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俺は霊感がある方じゃないと思うんだけど

作者: マルシア・ガルケス


 俺は霊感がある方じゃないと思うんだけど、今まで2回、いや3回かな、不思議なことがあったんだよね。


 俺は、普段、別にオカルトめいたものが好きだってわけじゃない。

 むしろ現実主義者って感じ?

 あ、現実主義者って言葉は、理想主義者に対して使う言葉だから意味が違うか。

 まあ、とにかく、幽霊とか信じているわけじゃないってことだよ。



 でも、そう、あれは3年前の夏だったかな。

 そうか、もう3年も前の話になるのかぁ。まあ、その3年前の7月末に、会社からの帰りに駅でぶっ倒れたことがあって…。


 いや、俺の話を聞けよ。


 うん、年寄りの話ってものは、大抵の場合、長いんだよ。

 俺ももうすぐ五十だしな。

 五十歳ってなんて言ったっけ、四十だと不惑って言う、孔子のやつで…、えーと、「知命」だ。

 五十にして天命を知る。

 俺ももうすぐ知命なんだよ。

 でも、知命って言葉、あまり知られてないよな。

 かっこいいんだけどな。

 四十の不惑だけ有名なんだよね。



 そうだ、駅で倒れた話より、まずは、その前に起きたことから話したほうがいいかな。


 俺が大学生のときに、おじいちゃんが亡くなったんだよね。

 大学3年の4月だ。葬式で、ゼミの初回を休むことになったので、はっきり覚えている。

 まあ、俺も人並みに悲しんで、ちょっとは泣いたりもしたけども、葬式のときは結構さめていて、坊さんがお経を読む間は睡魔との戦いだった。

 でも、そんな感じでうつらうつらしていたら、急に胸の中心あたりが熱くなったんだよ。

 なんか急に、かーっと燃えるような感じで。


 胸が熱くなるって慣用句でも使うけど、そのときの熱さは、感動して熱くなるというのとは全く違って、物理的に熱さを感じるっていうか、なんだか不思議な体験だった。

 そんなことは、後にも先にも、これきり。


 多分10秒くらい胸が熱いのが続いたのかな。

 びっくりして、一気に目が覚めたくらいだから、精神的な感動とかとは全く関係ないと思う。


 これが一つ目の不思議な話なんだけど、これだけじゃ、まあ、大した話じゃないよな。

 俺もわざわざ人にこの話をすることは無い。

 多分、今話しているのが三回目くらい。


 どうせこんな話をしても、人の反応はほぼ二通りだって分かってるしね。

 一つは、「きっとお祖父さんが守ってくれてるんだよー」ってやつで、もう一つは、「まあ、そういうこともあるかもねー、多分気のせいだけどねー」ってやつだな。


 俺にとっては、本当に奇妙な経験だったんだけど。

 三年前までは、これが俺的不思議体験ナンバーワンだったって言っていいくらい。


 まあ、この話はもういいや。うん、大した話じゃない。



 で、二つ目の話は、もっと大した話じゃない。いわゆる「虫の知らせ」系の、どこにでも転がっている話。

 いや、犬が死んだって話なんだけど、世の中には、親しい人が死んだときに、何か予兆があったとか、夢枕に立ったとかあるじゃん。


 えーと、俺がロンドンに赴任していたときだから、三十歳をちょっと過ぎたくらいのときだ。

 ロンドンには五年くらい住んでたんだけど、俺はあまり日本の実家と電話することがなかった。

 息子なんてそんなもんだよ。

 あ、そうは言っても、メールではそれなりに連絡をとってたんだよ。


 うちの実家では犬を飼っていて、俺も結構可愛がっていた。

 仮にポチって名前だったってことにしようか。

 ポチは、俺が大学生だったときに飼い始めた犬で、基本的なしつけとか芸とかは、全部俺が仕込んだんで、かなり懐いてくれていた。


 それで、この話のときは、ポチの具合が、既に数カ月間から悪かったんだよね。

 それは、親からのメールで知ってた。

 でも、もう数か月前から調子が悪いって話だったし、ポチのことはぼんやりと気にはかかっていたとは思うけど、普段は特に気にせずに半ば忘れているような感じだった。


 でも、ある日、なんだか急にポチのことで実家に電話しなきゃって気分になって、1年ぶりくらいに実家に電話したんだ。


 で、ポチの調子はどうかって訊いて、そうしたら、ポチが電話口でワンって吠えたんだよね。

 父さんは、ポチも吠える元気が出てきたみたいだと嬉しそうだった。

 というのは、これは知らなかったんだけど、ここ数日特に具合が悪かったらしい。


 まあ、その後は、ご想像通り、電話の1時間後くらいにポチは死んじゃった。

 文字通り、父さんの腕の中で息を引き取ったらしい。


 うーん、こうやって話してみると、やっぱりそんなに不思議な話じゃないな。

 たまたま1年ぶりに電話してみたら、その直後に犬が死んじゃったって巡り合わせなだけかな。


 でも、そのときは、最後の最後に声が聞けて良かったと心底思ったよ。

 声って言っても、吠え声だけどな。

 うん、本当にね。


 チクショー、こういう話をすると、なんか今も涙が出そうだ。



 それでだ。ここからが本題なわけだ。


 これから話すのは本当に起こったことなんだけど、自分でもあまりにオカルティックで嘘くさいと思うんで、これまで妻にしか話していない。

 多分、妻も半信半疑だろう。


3年前の夏、会社からの帰りに、急に体調が悪くなったんだよ。

 翌日に会社を休んだのが7月31日で月末だったのをはっきり覚えているから、倒れたのは7月30日だ。


 うん、そう、体調が悪くなって、倒れたの。ばったりと。


 えーと、最初から話すと、その日、俺は会社を7時半くらいに出た。

 後からPCのログアウト時間を確認したから、間違いないはずだ。


 俺の働いているのは丸の内に本部がある結構大きな会社で、日本人ならみんな名前を知っているようなところだ。

 俺は、本部で部長をやってる。

 え、うん、自慢と言えば自慢かもな。


 でも、そんな会社の部長が、オカルトの話を信じてるっていうのは、本当は駄目なんだよ。

 いや、何が駄目かはよく分からないけど、なんとなく。

 信用にかかわるとか、かな。


 さっき、7時半に会社を出たって言ったけど、最近は残業するなってうるさいんだよね。

 そう、労基とか色々あって、会社がルールを決めて、原則8時までに仕事を終えなきゃいけないってことになってる。

 まあ、本部の部長レベルだとそうは言ってもいられないんだけど、とにかくその日は7時半に会社を出た。


 家に帰るのには、東京駅から中央線で新宿までいって、そこで京王線に乗り換えるんだけど、京王線に乗ったのが多分八時ちょっと前だったかな。

 中央線で東京-新宿間は十五分くらいなんだけど、歩いたりする時間もあるからね。


 俺は新宿から各駅停車に乗って、始発駅なので座っていけた。

 で、座ってたんだけど、下高井戸駅あたりから、急に体調が悪くなってきた。

 具体的には、俗にいう貧血みたいな症状。

 あ、「俗にいう貧血」は、医学的には貧血じゃなくて、起立性低血圧ってものに分類されることが多いみたいだね。


 俺の場合、症状でいうと、気持ちが悪くなり、腹に差し込みがきてトイレにいきたくなる、冷や汗が出る、手足が先の方から痺れて感覚がなくなる、視界が狭くなる、最悪見えなくなる、耳もよく聞こえなくなる、っていう感じ。

 まあ、学校の朝礼でパッタリ倒れるヤツがいたと思うけど、その一歩手前という状況になったわけだ。

 いや、それよりもひどいかもしれない。

 座っていたのにね。


 こういうことは、最近はあまりないけど、昔は結構あったんだ。

 恥ずかしいけど、俺は学校の朝礼で倒れるタイプだったってこと。

 いや、実際に朝礼で倒れたことはないんだけど、それは、立ちくらみなんかはあまりにも日常的にあったんで、うまく対処することができるようになってたからかもな。


 とにかく、結構キツかったんで、下高井戸の次の桜上水駅あたりでもう電車を降りようかとも思ったんだけど、座っていることだし、一旦は、なんとか耐えることにした。

 したんだけども、座っているのも相当につらくてやっぱり耐えられない。

 そこで次の上北沢駅で実際に電車を降りたんだ。


 電車を降りたって言っても、座っているのももう無理という状況だから、視界ももうほとんどないし、手足の感覚は消え失せて、足元もおぼつかない。

 手すりを握って、開いたドアからホームに足をなんとか踏み出したまではいいが、足元がグニャリと歪んだような感触がして、視界がブラックアウトし、ホームに寝転がることになった。文字通り転げ出たって感じだ。


 多分、1分以上はホームに寝たままだったかな。なにせ、体を起こすこともできなかったから。

 スーツ姿だったけど、この際スーツが汚れるのはもうしょうがない。

 実際、そんなことに気をまわす余裕はなかった。

 今だから言えるけど、失禁寸前という状況で、本当にギリギリで耐えていた。

 正直、もう耐えられない、とも思うくらいだった。


 調べてみると、迷走神経反射って状況なんだけど、抹消血管が拡張して、血圧が低下し、脳にいく血流が少なくなって立ちくらみや色々な症状が出る一方、内臓は守られて胃腸の蠕動運動が活発になるらしい。

 うん、なに言ってるかよくわからないよな。

 要は、ぶっ倒れて失神寸前になるのと同時に、猛烈な便意に襲われるって症状だ。


 さて、このとき、体の自由がきかない理由の大半は脳に血がいっていないってことにあるので、寝転がって頭が下になっていると、じわじわと症状が改善してくるわけ。

 しばらくすると視力がかなり戻ったので、なんとか近くのベンチまで這っていって、そこでまた横になったんだよ。

 ベンチまで歩いていこうかと思ってトライしたけど、まだ立つこともできなかったな。


 それで、ベンチで数分は横になってたんじゃないかな。

 なんとか座れるくらいに回復してきたかな、と思って、体を起こしてみたときに、急に異変に気付いた。


 ホームのベンチからの風景が、全く見覚えのない田舎になっていた。

 かなり暗いのだけど、空の色が異様で、なんというか、赤黒い。

 座っているベンチも木でできていることに気付いた。

 最近の京王線のベンチは、エコベンチといって、使用済み定期券から作られていたはずなのに、このベンチは木だった。


 こういうとき、小説なんかだと、ここはどこだー、自分に何が起きたんだー、となったりするのを読んできたけど、自分に実際に起きてみるとそんなことは思わなかったね。


 まず、思ったのは、俺はどうしてたんだっけ、思い出せないな、ということだったよ。

 これまでの人生や記憶の方が、むしろ全部夢で、俺はベンチでうとうとしてて目が覚めたところのように思えたんだよな。

 それで、いま、俺がこの駅のホームにいるのはきっと理由があって、何かやらなきゃいけないことがあるはずなのに、それを思い出せない、どうしよう、って感じで困ってた。

 多分、まだ頭がぼーっとしてたのもあると思うけど。


 ベンチからは、暗いながらも、山とか雑木林とか田舎道なんかが見えていたけど、ホームには誰もいなかいし、道に車や人が通る気配もない。


 ベンチにぼーっと座ってたら、ふいに、遠くからお囃子みたいな音が聞こえてきたんだ。

 太鼓と笛、それに鈴の音のように聞こえたよ。

 でも、それを聞いたら、いや、聞こえる前だったかな、俺は急に恐怖に襲われてた。

 いや、急に、わけもなく、むちゃくちゃ怖くなったんだよ。

 背筋がぞくぞくして、全身鳥肌って感じだった。


 そうしたら、急にホームに誰かがいることに気付いた。

 いや、黒いもやみたいなモノで、「誰か」と言えるようなものではなかったんだけど、「誰かがいる」って感じたんだよ。

 こいつを見た途端、更にとてつもなく怖くなった。本当に、こう、体がガタガタ震えて止まらないんだよ。こんなことは初めてだった。

 やばい、逃げなきゃって思ったけど、あっという間に近づいてくる。

 もう、恐怖のあまり心臓麻痺で死ぬんじゃないかって思ったね。


 そのときだ。

 俺の名前を呼ぶ声が、俺の中から聞こえた。

 うん、俺の胸のあたりから。

 なんというか、俺を叱るような、祖父さんの声に聞こえた。

 それをきっかけに、それまで俺は自分の名前を忘れていたことに気付いて、急に名前と記憶を取り戻した。


 と同時に、俺の足元からポチが飛び出して、黒い靄に飛び掛かった。

 いや、一瞬のことだったからはっきりしないが、多分、あれはポチだったと思うんだ。


 で、ポチが黒い靄と衝突したら、靄は一気に消えていきそうになったんだけど、残った部分がちょっとあって、それが勢いのまま俺に飛んできた。

 とっさに避けようとしたけど、その靄の残骸は俺の顔をかすめた。

 ちょっとかすっただけだったのに、途端に体の力が抜け、俺はぐにゃりとホームに倒れた。


 今度はすぐに起き上がったが、顔の右側がメチャ痛い。

 さっきの靄がかすったのが右頬だ。

 その黒い靄は消えて、恐怖もすっかり無くなってた。

 ポチも消えた。

 残念だったが、何故か当然だという気がしてた。


 かけていた眼鏡が無いことに気づいたが、半分手探りで探すと、落ちて割れていた。

 フレームとレンズがばらばらになった眼鏡を拾い集めて、気づいた。


 そこは、上北沢駅になっていた。


 それでも、周りには誰もいなかった。

俺は茫然としながらも、今度は自分が誰で何をしているかは、はっきりしていた。

 そこでまずは、のろのろと駅のトイレにいき、そして鏡を見て、ぎょっとした。

 俺が映ってるけど、こんなに真っ青な顔は、他人も含めて初めて見たから。

 眼窩っていうのかな、目の周りも落ち込んで、隈ができて真っ黒だった。

 更に、右目の下を切って頬が血だらけ。

 まるで幽霊だった。

 自分の顔に恐怖したよ。


 幸い、出血は大したことがなく、ある程度血をふき取ると、傷口はそう大きなものでは無かった。

 消毒と思って傷口を洗ったけど、けっこう痛かった。

 顔を洗って用を足し、ひと心地ついてから、鏡を見ると幾分かマシな顔になったようだった。

 自分でも再び血が巡ってきているのが感じられたね。


 ハンカチを濡らして顔に当て、トイレを出ると、人がいた。

 そう言えば、上北沢駅で電車を降りてから、人を見かけたのはこれが初めてだった。

 ちょっとびっくりしたが、駅だし、人がいるのは当たり前だ。

 むしろ、それまで誰もいないことを疑問に思っていなかったことにびっくりだ。


 その人は、俺のことを気にもとめず、足早に歩いていった。

 トイレから遠くないところに改札があり、事務所に明かりがついていて、駅員がいるのが見えた。

 俺は一瞬、救急車を呼んでもらおうかと思ったけど、やっぱり止めた。

 もう歩いて帰れそうだったし、何より、何が起きたか説明できそうになかったから。


 そこからは、傷口をハンカチで抑えながら、また電車に乗って、歩いて帰ったわけだ。

 で、家族に色々訊かれたけど、駅で急に気分が悪くなって倒れたとしか説明できなかった。

 さすがに次の日は会社を休んだよ。



 これで話はお仕舞いだ。


 まあ、普通に考えれば、駅で倒れたときに意識が朦朧として、夢をみてたってことだと思う。

 眼鏡が割れ、怪我をしたのは、倒れたときにぶつけたんだろう。

 だけど、ちょっと不思議なことがあるんだ。


 まず、俺の帰宅が十時を過ぎてたってこと。

 新宿で京王線に乗ったのが八時前だったのは確かだ。

 そこから普通であれば、歩く時間を含めても、家まで三十分。

 四十分を越えることはない。


 そうすると、俺は上北沢駅で一時間以上倒れていたことになる。

 九時前後の上北沢駅のホームで、一時間以上も倒れていて、誰も助けたり、駅員を呼んだりもしないなんてことがあるだろうか。


 もう一つは、右目の下の怪我だ。

 この傷がなかなか治らず、その後三週間以上も出血が続いた。

 今も傷跡が残っている。


 更に言えば、顔以外どこにも怪我がなく、スーツにも傷がついてなかったこと。

 眼鏡が割れ、顔はそれなりの怪我をするような倒れ方をしたのに、顔以外は全く無傷ということはあるのだろうか。



 まあ、この出来事は、俺も自分がおかしくなっちゃったのかとも心配して、その後、順天堂医院で色々と検査を受けた。

 MRI検査とか、丸一日心電図を取ったりとかね。

 更には心療内科も受診した。

 かれこれ一ヶ月くらい、色々検査をしたけど、特に悪いところは見つからなかった。



 どうだい、この前、君が話してくれた異世界駅の話にちょっと似ているだろう。

 気になったんで、俺もその後、ネットで調べてみたんだよ。

 オカルトネタとして、結構、有名な話みたいだね。

 それで、俺もこんな話をしてみたわけだ。

 でも、駅名の看板なんてみなかったし、ネットにつなごうとか、そもそもケータイを見てみようなんて発想さえ起きなかった。

 その点は結構違うかもな。


 とにかく、君が信用しようがしまいが、これは本当に起こったことなんだ。


 まあ、それ以来、俺は祖父さんへの墓参りと、死んだポチに祈るのを欠かさないようにしている。

 君も先祖を大事にしたほうがいいぞ。

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