実験5
ネスタティオ達四人が屋敷の中で話し合っている間、彼等の騎士であるデンカ、ラッドクォーツ、フューレ、そしてイクアシアの四人は屋敷の外にいた。デンカに雇われたままのビショップを含めると、総勢五人がその場に会していた事になる。
本来主を守るためにそばにいるべき騎士が、全員そのそばを離れているというのはいささか異様な事態ではあったが、これはネスタティオが彼等にそうするように命令した結果だった。『実力を見てやれ』と。それはつまり――
「ひゃうぅ!」
そんな声を上げながら、イクアシアが勢いよく地面を転がり進んだ。広い草原には障害物など無く、彼女が止まるまで十回ほどの回転とそれなりの距離を要した。
彼女を蹴り転がしたラッドクォーツは、彼女を倒すことなど物の数にも入らないというような、悠々とした態度を保っている。白い髪にも白い服にも、汚れ一つついてはいない。
「多少強くなったみたいだけどまだまだ弱いね、イクアシア。その程度なら、手を出しても足手まといになるだけだからスキルを使わないときは全力で逃げた方がいい。なんにせよ僕が本気で蹴っていたら君は死んでいただろうから、これで君は退場だ」
退場。
その言葉から連想させられるように、ラッドクォーツは模擬戦を行っていた。
「うぅ……」
「君自身が強いに越したことは無いけど、君の真価はスキルにあるからね。あまり気にする必要は無いさ」
ラッドクォーツは模擬戦の結果から分析して淡々とそう評価する。しかし、ここで付け加えなければならないことがあるとすれば、この模擬戦はラッドクォーツとイクアシアの二人だけによって行われている物ではない。
『その場にいた者全員によって行われている』というのも正確さに欠ける表現だ。なぜなら、この模擬戦はラッドクォーツただ一人を相手にその他全員で挑むという形式をしている。
故に、ラッドクォーツがイクアシアに評価を下していた最中も、彼の右腕は目にも止まらぬ早さで眼前の人物と切り結んでいた。ラッドクォーツが愛用している細剣の先で一対の短剣を振るうのは、目の下に入れ墨のある男――ラジアータの騎士であるフューレだ。
「悪くない」
戦いの最中、ラッドクォーツがそんな風に呟く。
「相手の行動を予測できる『見来』のスキル、それを最大限活用するための身体能力に剣術を君は持っている。攻防に優れたスキルだし、何より長年そのスキルを使ってきたんじゃないかという慣れを感じるよ。それに、『こんな状況下』でも臆せずに動き続けるなんて余程そのスキルを使いこなしていないとできない」
「それは――皮肉かね?」
フューレが苦々しげにそう返すのも無理はない。
確かに、後方からデンカが絶え間なく銃弾を射出している状況下でも動きを鈍らせずに行動し続けられているフューレの能力は評価に値する物だろう。だが、それはラッドクォーツとて同じか――それ以上だ。
そもそも、全ての銃撃の標的はフューレではなくラッドクォーツであるため、かわさなくてはならない銃弾の数には雲泥の差がある。そして恐るべきことに、それらすべての攻撃をラッドクォーツは空いている左手を使って『いなして』いた。
弾くでも無く、避けるでもなく。飛来する銃弾に左手の爪を添えるように当て、その軌道をなぞるように手を動かしながら銃弾を押しのけている。連射される攻撃すべてに対して行われているその動作を正確に視認できたのは、その場に居た者ではデンカだけだっただろう。
「皮肉なんかじゃないさ。それにその連携も、何回か協力して戦っただけはあるなーって感心してるんだよ。だけど――」
その瞬間、ラッドクォーツは弾くように剣をぶつかり合わせ唐突に後ろへと跳躍した。
そしてそれと入れ違いになるように、背後から飛翔してきていた数本のナイフをついでのように左手の指の間で挟み取る。
「それは悪手だね」
言いながら、ラッドクォーツが何もいないように見える空中に細剣を突き出すと、それに答えるようにビショップが『透化』のスキルを解除しその場に姿を現した。細剣は彼の首元に添えるように構えられていた。
「せっかくフューレが僕の進行を防いでいたんだから、君は彼の背後から攻撃し続けているべきだったね。僕の背後に回ってもそれで攻撃されやすくなるんじゃ意味がない」
「な……なんでわかった」
「気配、勘、でも一番はやっぱり音。足音もそうだけど、反射音がね。これで君も退場だ」
いい終えると同時に、ラッドクォーツは左回転に体をひるがえす。そして、その回転力と合わせるようにして指の合間に挟んでいたナイフを投擲した。
二本はデンカに向かって、残り二本はフューレの左右を通り過ぎるように一本ずつ。動かなければその二本が当たらないというのは、スキルを使うまでもなくフューレには見て取れる。
しかし、避けるまでも無く当たらないそれらのナイフが投擲されたその瞬間、フューレは眉をしかめた。
「君のスキルには弱点がある」
「く……」
投げたナイフと同じ速度で接近し、ラッドクォーツは足元を凪ぎ払うように大きく低く剣を振るった。地面に足が触れていることを許さないような、そんな攻撃だ。
下段に対するその攻撃をフューレの短剣で防御しようとすれば、姿勢とペースが乱れるのは確実。横への回避とデンカによる援護は予め投げられていたナイフによって不可能。故に、空中へと回避するしか無いのだが――
「君の目に未来が映っていても、絶対に避けられない攻撃や防げない攻撃に対しては打つ手がない」
ラッドクォーツが空中にいるフューレ対して連撃を繰り出す。最初の数回は短剣で弾くことが出来たが、足を使った回避が出来ない状況下ではそれもたかが知れている。フューレが短い跳躍を終え地面に足を着けたとき、その首元にはラッドクォーツの細剣が突きつけられていた。
「これでもう一人退場だ。残ったのは君だけだよ、デンカ」
そう言われて、だがデンカは何も答えずにラッドクォーツを見ているだけだった。相手の出方を全身全霊で伺っているのかもしれないし、案外『強すぎるだろこいつ』とか思っているだけかもしれない。
両者の間にそれなりの距離が空いているその状態から、最初に行動を起こしたのはラッドクォーツの方だった。距離を詰めるために前方へとラッドクォーツが走り出す、それは、ただ傍観するにはいかない出来事だ。
「……」
無言のままデンカは肩から下げていたカバンに両手を突っ込むと、そこから手の中一杯の銃弾を掴みだしそれらを前方へとばらまいた。機械のような精度で投げられたそれらは、デンカの半年間の鍛錬の成果もあり、その全てがラッドクォーツの方向を向いている。
「『奇械』」
その言葉に答えるように、銃弾それぞれの周囲に黒い煙のような物が立ち込め銃の形を作り出した。地面から草木のように生えているそれらの奇妙な銃は、デンカが触れておらずともその意思に答えるように、姿を現したその瞬間には銃弾を発射して霧散する。それを矢継ぎ早に行う事によって、デンカはたった一人でありながらその眼前に弾幕を形成していた。
「ハハハハハ! 初めて会った時の事を思い出すね、デンカ!」
本来ならば致命傷以上の脅威となり得る筈の弾幕の中、眼前に迫るそれらの攻撃を切り弾き、笑いながらラッドクォーツはその距離を詰めている。その様相は、さながらラッドクォーツの前にだけ見えない盾があるかのような異様な物だった。
「あんまり思い出したくないイベントだよ」
「そうかい? まぁあの時の君は今より弱かった。ただ、あの時の君の方が――今より断然本気だった」
その時、二人の距離は更に縮まっていた。
約五メートル。それは、遠距離攻撃をむねとする銃を使用するにはやや心もとない距離であり、剣士を相手にする場合には絶望的な距離と言えるだろう。
しかし、ウワガミ・デンカに限って言うのであれば、その距離の内側は彼女のスキルの射程圏内であり、彼女の領域と言っても過言ではない。
その中に踏み込んだラッドクォーツの周囲に黒い霧が集まっていく。白い騎士を塗りつぶすように。
創造された時点で致命傷を与えるだろう機械が生み出されるかと思われ――だが、霧は形を作る前に霧散した。
「これで君も退場だ」
霧が機械と変わるそのわずかな時間、それだけあれば五メートルの距離など存在しないと主張するようにラッドクォーツはデンカのすぐそばに立っていた。彼女の左胸には細剣の先が突き付けられている。
そうやって、傷一つどころか汚れ一つ作ることなく、ラッドクォーツは笑みを浮かべた。
「じゃぁ、最強であるこの僕から少しアドバイスを授けるとしようか」




