従が王に耳打ちする。


「わかった、認めよう」


 “王国臣民の徴兵”という、空前の規模での徴兵がこの国で行われることとなった。対象者は「王国に暮らす十六歳から四十歳までの健康優良な男女」である。その数、およそ二百万人。諸侯の領土に暮らす者や、入隊条件を満たしていない等、不確定なものを除いた最低値でこの数だ。三ヶ月の速成教育を受けさせて、前線に配置するというが、今度の救出作戦には参加できそうにない。

 だが、三ヶ月経てば大量の兵士が敵を押しつぶす事が出来る。


 専制国家の長所がこの戦略には顕著に見られた。思考、決定、遂行の速さが民主主義国家、大衆国家のそれより遥かに優れているのである。この翌日には王宮、王城の事務処理班に命令が届き、徴兵者の選定を行い、三日目には召集令状が最初の家に届き、その家の十七歳の次男が軍に入った。


「続いて、作戦の説明を行う」


 ジョフルは踵を返し、再び着席した。


「包囲されている友軍を救出する」


「待ってください」


 遮ったのはエヴェネー卿だった。


「今、奴らを攻撃すれば我が軍の兵力は尽きてしまいます」


「国境での防衛任務についている現役部隊だけでも、あと二十万はいる。この軍が全滅しても変わりはある。問題ない事だ」


「それらは諸侯の軍です。いざとなればどう出るかわかったものでは……」


 諸侯というのは、王国からよほど信用されていないのだな。


「考えられる最大の損失は、九人の騎士長ヌフ・シェフ・デ・シュヴァリエを四人も失う事だ。兵は集める事が出来るが、指揮官は育てなければならない」


 確かに、彼の言う通りだが、エヴェネー卿にも一理ある。


「若手将校の中には有能な人材が多くいます。その中から選んでも損ではありません」


 エヴェネー卿の弁は次第に熱を帯びてきた。


「それに、平原はこの時期、雨と洪水でぬかるみますから、人も馬も通行に時間がかかり、攻撃側に不利です」


「エヴェネー卿、その辺りでよろしいのでは?」


 ショーフォンテーヌが彼を制止した。


「ドンガメめ……」


 エヴェネー卿を支持する将校から独り言が聞こえてくる。このショーフォンテーヌというのは、九人の騎士長ヌフ・シェフ・デ・シュヴァリエの中で最も嫌われている男であり、最も肥えた男であった。


「ここは、我らが使える国王陛下に決めていただきましょう」


 ジョフルは眉間に皺をよせ、腕を組んだ。もともと攻撃を行うという事で決定していたはずだった、というのもある。

 彼もそうだったが、ショーフォンテーヌはより優柔不断である。何事も自ら決める事はせず、自らより上位の者に決定を委ねる、もしくはその場での判断はせず保留とした。

 戦場の、多くの兵士を動かす人間としては欠陥である。


 全員が起立し、王の方を向いた。ジョフルは少し遅れて、起立する。決して気だるそうにはせず、整然と王への忠誠を誓っている風だ。


「今回の戦は……」


 誰も王を急かさない。しばらくの沈黙が、会議用の大きなテントを包んだ。

 数分が経過した。

 王は列席した全員と視線を合わせ、最後にこう言った。


「やはり、攻撃を行う」








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