実験25
「あれって……」
「ドラゴン! ドラゴンだよ、デンカちゃん!」
バイクの後ろでデンカにしがみつきながら、ササゲは空を指さした。
彼女たちの前方――恐らく村の付近だろう――その空中に一体の巨大なドラゴンが羽ばたいていた。
彼女たちの居た世界のどんな動物よりもドラゴンは巨大で、そしてその生物が自らの二つの翼を用いて空中に飛翔しているというのは、幻想的を通り越して狂気的ですらある。まるで、一つの山がそれごと空中に浮かんでいるような、そんな錯覚すら受ける程だ。
そして次の瞬間、ドラゴンが急激に膨らんだ。まるですべてを食らい尽くすような勢いで、ドラゴンは周囲の空気を吸い込んでいた。当然ドラゴンの肺は無限の容量を持つ一方通行の器官ではない。吸えば、吐く物がある。
そしてドラゴンは――吐いた。
目が眩むほどの光量、全てを焼き尽くしそうな熱量、まるで小さな太陽のような炎の球弾を地面に向かって吐き出した!
「火ィ噴いたんですけど……」
「ギャァァァァアアア!! あれ絶対村の居るところだってーー!!」
ササゲはいまだかつてないほどに取り乱すと、バイクを操縦している事も気にせず、デンカの背中をゆっさゆっさと揺らしまくった。
「デンカちゃん! 村がやばいよ、ピンチだって! 出来るだけ早く向かわないと、もっと加速してーー!」
「これでもかなりスピード出してるんだよ! 整備された道ならともかく、こんな泥道じゃ大したスピード出せないよ。あと、これ以上ゆらされるとわたしたちの方がピンチかも!」
二人共ども悲鳴のような声を上げながら、それでもバイクはかなりの速度で進み続けた。
この調子ならあと数分もかからないだろう。そうデンカは判断する。そして改めて空を滑空しているドラゴンに目を向けた。
ドラゴンは今、地上すれすれ、それも一カ所で旋回するように飛んでいる。幸い火を噴いている頻度は高くなく、数十秒に一回しか使えないのだろうという事が見て取れた。だが、だからといって吐かせ続けて良いものでもない、一撃一撃が高い破壊力を持つその攻撃を放たせ続ければ、一時間も待たずに村が滅ぶだろう。
「むぅ……」
「デンカちゃん! 村まで来たよ!」
「うんッ!」
村の端に到着した瞬間、そこがゴールであるかのようにデンカは急ブレーキをかけた。そして完全に停止すると同時にスキルでマスケット銃を生み出すと、それを真上に居るドラゴンに向けて発砲した。
上空に高速で打ち出される極小の弾丸を肉眼でとらえるのは至難の業だろう。だが、デンカはその視力を持って弾丸の軌道を把握する。
弾丸は音速でドラゴンに迫り――その皮膚に弾かれた。
「それでは火力が足りんよ」
「フューレ?」
背後からかけられた声に振り替えると、そこにはデンカも良く知る男が立っていた。だが、その姿は酷い物だ。
いつも着ている執事服はその所々がボロボロに焦げ付き、白い部分は舞い上がった土煙のせいか灰色に変わっている。本人に怪我は無いようだったが、全身が土で汚れてしまっていた。
「なんか、すっごいボロボロだね」
「仕方があるまい、あのドラゴンの炎弾が村に当たらないように全て切り伏せたんだからな」
「炎を切るなんて出来るんだ」
「剣士ではないが、魔力を全て体力に変換すれば出来ない事も無い。それよりも、『その武器』ではあのドラゴンに傷一つ付けられん」
そう言って、フューレはデンカが握っていたマスケット銃を目で指し示した。
「それはお前が村人たちに渡した武器と同じ物だろう? ドラゴンが宙に飛び上がってからは私は手出しができないからな、その武器を使ったんだが傷一つつかん。何かもっと火力のある武器を作り出してもらわなければ、一方的に攻撃されるだけだ」
「随分簡単に言ってくれるよね」
「だができないとは言わせんぞ」
できないだなんて――言うつもりは無い。
リリアがそうして欲しいと言った以上、自分は何をかけてでもそれを実現して見せるのだ。それが、自分の存在意義。
「ササゲは一度降りて、フューレは後二、三発くらい防いで」
「随分簡単に言ってくれるじゃないか」
「でも出来なくはないでしょう?」
「ハハッ。この近くにはお嬢様もいるからな、良い所を見せてやってくれ」
それだけの言葉を交わすと、フューレは次の攻撃に備えて短刀を構え、デンカはドラゴンと反対側に向かってバイクを走らせた。
走らせながら、デンカは考える。
自分のスキルは『奇械』だ。奇妙な機械を作り出すスキル――そのスキルは決して『機械』ではない。
それは、スキルの名称にそういう法則があるからというだけなのかもしれない。
あるいは、生み出した物が、今もそうしているように、絶えずデンカに話しかけてくるからなのかもしれない。
それでも、デンカは自らが授かったそのスキルが『奇械』であることに大きな意味があると考えていた。奇怪であることに意味があるとするならば、今から自分がやる事から何か分かる事があるかもしれない。
――きっと奇怪な事だから。
そしてデンカはバイクを止め、今度は反対方向――ドラゴンの居る方角へバイクを向けた。
「……!」
そして目いっぱいにアクセルを入れる!
加速する。
加速。加速。加速。加速。加速!
もうブレーキは必要ない。アクセルすらも必要ない。このバイクにはもはや減速は無く、最大速度で移動する以外の選択肢は無い。
だから脳内で設計図を書き直し、走りながらバイクの形状そのものに修正を加えてゆく。
それは既にバイクと呼称できる代物ではなくなっていた。
だがそれでも加速する。
加速。加速。加速!
そして電荷を乗せるそれが最高速度に達したその瞬間、デンカは自らの眼前に空中に向かう斜面を作り出した。
奇械はそのスロープに乗り上げ、ベクトルを変えたことで当然のように空中へと跳ね上がる。
地面に接してない以上もうタイヤは必要ない、逆に必要なのは翼だ。
あのドラゴンに向かって一直線に飛べるように。
だから――
「『奇械』!」
それはもうバイクではない。そして飛行機でも戦闘機でもない。
ただその瞬間に目的を果たすためだけに存在し、その為に姿形を変更させ続けることの出来る機械。
この世界のどこを探しても、元の世界のどの時代に目を向けても、『今』を除いて一瞬たりとも存在しなかっただろう。
『ギィガアアアアアア』
ドラゴンが接近するデンカに気付き、炎弾を吐く動作に入った。
だが、デンカはそれに対処する!
「『奇械』! 『奇械』! 『奇械』!」
正面に耐熱性のある壁を作る。壁と言っても空気抵抗を最小限にした、先端の鋭くなっているような形状だ。これだけの速度があれば翼も必要ないだろう、必要のないすべてを解体し、最低限の形状に整えていく。だから、それはさながらロケットのような――否。
それは弾丸のような形をしていた。
デンカは考えていたのだ。彼女の射程は五メートル二十三センチ、その範囲でしか銃弾を飛ばせないのなら、飛ばした銃弾ごと自分自身も移動すればいい!
ドラゴンの吐いた炎弾を正面から貫き、奇械は尚も直進する!
そしてドラゴンの頭部に直撃する寸前、デンカは蹴り飛ばすようにして機械の外に自らをはじき出した。
えぐるような衝突音が響き、デンカはその機械が自らの射程圏外に出たことを直感した。
落下する最中、デンカの耳には切るような風の音と、後ろから聞こえるドラゴンの断末魔の雄たけびが響いていた。




