実験6
「ようやくわたしの番? 随分ながかったね」
「あっはっは、ごめんごめん。思ったよりも時間がかかっちゃってね、怒ってる?」
「別に怒ってないけどさ」
屋敷の外から舞台を変え、デンカとラッドクォーツは屋敷の中にある部屋の一つでそんな風に会話を始めた。外ではラッドクォーツ対他の四人という形式で試合をしていたわけだが、現在その部屋に居るのはデンカとラッドクォーツの二人だけだ。
「それにしても、アドバイスって言ってたけどわざわざ全員バラバラにしてする必要あったの?」
デンカが質問した通り、彼ら五人が場所を変えたのはラッドクォーツの提言によるところが大きい。
外で模擬戦を終えた後、アドバイスを授けると言ったラッドクォーツは一人ずつ順番に話そうか、などと言って四人と別々に話せるような空間に移動した。屋敷の外には開けた平原があるだけで壁もプライバシーも何も無いため、必然的に屋敷の中に移動したというわけだ。
ちなみに、四つ別々の部屋に移動させられた彼らと話す順番は、イクアシア、ビショップ、フューレ、デンカの順番でデンカと話すのは最後という事になる。
「勿論あったさ。誰かへの助言を関係ない他人が聞いてたって意味がないし、自分への助言を関係ない誰かが聞いてたって気分が良いわけじゃ無いだろう?」
「そんなもんかな」
「一対一の方が会話ってのは通じやすいもんだよ。それに、デンカだって他の奴らが居ない方が都合がいいんじゃないかな」
「……」
デンカは一瞬だけ沈黙した。
「……どういう意味さ」
「アハハ、わかっている癖に。『自分の手の内を共闘する相手にも晒したくない』って意味だよ」
いぶかし気な視線を送り続けるデンカを前に、ヘラヘラと笑いながらラッドクォーツは続ける。
「模擬戦なんて物はね、相手を絶対に殺さないという前提がある時点で本当の戦闘に比べれば何もかもが劣っているのさ。絶対に殺されないから安心だ、絶対に殺さない為に手加減をしよう。そんな考えだから、誰も全力を出せやしない」
「……」
「だけど君は――後フューレという男は――全力を出していないというより、出来る事を一つやっていないという感じがしたからね。左利きが右手を使ってる……いや、左利きなのに左手を使っていないの方が的確なのかな」
「それは、勘?」
「経験から来る推論さ」
「ふぅん」
デンカはそんなどうでもよさそうな相槌を打つが、感心しているのは間違いが無かった。事実、デンカはいくつかの有効な手をあえて使わずに戦闘に望んでいたし、もしラッドクォーツの言う通りフューレも手の内を隠していたのだとすれば、ラッドクォーツはデンカにも読み取れなかった事を見抜いた事になる。
普段ネスタティオの後ろでニコニコしている様子からは想像もできないが、最強の称号は伊達じゃないという事か。
「あぁ、別に怒っているわけじゃ無いんだよ」
押し黙ったデンカを見て、ラッドクォーツは何を勘違いしたのかそんな事を言って手を振った。
「模擬戦なんて自分が試してみたいことを試してみる場でしかないからね、最強であるこの僕が君たちの練習台になるのはある意味で正しい模擬戦のあり方だ。それに、味方に手の内をわざわざ見せる必要は無いと僕も思ってる」
「それはなんか意外だな。騎士って協力して陣形とか組んでるイメージだったから――少なくともわたしの世界ではそうだったし」
「勿論そういう人の方が多いよ。極端なところだとかなり連携の上手い双子の騎士とかも居てね、そういうレベルになるとやっぱりパートナーの出来る事は全て把握しているんだろうね」
「ラッドクォーツは違うって事?」
「僕? だって僕はラッドクォーツ・カルネヴァルだよ」
デンカの質問を聞いてラッドクォーツはにやりと笑った。
「天の上にも、地の底にも、この世の果てにも比類する者の居ないこの僕の、隣に立って戦える奴なんてただの一人だって存在しない」
「……うへぇ」
そんな傲慢な宣言を聞いてデンカは絶句した。あまり他人に興味を持たず口出しもしないデンカとしては非常に珍しい事だ。
「あなたたち主従はなんていうかそっくりだよ」
「そうかい?! 僕はネスタ様に相応しい騎士だろう?」
「まぁそうなんじゃない?」
どうでもよさそうに相槌を打つデンカは、今度は本当にどうでもいいと思っていた。しかし、ラッドクォーツはその返答に非常に機嫌を良くしたようで、いつにも増してニコニコと軽快に話し始めた。
「ふふふ、ではネスタ様の騎士であるこの僕が君にアドバイスを授けよう」
「そういえば元々そういう目的で話してたんだよね。で、アドバイスって何?」
「既に気付いていると思うけど、デンカにはかなり大きな弱点があるよね。弱点というより欠陥かな」
ずばり切り込むようなその言葉に答えるため、デンカはゆっくりと口を開いた。
「……魔力による身体強化」
「そう。僕ら人間は生きているだけで体に魔力を巡らせていて、無意識のうちにその魔力で体を強化している。子供とか鍛えていない大人とかはこの強化は微々たるものだけど、訓練した優秀な騎士ともなれば元の身体能力の数倍は軽く手に入るという話さ」
ラッドクォーツがしている話はごく一般的に知られている事で、デンカも既に知っていた事だった。この世界の生物がデンカが居た世界の存在よりも強力なのは、『魔力』という物の存在が大きいと。
「――それが、君には無い。いや、厳密にはわずかに魔力をまとってはいるみたいだけど、子供にも劣るようなわずかな量だ。純粋な力比べなら、君はイクアシアにだって逆立ちしても勝てないだろう。訓練してない……なんて君に限ってそんなはずは無いだろうから先天的なものなんだろうね。これはどうすることも出来ない」
「うん。色々試してみてはみたんだけど、わたしの力の上昇量は筋肉でもついたのかなってくらいの誤差のような量だった」
「そう。君は生まれつき魔力を通わせる事ができない――たった一点を除けば」
そして、ラッドクォーツは自分の目を指さした。
「君の目には一般人どころか上級の騎士ですら比較にならないほど大量の魔力が宿っている。こういう事例に僕は詳しいんだけど、それでも数えられるほどしか知らない現象だ。流れている水の一部をせき止めると他の部分の水流が多くなるのと同じ現象なんだろうね、まるで全身の魔力がたった二点の目に集中しているようだよ」
「こっちに来てから目が異様に良く見えるからそんな気はしてたけど。フューレも魔力が集まっているのが見えるとか言ってたし」
「魔力が見える、というのが本来は異常なんだ。魔力特有のあの赤い色は実は希薄でね、余程の量が集中しない限り肉眼で魔力が見えるなんて事は無い」
だからここからがアドバイスだ、とラッドクォーツは続ける。
「デンカは戦ってて目に魔力を通わせたとき、『色がわからなくなってるんじゃないのかな』」
「ん、よくわかったね」
ラッドクォーツの質問にデンカは肯定で返す。
普段行動している分には問題なく見えるのだが、戦闘時など見ている物に集中した時、視界が赤く染まってとても色など判別できる状態ではなくなってしまうのだ。魔力が溢れて自らの視界を覆いつくしてしまうからだろう。
「まぁ色なんて別にいいんじゃない?」
「ハハハ、その考えも君らしいなぁ。でも色ってのは実は結構重要な物でね、ある程度まで目を強化出来るようになると本来視認できない魔力の動きを赤い色の霧のような物として見えるようになるんだよ」
「ッ――それって」
「魔法の発動、スキルの発動、そしてその大まかな位置を察知できるようになる」
それは、とんでもない事だ。
いかなる可能性もあり得るスキルを、たとえその発動の前兆だけであったとしても、知りうるというアドバンテージは計り知れない。できるとできないとでは雲泥の差だ。
「なにそれ、便利すぎるでしょ」
「うん。まぁ相手によっては使えないけどね。例えば君を相手にするときは黒い霧みたいのが出るからそんなに関係ないし」
「それがわたしには見えてない……」
目に強化が足りないからではなく、魔力が溢れるほどに集まりすぎているから。
「そこで僕のアドバイスだ」
「何をすればいい?」
「君が抱える問題点は魔力が集まりすぎるからだけど、溢れさせないために出力を押さえれば君の強みの一つが死ぬ。だからね、魔力を凝縮するイメージを持つんだ」
「魔力を……凝縮……?」
「そう、魔力をその上から魔力で押し付けるイメージだ。それを目の表面ではなく目の内側のその奥へ押し込めばいい。そうすれば視界の妨げにはならないはずさ」
「うーん……」
デンカは唸りながら眉間にシワを寄せた。だがそれはラッドクォーツの言っていることが理解できないからではなく、実際に言われたことを試しているからのようだった。
「ハハハ、流石にすぐに出来るようにはならないかぁ。まぁ練習すれば君なら出来るようになるんじゃないかな」
「むむむ」
「まぁ時間はかけなよ。あぁそれと――模擬戦の最後の『アレ』はあれで最速なのかい?」
「……『奇械』の発動速度はわたしの想像速度に比例する。今はあれで最速だけど、まだ早くできる――まだ早くする」
「そっか。君なら……特級になれそうだね」
その時の二人の表情は、まるでお互いを倒す方法を考えているようだった。仲間だというのに、二人ともに、『自分より強い者が存在してはまずいと考えている』。その理由は間違いなく――
「帰るぞ! ラッドクォーツ!」
勢いよく開けられた扉と共に、ネスタティオの声が飛び込んできた。
「はぁい! ネスタ様」
語尾にハートマークでも付いているんじゃないかと思わせるような声色でラッドクォーツ答える。ラッドクォーツはじゃぁねとデンカに短く告げると、そのままスキップするかのように扉の外にいるネスタティオに付いていった。
そうして、来たときと同じような慌ただしさで二人が屋敷を去ると、部屋に残っていたのは難しい顔で目に力を込めているデンカだけだった。




