実験9
「お嬢様方、下に降りる準備が整ったとの事です。すぐに降りますか? それとも、まだしばらくここに残りますか?」
五人が談笑していた背後から、フューレがそう言いながら姿を現した。彼は荷物の準備など執事らしい仕事をしていたのだが(本来であればイクアシアもしなければならない仕事である)たった今『管理者』の一人と話終えたようだ。
管理者とは、この町に昇り降りするための昇降機の管理者である。
断崖絶壁に囲まれたこの町を出入りするには、それ専用の設備が必要だ。当たり前だが、飛び降りできるような距離ではない。
「そうですわね、ここからの景色は名残惜しいですけど早く町の中に入ることにしますわ。下で見る町の景色も素晴らしいですもの」
「はい。いつまでもここにいるわけにはいきませんものね」
「二人に任せるよ……私は」
三人の意見がおおよそ一致していることを確認し、フューレは軽く頷いた。
「では降りることにしましょう。こちらについてきてください」
そういってフューレが先導した先にあったのは塔を思わせる縦長の建築だった。良く見れば、巨大な穴の周囲に一定間隔をおいて塔のような建物は点在しているのだが、彼女達が向かったのはその中でも一等大きな物だ。豪華、と言い換えてもいいだろう。
町の入り口にもあたるそれらの建物だが、まがりなりにも貴族であり王女である彼女達は、そういった層向けのエントランスを使っていた。
「これが昇降機?」
塔の中に入ったデンカはまずそんな疑問を口にした。
しかしそれも無理の無いことで、昇降機と聞いて彼女がイメージしていたエレベーターのような箱やそれを吊り下げるワイヤーもそこには存在しなかったのだ。
代わりにあったのは円形の広間だった。
ガラス張りの壁に囲まれたその空間は植物や花で彩られ、屋内というよりは庭園にいるかのように思わせる。その広間の中でも町方面の部分にはテラスが設けられており、望めばその景色を見ながらティータイムでも満喫できそうな空間が用意されていた。
しかし、そんな広間のなかでなんと行っても目を引くのは、中央にあるこれまた円形の空間だろう。
そこだけは植物も装飾も飾られず、さながら舞台のように空けられていた。床は石の上に薄いガラスが張られている物のようだが、特別豪勢な物とは思えない。ただ、そのガラス状の床が他の部分との境界を作っているという事は一つ間違いがない。
「これが昇降機ですわ。これで町と同じ高さまで移動するんですの」
「見てもらった方が早いかもね……デンカには」
「そうですわね。フューレ、早速動かすように伝えてちょうだい」
ラジアータにそう指示されたフューレは無言で頷くと、少し離れた位置に待機していた身なりのいい服を着ていた男に合図を出した。フューレに管理者と呼ばれた男だ。
男がその合図を確認すると、何か恐ろしく重いものがこすれるような音と共に床が光り、そしてゆっくりと床が下に下がり始めた。
「これは――魔法陣」
舞台にある奈落のようにゆっくりと地面に飲み込まれている床の上で、デンカが真っ先に注目したのは足元で光り輝いている紋様だ。ガラスの下で光を放つそれは一見ただの証明にも見えるが、円や線が複雑に配置され、いくつかの文字が所々に配置されているそれは間違いなくデンカの知る魔方陣だった。
「そういえばデンカは魔法陣について調べていましたけど、この魔法陣の意味はわかりますか?」
「うん、このくらいだったら全部知ってるね。熱魔法に結界魔法、後はいくつかの風魔法――あぁなるほど、この台は気球と同じ原理で動いてるのか――でもここに刻まれてる魔法で全部じゃない。多分さっきいた人がいくつか補助的に魔法をつかってる」
「すごいね……一年でそこまで理解できるなんて」
「流石ですね! 私は全然わかりませんよ」
感心するイベリッサにイクアシアが追従する。すると、横でラジアータが自慢げな顔をした。
「私にもまったくわかりませんわ!」
「何……? その顔は。勉強しなさすぎなのよあなたは……イクアシアとは違って習ってはいるはずなのに」
「まぁまぁ、細かい事ですわ」
たしなめるような口調だが、それを聞いたラジアータが反省していないのは明白だ。
「イクアシアはなんで魔法陣について習っていないの? 兵士が魔法を使えたらすごい便利だと思うんだけど」
「ああ、そういえばデンカさんにはあまり軍の話はしていませんでしたね」
そう前置いてイクアシアはデンカに説明を始めた。
「デルフィニラ国の騎士は大きく二種類に分けられているんですよ」
「二つ? スキルを持ってる人と持っていない人とか?」
「いえ、スキルを持っている騎士はそんなに居ないので基本的に『どちらかというと』魔法を主軸として戦う人と『どちらかというと』そうでない人で分けられているんです。魔法騎士と武装騎士と言う風に呼ばれていますね」
「どちらかというと、ってのは戦うときに魔法八割に武器二割をつかってたら魔法が主軸の騎士って解釈でいいのかな」
「そうですね。例えばスタッカート様の騎士であるアーロン様は剣術に時折魔法を混ぜて戦う方で武装騎士の代表。アゼル様の騎士であるケルビア様は魔法を全面に出して短刀を使うことで知られていまして魔法騎士の代表です」
「短刀か……確かに剣である必要は無いか」
「で、ですね。私や他のスキルを持っている人は全員必然的に魔法が使えないので武装騎士に割り振られるのですが、武装騎士には魔法陣関連の訓練が無いんですよね。まぁあったとしてもスキル持ちは魔法関連の訓練は受けられませんが」
「ふぅん……」
デンカは不思議そうな顔で首をかしげた。
スキルを持っていても小規模なら魔法が使える、というのが魔法陣の大きなメリットだと思っていたからだ。
しかし、デンカは直ぐに思い直したように納得した。
自分は個が強くなる方法を考えていたが、軍は個ではなく集団だ。集団を強くするのであれば、魔法は魔法を使える者に任せ、武器は武器を扱えるものに任せた方が効率がよい。第一、魔法陣を刻むならともかく、使うだけなら魔力を流すだけで十分なのだ。それならば汎用性の高いものを道具として所持しておくだけで良い。ゲームでも、回復魔法使いがいなければポーションを使えば良いのと同じだ。
「まぁそんなものなのかな」
「そうですよ、それにデンカさんと同じ量を理解しようと思ったら五年はかかっちゃいますよ、普通」
「それはそんなものだろうね」
「あはは、デンカさんは流石ですね」
イクアシアのその笑いは呆れからくるものか関心からくるものか、いずれにせよそこでひときわ大きな声が響いた。
「そろそろですわ!」
それはラジアータの声だった。
上を見上げればさっきまで居た地面はすでに高く離れた位置にあり、周りを見渡せば一面が岩の壁で囲まれている。昇降機はすでに相当な距離を降りているのだろう。
しかし、おかしいな、とデンカは思う。
あらゆる数値を目測のみで誤差一パーセントの範囲で測れるという人間離れした特技を持っている彼女だが、外で見た穴の深さと現在動いている昇降機の速度と経過時間を比べた時、どう考えても穴の底にはたどり着いてはいない。彼女の予想では地面まで残り三十メートルほどはあるはずだった。
やがて昇降機と壁の境目から光が漏れ始めた。それは暗闇になれていた目には厳しく、全員が思わず目を瞑ってしまう。そしてゆっくりと目がその光に馴れ、恐る恐る目を開いたその時。
――目の前に町が広がっていた。
見下ろすのとはまた違う町の風景。その風景は浮かぶように降りて行く彼女達の前でゆっくりと変化している。二つの風景を対比させるように見せることによってフラヴィアが何を表現したかったのか、それを知る人はもう存在しないけれど。
「素敵ですね」
デンカの目の前で、リリアはそういって微笑んだ。




