第9話 王の来訪
兵士達は焚き火を囲んで、うなだれていた。どの兵士も数日間睡眠をとっていない。また、食べ物も日に一度しかとっておらず、空腹に喘いでいた。衣服も汚れており、負傷している者もいる。
彼等は魔王軍に包囲されていた。
朝になると毎日、魔王軍の使者がやってきて、降伏するように勧告した。
それに対しての返答は無論、
「拒否する」
である。
砦周辺に残った王国、諸侯軍はおよそ四万にものぼる。一方、それを包囲する魔王軍は十八万であった。
すでに包囲から七日が経過しており、王国軍の本隊とは十七ディスタ(約三十.六キロメートル)離れていた。
日に日に気温が上がり、糧食も長くは持たなくなっている。干物はかなりの数あるが、もとより王都からの馬車による輸送に頼る気でいた王国軍は、飢餓の危機にあった。
そこで、九人の騎士長が一人、ロンサンは脱出作戦を計画した。実行はなるべく早い方がよい。
だが、かなり危険である。魔王軍がその気になれば、少数で疲労が溜まっている王国軍は捻り潰されてしまう。
そこで、まずは一部の者を包囲陣から脱出させる事にした。包囲の状況と、増援の有無を司令部に確認しに行くのが役目である。また、民間人の脱出も任務の一つだ。
民間人、すなわちカリーネと少年である。
深夜、少数脱出作戦は開始された。
カリーネと少年、その護衛五名にそれを率いるロンサン軍重装歩兵隊、隊長ペルダンがいる。このペルダンというのは私がこの世界で目覚めて、最初にあった人間の一人でもある。私が“男”と呼称していた。
私が目覚めた際に、彼らが銃を持っていなかったのは、重装歩兵隊だからである。重装歩兵というのはこの世界においては、分厚い鎧を着込み、長槍と盾を持ち近接戦闘で真価を発揮する者達だ。が、この世界ではすでに廃れてきているようである。
多くの部隊で重装歩兵は陣地のテント、もしくは重要人物の周辺を警護する為に用いられており、実際の戦闘にはほとんど参加していない。
「案外簡単に行けましたね」
カリーネは笑顔である。他のものは疲弊しきっており、彼女の笑顔に癒された。
平原を抜けて、街道沿いの森に入った。ここならば偵察されても隠れやすい。このまま街道は通らず、魔王軍に見つからぬ様に隠れながら、王国軍本隊を目指す。
「さあ、頑張って。まだまだこれからですよ」
カリーネの声援を受けて彼らは道を急いだ。
脱出そのものは成功した。だが、本隊までが遠い。
この日の午後、王国軍本隊は部隊の配置を終了し、再び平原に向かう準備を整えていた。だが、総司令ジョフルの心が決まらないようで、なかなかこの地を離れようとはしない。
毎日のように会議が開かれた。私も出席して、騎兵偵察の結果と焦土作戦の状況を伝えると、ジョフルはさらに顔をしかめ、列席した将官を呆れさせた。
そして、何も決まらずに会議が終わろうとした時、伝令の将校がテントに入ってきた。
「会議中に失礼します。王都からの伝令です」
小さな紙をジョフルに渡すと、彼はテントから出て行った。
「王がこちらに向かってきておられる!」
王は、敗北した自らの軍の激励の為に訪れた。
すぐに式典の用意が行われたが、王都からの旅路で疲れておられるという事で、明日の朝に行われる事となった。
王国軍の将兵は素直に喜んでいるようだったが、諸侯軍の将兵はそれとは少し違った感想であるようだ。
私は食事をとり、私の為に用意されたテントに入った。ベットがあり、机があり、絨毯も敷かれている。どれも使えるには不自由ない程度だ。
机に向かい、数日の出来事をノートにまとめることにした。
そういえば、この世界の殆どの人間は、私が真の勇者でないことをわかっているのだろうか。
何も言ってこないのは、不思議と不安になってくる。むしろ知っている人間も、勇者のことはそれほど重要視していないようだ。
とにかくこの世界の事をまだ殆ど分かっていない。幸い、さまざまな所作は勇者の体が覚えていた。
明日からは、五十騎程の小隊を編成して、平原以東も偵察させてみるか。
「勇者様、魔法使いと名乗る少女が来ております」
テントの入り口に立っていた兵士が言った。
すぐにリーズが連想された。むしろ、彼女以外に魔法使いがいるのだろうか。
「通せ」
なぜここに来ているのか、よくわからないな。
「勇者様っ!」
少女が駆け寄ってきた。テントの中は石油ランプが机の上で明かりを提供している程度で、真っ黒いマントに大きな帽子を被った彼女は不気味でもある。
「リーズか、今日はまたどうして」
「王様がお礼の式典をやるからついて来なさいと、仰いました」
質問の意図とは少し違う。
「ほう……まあ、ひとまず座りなさい」
机から椅子を持ってきて、それに座らせた。私自身は立ったままだ。
「ありがとうございます」
「そんなに不安になる事はない、何か話したい事があるのだろう?」
「は……はい」
今、この状況、側から見ればかなりまずいのではなかろうか。十四、五歳の少女と薄暗いテントの中にいる。
私は子供に興味はないからそういう心配はない、と信じている。
「大丈夫ですか? 勇者様」
「ん? ああ」
「……」
なんだ?
背中を丸めて、下を向いて萎縮してしまった。
「私も話し相手がいなくて暇していたんだ。今夜は色々と話そうじゃないか」
リーズは顔を上げた。
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